太田述正コラム#6653(2013.12.24)
<『チャイナ・ナイン』を読む(その2)>(2014.4.10公開)
3 本文
 「「中共中央」とは、文字から言うと「中国共産党中央委員会」のことを指す。
 しかしそこには・・・<「中国共産党中央委員会政治局」というのがあり、>25名の政治局委員の中で少なくとも1人は女性で、少なくとも1人は少数民族でなければならないという原則がある。・・・<更に、この中央委員会政治局には、>「中国共産党中央委員会政治局常務委員会」というのがあり、実際上の「中共中央」はこの政治局常務委員会を構成している「9人の男たち」を指すと考えた方がいい。・・・国家の方針は、この「9人」の中で多数決によって議決され、そこで議決されない限り、国家主席や首相といえども、単独行動は許されない。・・・
 <この、私の命名によるところの、>チャイナ・ナイン以外には、党内序列はない。だから<彼ら以外の党員の>名前の順番は、・・・<TPOに応じ、それぞれ>別のルールに従って書かれること<にな>る。・・・
 国家主席や首相を含めたチャイナ・ナインの任期は5年、再選は2回までと決められている。最大10年間しか国政の最高権力集団の中にいることは許されない。
 それにより権力層の常習化と、それが招く腐敗を回避しようという狙いだ。これを決めたのは・・・鄧小平である。・・・
 おまけに政治局委員の年齢は常務委員を含めて70歳までと決められている。・・・
 村や県、あるいは北京、上海、深<セン>など一部の都市の居<(ママ)>民委員会レベルまでは直接選挙を行い、犯罪者など、参政権を剥奪された者以外の18歳以上のすべての「人民」に選挙権が与えられている。但しそれ以上の行政レベルにおいては「党の指導」による「調整」に基づいた間接選挙となり、基層レベルの立候補者に対しても一定程度の自由があるものの、やはり多少の「調整」が行われる。」(14~15、41~42、50、84、113)
→こういう基本的な知識は結構重要なので、転載しておきます。
 全てを取り仕切っているいるところの、肝心の中国共産党に関しては、基層レベルを含め、一切選挙は行われないのですから、上記の地方自治体における選挙など、実質的意味は殆んどないと言ってよいでしょう。(太田)
 「江沢民の出自に関する内容は、・・・中国大陸以外のインターネットでなら、どこでも見られるが、・・・香港の『開放雑誌』の電子版・・・(2011年8月6日)の記事に<はこうある。>
 
 江沢民の実の父親は日本の傀儡政権であった南京の汪精衛に奉仕した江世俊であ<る。>・・・江沢民は、自分は叔父<であるところ>の・・・1939年に殉死した共産党員・江上青・・・の養子として育ったと自らの出自を定義しているが、・・・江上青は革命戦争に従軍し家は食べるものがないほどの極貧の状況にあったから・・・<その>遺族が、・・・江上青殉死の後に江沢民を・・・日本軍が南京攻略をした後に日本人の子弟のために建てた授業料の高い大学<である>・・・南京中央大学などに通わせることができた<はずがない。>・・・
 <そもそも、>日本の傀儡政権下、そのような傀儡大学に行けた中国人は傀儡政権の子弟だけだったはずだと。」(注1)(142~143)
 (注1)「江沢民の実父江世俊は、日本軍占領下の江蘇省で日本の特務機関に協力をしていた。叔父の江世侯(上青)は中国共産党の幹部であったが、嫡男を得ないまま1939年に日中戦争に地元匪賊に殺害された。江沢民は、公式にはこの江世侯の養子ということになっているが、本家の次男である江沢民が、祖父からみて第6子にあたる叔父江世侯の養子となるのは、中国の家族慣行では異例であり、「漢奸の息子」という出自を隠すためと考えられている。1943年に楊州中学卒業後、汪兆銘政権下の南京中央大学に入学し、日本語を専攻する。日中戦争終結後の1945年10月に南京中央大学が上海交通大学と合併したため、江沢民は上海交通大学に転籍し、1947年に卒業した。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B1%9F%E6%B2%A2%E6%B0%91
 なお、「南京中央大学は、アメリカ系の金陵大学を接収した後に南京政府が作った大学で、校舎は立派だが教授陣はいい加減だった。北京語がまるで喋れず、広東語と英語で講義してしまう女性教授までいた。生徒も政府高官や金持ちの子弟ばかりで、志もなにもないグータラな男がほとんどだった。」
http://www.geocities.jp/yuumiyamagami/nakatani5.htm
という、中谷孝
http://www.geocities.jp/yuumiyamagami/zokuhajimeni.htm
の証言がある。
→「江沢民政権<が>1994年に「愛国主義教育実施要綱」を制定し、「抗日戦争勝利50周年」にあたる1995年から、徹底した反日教育を推進していった」ことは、この江沢民の出自「コンプレックス」と無関係とは思われません。(太田)
 「<トウ小平によって始められた改革開放の>結果、腐敗や汚職だけでなく、売春や麻薬あるいは権力者や金持ちが<妾>を金で囲うという・・・悪弊が社会主義国家、中国に舞い戻ってきた。だから胡錦濤政権は2011年10月に開催された中国共産党第17回中央委員会・・・全体会議・・・において「文化体制改革」<(後出)>をテーマとして精神文化を引き締めようとしている。」(19)
→このあたりに、人民網の対日ヨイショ作戦の原点があったのかも、と私の鼻がピクピク動き出しました。(太田)
 「汚職や腐敗で逮捕された役人のうち、90%以上が<妾>を抱えていたというデータもある。
 この<妾>現象は官側だけでなく、学術界にも浸透しているようだ。・・・
 仲介業者などが大学キャンパスの中に勝手に「<妾>募集します」というポスターを貼って、・・女子大学生<の>・・・中には応募する者も出てきたのである。・・・
 全中国2000万の売春婦の総収入は・・・中国の国内総生産の6%に達するという・・・。しかも、その周辺産業をも含めると<その倍の額>になるとのこと。・・・」(170、173)
→妾と売春に関し、遠藤が挙げる具体的事例を紹介しました。
 売春の一大産業化の背景に、一人っ子政策
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%80%E4%BA%BA%E3%81%A3%E5%AD%90%E6%94%BF%E7%AD%96
に基づく女性の数の相対的少なさや、戸口(戸籍)制度
http://www.seki-hei.com/column/koseki_nouminijuu.html
に伴う農村から都市への単身出稼ぎ者、とりわけ男性のそれの多さ、があると思われます。
 同様の趣旨のことを、日本のAV/AV嬢の中共でのモテぶりの背景として、前に申し上げたことがあります。(太田)
(続く)