太田述正コラム#6172(2013.4.27)
<日進月歩の人間科学(続x29)>(2013.8.12公開)
1 始めに
 私が双極性障害(躁鬱病)ではないか、と思われる人物に初めて遭遇したのは、5年前のことでした(コラム#2805)。
 その後も、その気(け)のありそうな人物に複数遭遇していますが、これらの人々は、全員、私に強烈な印象を残してきました。
 このたび、この病に関するダリアン・リーダー(Darian Leader)の『厳密に躁鬱(Strictly Bipolar)』が出て、その中で興味深い主張がなされているので、著者によるコラム
http://www.guardian.co.uk/books/2013/apr/26/human-touch-in-bipolar-times
をもとに、この主張の概要を紹介する旁々、私の思うところをご披露したいと思います。
 そんなものには関心がない、という方もいらっしゃるかもしれませんが、あなたの傍に双極性障害の人が現われる可能性は決して小さくありません。
 その時にうろたえないためにも、関心を奮い起こしてお読みになることをお勧めします。
 なお、リーダーは、多数の著作のある英国の精神分析医にして芸術評論家であり、フロイト分析研究センターの4人の創立者の一人であって、2011年時点でローハンプトン(Roehampton)大学の人間と生命科学の名誉客員教授であった人物ですが、それ以上のことは不明です。
http://en.wikipedia.org/wiki/Darian_Leader
http://www.darianleader.com/bibliography.html
http://en.wikipedia.org/wiki/Centre_for_Freudian_Analysis_and_Research
http://www.penguin.co.uk/nf/Book/BookDisplay/0,,9780141955780,00.html
2 双極性障害
 (1)躁状態
 この著者が昨年書いたもう一本のコラムも読んでみたところ、次のようなくだりがありました。
 (鬱状態の他に、下掲のような躁状態があるのが、双極性障害の鬱病との違いです。)
 「<躁の時には、>他人とコミュニケーションしたり、<体験を>共有したりしたくなるし、突然冗談や駄洒落を言ったり当意即妙な受け答えをしたりできるようになるし、浪費(spending spree)や<リスキーな>起業(business venture)に大童になったりする。」
http://www.guardian.co.uk/commentisfree/2012/jun/20/bipolar-explosion-psychiatry-mental-health
 浪費については、冒頭のコラムの中にも出て来る(下出)のですが、それが双極性障害の躁の典型的症状の一つであることを、私は今まで知りませんでした。
 というのは、これまで私が遭遇したところの、双極性障害の疑いのある人で、一見明白に浪費癖のある人がいなかったし、日本語ウィキペディア↓にも言及がなかったからです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%8C%E6%A5%B5%E6%80%A7%E9%9A%9C%E5%AE%B3
 私は、英語ウィキペディアにも言及がなかったように思っていたのですが、本日再見してみたところ、言及がなされていました。↓
http://en.wikipedia.org/wiki/Bipolar_disorder
 なお、この他の典型的症状として、睡眠時間が短くなる、性的に放縦になる(下出)、があります。
 (2)データ
 ついでに、双極性障害に関する統計値をいくつかご紹介しておきます。
 (典拠たる、このやはり昨年のコラムは、著者によるものではありません。)
 「<双極性障害>の人は、一般人に比べて、自分の命を絶つ可能性が20倍にも達する。・・・
 <双極性障害>の人の15%しか速やかな診断が得られず、残りの85%は容易に病名が判明しない。
 誤診される者の大部分は鬱病であると告げられる。
 病名が判明するのに時間がかかった85%のうち、71%は、抗鬱剤や睡眠薬といった不適切なものを処方をされた結果、症状を悪化させたと述べている。・・・
 <誤診される理由は、>この障害を持った人が一般医の所に赴くのは鬱の時であって、気分のぶれの全体像を<医者に>開示しないことが多いからだ。・・・
 双極性障害は、15歳から44歳までの人が命や健康を害する、最も多い原因の一つだ。
 ・・・<それは、>戦争、暴力、そして統合失調症よりも<命や健康を害するの>だ。
 <これまでの>研究から、生涯に双極性障害になる人は1~2%であると推測される。
 <そして、>その気(け)を発症する<であろう>人<まで広げれば、>20人に1人に達する・・・。」
http://www.guardian.co.uk/society/2012/jun/27/bipolar-disorder-diagnosis-survey?INTCMP=ILCNETTXT3487
 (3)リーダーの主張
 「先の大戦直後の期間は「不安の時代」、そして、80年代と90年代は「抗鬱の時代」と呼ばれたが、今や我々は双極性の年月に生きている。
 <かつては>全人口の1%未満だけが<双極性障害であると>診断されたけれど、それが劇的に増大してきており、何らかの形の双極性に苦しむ人々は、米国では25%近くに、また、英国では5%前後に達している。<(注)>・・・
 (注)「日本・・・では、およそ0.2%とかなり低い」(日本語ウィキペディア前掲)が、これは、(双極性障害者に限らず、)日本の社会が精神障害者に対して極めて優しいために、当人が社会生活に支障が生じていないかのように見え、従って、治療を受ける、或いは治療を受けさせるインセンティヴが働かないケースが多いからだ、と私は考えている。
 躁の人は、衣服、不動産、芸術作品その他のものに巨額のカネを費やすことがあり、当人は後になって怪訝な思いにとらわれる。
 <このように、>他人には奇行のように見えることで一財産を蕩尽してしまう場合がある。
 こういう人は、一体どうしてこれらの物を買ってしまったのだろうか。・・・
 躁の人は、他の人々に対し、かなりの頻度で、成功裏に、特定の営み(scheme)や計画(project)に加わらせようと試みることがしばしばある。
 これは、私的な事業や一人での追求というよりは、しばしば、社会貢献(social good)を目的とするところの、より大きくて、より包摂的な(encompassing)努力(endeavour)なのだ。
 この人の諸行動がいかに利己的に見えようと、水平線のかなたには理想があるのだ。・・・
 躁の人は、そのふるまいの中で、<誰かに>借りがある(being in debt)との認識を示すことがあり、その人の躁の発症(episode)の利他的側面は、この借りを返すことが目的である可能性がある。・・・
 しばしば、躁鬱の人の親が、その子供、兄弟、または親を悲劇的な形で失った体験があって、その死に関する責任と、依然として折り合いがつけられないでいる場合がある。
 一世代にわたって緩和できなかった罪の意識が次の世代に祟る場合がある、ということだ。
 躁鬱者は、このような借りと責任の感覚を容易には解決できないのだ。
 それは、妄想(paranoia)・・「他人に責任がある」・・にも、鬱状態(melancholia)・・「自分に責任がある」・・にも明確化(crystallise)されることなく、高揚と消沈の間を行きつ戻りつする。
 この責任感覚は、躁の時には去っても、鬱の時になると、より激しく戻って来る。
 このことは、躁鬱者の、アイデンティティの感覚を巡っての奇妙なゆらぎ(vacillations)を説明しようとする場合にも参考になるのではなかろうか。
 <自分のアイデンティティ的なものが、自分にとって>一種の部外者(foreign body)なのか、それとも、実は、自分自身の固有の(intrinsic)部分であるのかは、<躁鬱の人によって>最もしばしば提起される疑問の一つだ。
 その躁を<薬を投与されることで>化学的に切除された後の人物は、果たして自分自身なのだろうか、と・・・
 躁と鬱が自分のものなのかどうかを知らないことは、<躁鬱の人が、>責任が自分にあるのか誰か他人にあるのかを知ることが困難であることを反映している。・・・
 躁鬱的な衆生から、自分達が躁の時に実際にやったことを思い出すとどれだけぞっとするかを聞かされることは衝撃的だ。
 親友の一人の配偶者やパートナーへの性的な遭遇や性的な誘惑は、その時には全くもって自然なことのように見えるけれど、後になるとそれに押しつぶされそうになる<、というのだ>。
 <躁鬱の人の>躁の時の性的放縦は、社会的関係を規制する罪の意識の障壁が一時的に破砕されることを示している。・・・
 ・・・躁鬱<は、>明らかに非歴史的性格<を持っているように見える、つまり、>・・気分のぶれは突然やってくるように見える。・・・
 <しかし、>躁鬱の一見恣意的な周期は、決して偶然の産物ではないのだ。・・・
 <例えば、>時として、<躁または鬱の>発症は、記念日と関連している場合がある。・・・
 <だから、>躁鬱であるとの診断を更に増や<し、かかる人々に対して薬物投与だけでお茶を濁>すのではなく、我々は、<確実に躁鬱であると認められる人に対する、>以前の、より人道的なアプローチに回帰<した形の治療を>する<ことに傾注する>必要がある。
 どれほど、時間がかかり、どれほど痛みを伴おうと、その人の過去と折り合いをつける(come to terms)機会を躁鬱的な人に提供するアプローチに・・。」
3 終わりに
 私は、これまで、フロイトに始まる精神分析なるものはエセ科学に近い、と思ってきましたが、「精神分析医」たるリーダーの主張は、これまで私が遭遇したところの、双極性障害ではないか、と思った人々の言動と完全に符合しますし、その説明としても極めて説得力があります。
 これは、少なくともリーダー流の精神分析学が信頼できること、かつまた、これまで私が遭遇したところの、双極性障害ではないか、と思った人々が、まさに双極性障害者であったこと、を二つながら強く推認させるものです。
 以上を読んで、自分が双極性障害ではないかと思われた方、双極性障害ではないかと思われる人が身近にいると思われた方は、双極性障害は「遺伝要因の関与が高いことが指摘されてい」ること、かつまた、「生涯にわたる<治療/予防>が必要となることが一般的である」(日本語ウィキペディア前掲)ことをも念頭に置き、できるだけ早く診断を受け、治療を受けるよう取り計らわれることを願って止みません。