太田述正コラム#6671(2014.1.2)
<映画評論42:キャプテン・フィリップス(その2)>
2 キャプテン・フィリップス
 さて、この映画の監督のポール・グリーングラス(Paul Greengrass。1955年~)は、「イギリス・サリー<(注2)>生まれ。ケンブリッジ大学を卒業後、グラナダ・テレビジョン・スクールで学び、ジャーナリストとしてキャリアをスタートさせ」(A・15)た、という人物です。
 (注2)サリーは、私が1988年に1年間住んだ、ロンドン南西部郊外の地区であり、彼はその地区中のチーム(Cheam)で生まれ、私の宿舎のあった、同じくその地区中のキングストン(Kingston)に所在するキングストン大学から、TVと映画への顕著な貢献を称えられて名誉学位を授与されている。
http://en.wikipedia.org/wiki/Paul_Greengrass
 そんな彼が、「グローバル経済というものは、必ず勝者の裏に敗者がいる。本質的には犯罪の風景だ。アフリカには、目の前を世界の富が通り過ぎて行く国々がある。それは絶えず行き交っている巨大なコンテナ船だ。となると、映画で描いたような事件が起きるのは必然なんだよ」(A・15)という観点からこの映画を撮ったわけです。
 ただし、彼自身が語るように、果たしてこの映画が、「あの数日間に起きたことをひとつ残らず語っているのか、と言われると、それは無理。取捨選択しなければならなかった。でも僕らが選びとったものは、実際に起きた通り、正確かつ忠実に描いている」が真実であるかどうかについては疑問です。
 この私の疑問を共有しているとは考えられないのですが、映画評論家の土屋好生が、「グリーングラス節は・・・リアリズム演出だけではない。忘れてならないのはそこに巧みに取り入れたフィクションである。たとえばクライマックスの救出劇。海軍の腕利きの狙撃班が3人のソマリア人の海賊を一瞬にして射殺してしまうのだが、その惨劇にフィクションが入り込む。ここだけ現実離れした劇画のような鮮やかなアクションシーンに百戦錬磨のアメリカ軍の実力を見せつけられる思いがするのだが、それこそグリーングラスの狙ったところだろう。一気にサスペンスを高める見事な演出と言わねばならない」(A・16)と言っているのは心強い限りです。
 (彼の最後の見解には同意できませんがね・・。)
 土屋が史実を知っているのかどうか定かではありませんし、私自身、史実を知りたいと思って少しインターネットで調べた範囲では、そんな細かいところまでの史実は分かりませんでしたが、ここは、後で述べる理由から、フィクションであると言い切ってよいと思うのです。
 その根拠を挙げましょう。
 まず、観衆の反応です。
 日本人たる観衆の反応だけですが、いくら日本人が特異な生命観等を抱いているとはいえ、このような反応をする観衆は世界的にも決して少なくないでしょう。
 いや、まさに、大部分の観衆がそのような感想を抱くような映画にグリーングラスは仕立て上げているのです。
 「この作品では、海賊側を単純な悪として見るだけではすまなくなってきてしまう。逆にアメリカのSEALsの方が強くて怖いし(笑)、「え、そんなことまでするんだ!?」と驚くことばかりですよね。
 要するにアメリカは国益を守るためなら何だってやってしまう。たかだか4人の海賊をやっつけるために空母や巡洋艦、ハテはSEALsまで駆り出すのです。3憶1千万人いる国民のたったひとりでも身柄を拘束された瞬間、民間レベルではなく国家の一大事として動き出す。この事件にしても、アメリカは船長を守ろうとしたというよりは、アメリカという国の名誉を守ろうとしたわけです。ミッションに費やされたお金も莫大だったはずですが、それらはすべて国民の税金でまかなわれている。これが日本だったら大問題ですが、アメリカはたとえ1千万ドル<(注3)>以上かかろうとも、国家の威信を守るためなら安上がりだと言わんばかりに行動します。」(真山仁(小説家))(A・27)
 (注3)この事件に際に、「海賊が要求した身代金の額は<1千万ドル>(およそ10億円)。途方もない金額だ。ちなみに、身代金の相場は1億円とされるが、その10倍の金額をつけたのは、マースク・アラバマ号が超大国アメリカの貨物船だったからだ。」(後藤健二(ジャーナリスト)(A・30)
 「海賊たちが・・・最後はちょっと可哀想に思っちゃいましたね。でも、ひとりの国民の命を救うために、国家が威信を懸けて徹底的に取り組み、結果として3人の海賊の命を奪うというのも、いかにもアメリカらしい。そもそもソマリアをああいう風に追い込んでいったのも、アメリカなどの先進国ですからね。
 たったひとり、騙されて逮捕されたボスも・・・懲役33年というの<は>少し長過ぎやしないかと思ったけど、それもまた事実なわけで、非情に複雑な気分になる。」(田原総一朗(ジャーナリスト))(A・18)
 次に、真山、田原の両名が知っていたかどうかは分かりませんが、ソマリア海賊には決して人質を殺さない、というルールがありますし、実際殺したことは聞いたことがない、という事実です。
 「”It’s business, no body hurt.”・・・「これはビジネスだ。誰もケガはしない」。乗っ取りに成功した海賊4人組のリーダー格ムセがフィリップス船長に放ったセリフだ。AK47ライフル銃を向けながら、そう言われてもまったく真実味がないが、これはソマリアの海賊たちに共通したルールだ。実際、・・・フランス軍がある時逮捕した海賊たちの船に、「人質は殺してはならない」と記したマニュアルを発見している。殺したら、あっという間に殺される。いわば「倍返し」。せっかく身につけた身代金ビジネスも続けられなくなると分かっている。ただし、まったくケガをさせないほどゆるいと相手に危機感を与えられないことも事実。」(A・32)
 このくだりには、執筆者が記されていませんし、具体的典拠が書いてあるわけでもありませんが、恐らく事実でしょう。
 となれば、どういうことになるでしょうか。
(続く)