太田述正コラム#0190(2003.11.21) 
<イラク情勢と自衛隊の派遣問題(その2)>

 (2)米国の動き

 最近の米国の動きとして注目されるのは、11月6日のブッシュ演説と、11月15日のイラクへの主権移譲期日明示の決定です。

ブッシュ大統領が11月6日に行った演説は、戦略的目的のために、独裁国家と手を結んだりしたこれまでの米国の政策は誤りであり、米国は民主主義とその前段としての法の支配(自由主義)を中東を含む世界のあらゆる地域に広めるべく努力しなければならない、という内容(http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/articles/A8260-2003Nov6.html。11月7日アクセス) (注3) であり、イラク戦の意義を改めて米国内外に向けて訴えたものです。

 (注3)この演説については、大統領選挙中のゴア候補の主張と同じであり、ブッシュ候補は当時そのゴアの主張に否定的だった(http://slate.msn.com/id/2091185/。11月14日アクセス)ことを思うと、何とブッシュの変わり身の早いことよと揶揄したり、そもそもこの演説の内容は、独裁的な旧ソ連の中央アジア諸国(ウズベキスタン、キルギスタン、タジキスタン、)の政権と好を通じて米軍基地を設置させてもらい、(http://www.atimes.com/atimes/Central_Asia/EK15Ag01.html。11月15日アクセス)、また、対テロ戦に藉口して米国内でテロ「容疑者」に対して人権侵害を行い、法の支配をないがしろにしている(これはゴア御本人の発言。(http://www.atimes.com/atimes/Southeast_Asia/EK19Ae03.html。11月19日アクセス) )ブッシュ自身の政策とも矛盾している、といった批判的な論評が目に付く。
    しかし、ブッシュの観点からすれば、現在米国内とイスラム圏で米国は国を挙げて対テロ戦を戦っているのであり、かかる戦時に戦場たるイスラム圏で戦略的考慮から独裁的政権と手を結んだり、同じく戦場たる米国内で法の支配を部分的に棚上げする(コラム#5)のは当たり前なのだろう。
なお、米国にとっての対テロ戦は、オサマ・ビンラディン、オマル師。そしてサダム・フセインの三名の捕縛ないし殺害でほぼ終わり、それ以降は「冷戦」時代となると考えられる。また、米国にとって台湾海峡や朝鮮半島が現時点では戦場でないことは言うまでもない。だから、今後のブッシュ政権・・とりわけ再選後のブッシュ政権・・の政策を占う上で今次ブッシュ演説の含意は大きい。
    蛇足だが、日本が戦後ようやく民主主義国になったという趣旨の話がブッシュ演説の中に出てくる。しかし、大正「デモクラシー」を持ち出すまでもなくこれは誤りである(コラム#47、48)。ブッシュは、先般フィリピンを訪問した時にも、フィリピンはアジア最初の民主主義国家だと述べており(http://www.atimes.com/atimes/Southeast_Asia/EK13Ae04.html。11月13日アクセス)、そろそろ日米間で歴史論争を行うべき時期が来ている。

次に、イラクへの主権移譲期日明示の決定(http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/articles/A38342-2003Nov13.html。11月14日アクセス)(注4)についてです。

(注4)主権移譲期日明示の決定は、イラク統治評議会(Iraqi Governing Council)と米英の暫定統治当局(Coalition Provisional Authority=CPA)の合意に基づくものであり、来年6月までに間接選挙で暫定議会の議員を選出し、この暫定議会が7月1日までに暫定政府のメンバーを指名し、この暫定政府樹立に伴い主権がイラクに移譲されCPAは解散し、その後、暫定議会が指名した委員によって起草された憲法が成立した後、総選挙を経て2005年末までに本格イラク政権を樹立するが、主権移譲後も米軍の駐留は続くという内容である(http://www.asahi.com/international/update/1115/021.html(11月16日アクセス)及びhttp://www.csmonitor.com/2003/1117/p01s02-woiq.html(11月17日アクセス))。なお、統治評議会は米軍の役割を国境と石油施設の防衛に限定したい意向を持っている(http://www.guardian.co.uk/Iraq/Story/0,2763,1086838,00.html。11月17日アクセス)。

 この決定について、メディアの中には米軍「苦戦」の報道がこれ以上続いては再選がおぼつかなくなるとブッシュ大統領が判断し、イラクから米軍を撤退させることとした、と報じているものがあります。
確かに、最近米国で行われた世論調査によれば、ブッシュ大統領のイラク問題への取り組みに対する不信任が信任を初めて上回り(http://www.atimes.com/atimes/Front_Page/EK15Aa02.html。11月17日アクセス(14日付))、もう一つの世論調査によれば、ブッシュ大統領の支持率が就任以来最低の50%に低下し(http://news.msn.co.jp/newsarticle.armx?id=629578。11月20日アクセス)、ブッシュ再選に黄信号がともっているのは事実です。

しかし、米軍の「苦戦」の実態については、既にご説明した通りであり、時間はかかるかもしれませんが、現在の兵力でもゲリラ制圧は可能なのですから、ブッシュの再選戦略からこの決定を説明しようとするのは無理があります。

この米国の決定は、

第一に、イラクの民主化まで求める国防総省の理想主義が、イラクにおける法の支配の確立(=侵略的ではなく、自国民の虐殺もしない政権の樹立)までで足りるとする国務省の現実主義・・これは英国のブレア政権のスタンスでもあります(太田)・・に最終的に敗北した(http://www.atimes.com/atimes/Middle_East/EK19Ak01.html。11月19日アクセス)(注5)こと、

(注5)パウエル米国務長官は、ブッシュ父大統領の下で統合参謀会議議長だった頃、1992年の記者ブリーフの際、「サダム・フセインはひどい人物だ。彼はイラク国民にとっての脅威だ。彼を別の指導者で置き換えることができれば、イラク国民はより幸せになりそうだ。しかし、サダム・フセインが明日バスにぶつけられて死んだとして、待機していたジェファーソン流民主主義者たるイラク国民らが立ち現れ、選挙をやってよりましな指導者を選んでくれるなんてことはお伽噺のたぐいだ。フセインの後に現れるのは、ちょっと想像力を働かせれば、恐らくもう一人のサダム・フセインに違いないであろうということが分かるはずだ。・・イラクという国ないし社会について、いかなる幻想も持ってはならない。・・米軍がイラクに侵攻したとして、二年たってもまだジェファーソンはどこかと探し続け、世界の物笑いになるようなことは避けなればならない」と語っている( http://www.atimes.com/atimes/Middle_East/EK20Ak05.html。11月20日アクセス)。

 第二に、イラクの圧倒的多数の声を踏まえたイラク統治評議会からの強い要望がかねてよりなされていたところへ、ゲリラ制圧の目処がたったからなされたと私は見ています。

主権移譲期日を明示したことのメリットは、イラク国民の対米感情の好転が期待できることと、治安機能のイラク化の促進を通じてより効果的な対ゲリラ対策が講じられる可能性があることですが、デメリットは、これが、治安の回復、憲法採択、議会選挙以前の主権移譲という点でアフガニスタン方式の採用であることから、カルザイ政権がカブール周辺地域のみを掌握しその他の地域は軍閥の跳梁を許す、というアフガニスタンの現状と大同小異の状況にイラクが陥る・・イラクがシーア・スンニ・クルド居住地域の三つに事実上分解し、不安定化する・・虞がある(http://www.atimes.com/atimes/Middle_East/EK20Ak02.html。11月20日アクセス)ことです。

 (続く)