太田述正コラム#6425(2013.9.1)
<対シリア武力行使に法的根拠ありや?>(2013.12.17公開)
1 始めに
 オバマ大統領は、初めて、行政府として対シリア武力行使を決め、しかし、議会にその判断を諮ることにしました。
 米議会に諮ることにしたのは、英国議会で武力行使が否決されたことを受けてのものだ、という論調が多く見られますが、私は、もともとは憲法学者であるオバマがこの武力行使の法的根拠が薄弱だとかねてから考えていて、武力行使をするとすれば、米議会に諮る、と相当前から決めていた、と考えるに至っています。
 その根拠となるのが、チャーリ・カーペンター(CHARLI CARPENTER)によるコラム
http://www.foreignpolicy.com/articles/2013/08/30/don_t_call_this_a_humanitarian_intervention?page=full
(8月31日アクセス)です。
 なお、カーペンターは、マサチューセッツ大学アマースト(Amherst)校の政治学科の国際関係論の女性教授です。
2 対シリア武力行使に法的根拠ありや?
 「英国の法的立場は・・・「保護する責任(responsibility to protect)」<(注1)>に関する国際的な<共通の>理解を十分反映しているとは言い難い。
 (注1)「自国民の保護という国家の基本的な義務を果たす能力のない、あるいは果たす意志のない国家に対し、国際社会全体が当該国家の保護を受けるはずの人々について「保護する責任」を負うという新しい概念である。略称はR2P又はRtoP。・・・その基本原則について、2005年9月の国連首脳会合成果文書において認められ、2006年4月の国連安保理決議1674号において再確認された。・・・保護する責任には、「予防する責任」を筆頭に、「対応する責任」と「再建する責任」の3つの要素が包含されている。・・・
 対応する責任(responsibility to react)としての保護する責任の遂行における、集団安全保障上の強制措置としての軍事行動は、例外的で特別な措置とされる。したがって、それらの行動が正当化されるには、具体的に次の6つの要件が満たされる必要がある。ただし、これら6要件は国連総会・安保理のいずれでも公式に採択されておらず、理念上の原則に留まっている。
正当な権限(Legitimate Authority) – 国連憲章第7章、第51条、第8章に基づくものでなければならない。
正当な理由(Just Cause) – 大規模な人命の喪失、又は大規模な人道的危機が現在存在し、又は差し迫っていること(人道的危機の急迫性)。
正当な意図(Right Intention) – 体制転覆等が目的でなく、体制が人民を害する能力を無力化することが目的でなければならない。
手段の均衡(Proportional Means) – 措置の規模、期間、威力などは、人道目的を守るために必要最小限でなければならない。
合理的見通し(Reasonable Prospect) – 干渉前よりも事態が悪化しないという、措置の合理的な成功の見通しがなければならない。
最後の手段(Last Resort) – 交渉、停戦監視、仲介など、あらゆる外交的手段および非軍事的手段を追求したうえで、それでも成功しないと考えられる合理的な根拠があって初めてとられる手段でなければならない。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BF%9D%E8%AD%B7%E3%81%99%E3%82%8B%E8%B2%AC%E4%BB%BB
 <英議会で武力行使が否決された>今となっては殆んど意味がなくなったけれど、仮にこの英国の立場が英議会によって認められていたとすれば、それは、この出現しつつあるまだ脆弱な規範の値打を危険なまでに下げる(undercut)と同時に、国連憲章体制に脅威を与えたことだろう。
 だから、ジョン・ケリー米国務長官が「人道的介入(humanitarian intervention)」<(注2)>に、彼の金曜日での発言の際にあえて言及せず、その代わり、化学兵器に対する禁忌を守らせる(enforce)必要性に焦点をあてたことは銘記されるべきだ。・・・
 (注2)「人道主義の理由から他の国家や国際機構が主体となり、深刻な人権侵害などが起こっている国に軍事力を以って介入することをいう。・・・人道的介入の考え方には多くの国が抵抗を示していたが、議論の結果、国連においては「保護する責任」として認められた。・・・国連首脳会合成果文書においては、保護する責任の考えを認めつつも、軍事的介入は安保理の承認により行使されることが確認されている。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%BA%E9%81%93%E7%9A%84%E4%BB%8B%E5%85%A5
 「保護する責任」(R2P)教義は、軍事介入に向けての要件(imperative)をはるかに超えるものを包含しているが、それが、一般住民(civilians)を保護するために武力を行使すること(人道的介入)を認めていることは確かだ。
 この新しい「規範」は、極限的諸事例において用いられるよう企画されたものであり、6つの原則に立脚している。
 このうち、英国は3つしか援用しておらず、英米両国の政策企画者達は、そのうちの2つについてしかまともな主張(make a solid case)をしていない。
 その1番目は、正当な理由(just cause)だ。・・・
 <また、>R2Pは、軍事介入が、外交的手段が尽くされた後の「最後の手段(last resort)」・・英国の2番目に宣明された原則・・でなければならない、とも言っている。・・・
 <以上の1番目と2番目についてこそ、まともな主張をしているけれど、>英国政府は、人道的介入は、人道的諸目的に関して「必要にして均衡のとれた(necessary and proportionate)」ものでなければならない、とも強調している。
 この立場はより悩ましい(trickier)。・・・
 <それはともかく、>ここで、英国<政府の>法律家達が<あえて援用し>忘れている3つのR2P原則について、そして米国が攻撃の正当化にあたってR2Pを援用しなかった理由らしきものについて、考えなければならない。
 その1つは、真の人道的介入は、「正当な意図(Right Intention)」がなければならない、すなわち、一般住民を彼らの政府の手による捕食から保護する緊急な(express)目的のために企画されたものでなければならない、というものだ。
 しかし、<今回、>予想される軍事作戦は、一般住民をアサドから、或いは現在進行中の内戦から、保護しようというものでは実はないことは極めて明白だ。
 そうではなくて、ケリーが<先>日何度も繰り返したように、懲罰的攻撃を通じて<アサドに>武器に関する規範を守らせることが目標なのだ。・・・
 更に、もう一つの重要な原則がある。
 それは、一般住民を保護するために実施される軍事介入が、「成功する合理的見通し(reasonable likelihood of success)」があって、むしろ状況を悪化させるようなことのないものであることだ。
 仮に、欧米諸国による攻撃が化学兵器に係る禁忌を守らせるための可能な限りの最も効果的な方法であったとしても・・この点自体が議論があるところだが・・、かかる攻撃が、一般住民を保護するというより広範な目標に照らして成功する合理的見通しがあるかどうか、明白ではないこと夥しい。・・・
 そして、<以上縷々述べてきた>これらの基準が全て充たされた・・・としても、一側的に(unilaterally)<・・すなわち、正当な権限(Legitimate Authority)に準ずるものなしに(?)(太田)・・>なされたならば、それは、なお、R2P教義を侵害することになるのだ。・・・
 2008年にロシア軍がグルジアに侵入(enter)した時、一般住民を保護するために侵入した、という主張がなされた。
 <また、>2003年に米国がイラクに侵攻(invade)した時、「専制者から人々を解放する」ためとされたが、<世界の>国々の殆んどがこの行動を国連憲章の、(良く考えずになされた)侵害であると反対した。
 当時の外交官達も、政治史の分析者達も、<露米等による>これらの襲撃(incursion)を、正当な人道的介入の正典(canon)の中には含めていない。・・・
 多国間主義(multilateralism)こそが、軍事介入が正当に人道的なものであるとの認識をもたらす(constitute)のだ。・・・
 どうして多国間主義がかくも重要なのか?
 それは、部分的には、R2Pが、主権の至上性と人権の至上性という二つの重要な一連の規則群・・そのどちらも人道的かつ全球的な安全保障を促進する重要な役割を演じている・・の間の極めて用心深くてかつ暫定的な妥協を表現したものだからだ。・・・
 <そのためにも、>難民の流入に起因する真正なる自衛権的主張を持つトルコとか、アサドがいなくなれば幸せであろうところのアラブ連盟の加盟諸国、といった国々が、<軍事介入に参加する>準備ができている<ことが不可欠なのだ。>」
3 コメント
 今回のシリアに対する武力攻撃について、それを可能にする安保理決議どころか、NATOの決議さえも得られない見通しの中、英国政府は、それが一般住民を守ることを目的としたものであるとの擬制の上に立ちつつも、人道的介入(保護する責任)教義に依拠するわけにいかないし、国際法(国連憲章)上の集団的自衛権行使の要件も充たしていない、と判断して、やむをえず、私見では、一般法上の正当防衛権を念頭に置いた武力攻撃の法的根拠論を展開しようとしたわけです。
 それに対し、米国政府は、というよりオバマ大統領は、この武力攻撃が本当のところは一般住民を守ることを目的としたものではないことから、人道的介入論にも集団的自衛権行使論にも正当防衛権論にも与することはできないと考え、従来、(自国の領域内はともかくとして、)特定の国の領域外・・公海・公空・治外法権下・・でしか行使できないとされてきたところの、国際法違反行為の取り締まりを、化学兵器の使用を禁止する国際法違反のような深刻な事例においては、いかなる国の領域内でも行いうる、という新しい一般国際法を一側的に創設しようとしている、ということなのではないでしょうか。
 だからこそ、そのような試みには、少なくとも米議会の協賛を得ることが必要不可欠である、とオバマは考えたのではないでしょうか。
 もとより、これもまた、現段階では、あくまでも私見であることをお断りしておきます。
 米上下両院で協賛議決が行われる時までには、はっきりするでしょうが・・。