太田述正コラム#6699(2014.1.16)
<デール・カーネギーの生涯と主張(その4)>(2014.5.3公開)
 (3)主張
 「カーネギーと彼が訓練した講師(instructor)達は、積極的思考、大衆(pop)心理、そしてセールスマン道(salesmanship)を強調し、成功への鍵は、「人々を正しく」扱う方法を知っているかどうかである、と教えた。
 1936年にカーネギーがこの課程の諸原則を本に著した時、彼は、「適時に適切な(right)諸観念」を提示するという幸運に恵まれた、とワッツは観察する。
 批判者達によって、カーネギーの世界観は冷笑的で操作的であると貶されたが、『人を動かす』は、ただちにセンセーションを引き起こし、大恐慌から回復すべくもがいていたところの意気消沈した人々によって鷲掴みにされた。
 今日に至るまで、それは<世界中で>3000万部以上売れている。・・・
 「世界中の誰しもが幸福を追求している」とカーネギーは記した。
 「それを見出す一つの確かな方法がある。
 それは、自分の諸思考を制御(cotrol)することによってだ」と。
 ・・・ワッツは、彼が、顕著な、しかし相反する感情を我々が抱いている(ambivalent)遺産、すなわち、「現代の米国の諸価値を根本的なところで形作ったところの、力強い(robust)自助運動の確立」、と呼ぶところのものについての、初期における治療的で効果的な論議の普及者(popularizer)となったカーネギーを称える。・・・
 <ただし、>それは、しばしば誇張へと脇道に逸れたりもする。
 というのも、ワッツは、「フランクリン・ローズベルトが資本主義を大恐慌から救ったのと同程度に、デール・カーネギーは資本主義に伴っているところの個人主義の文化を救った」などと言い出すのだから・・。」(A)
 「他の人物に自負心を持たせる(feel important)ようにせよ。」
 「他の連中にそれは自分の考え(idea)だと思わせよ。」
 「人々にあなたを好きになるようにしむけよ。」
 これらが、何世代にもわたって、友人達を勝ち取り、人々に影響を与え、そして、そう、でっかいカネもうけをするために、米国人達を世界へと送り込んできた元気一杯の諸指令(commands)のうちのいくつかなのだ。・・・
 カーネギーが快活な(sunny)人柄を演出(projecting)することを強調するのは、人格と自制(self-denial)に対するヴィクトリア朝的関心から遠ざかり、宣伝(advertising)、消費主義、及び、自己PR(self-promotion)へ、という大きな変化の一環なのだ。・・・
 カーネギーは、彼が、「何千ものビジネスマン達に、一週間、毎日、毎時間ごとに誰かに微笑んでみてから教室に戻ってきてその結果について語るように」求めたと記した。
 カーネギーは、自慢げに、<それを実行した>株式仲買人の述懐を報告している。
 「私は、微笑みがカネを、いや毎日夥しいカネを、私にもたらしていることを見出した」との。・・・
 ワッツは、大恐慌によって打ちひしがれた米国人達・・彼らは、積極的思考が積極的な結果をかき集めるであろうことを聞かされる必要があった・・の心理学的ニーズにカーネギーがいかに的確に(particularly)調子を合わせていたかを示す。
 我々のような今日の読者達が、カーネギーの教えが、単なるブースター主義(boosterism)<(注3)>であり、バビット主義(Babbittry)<(注4)>であると貶す(dismiss)のは容易いことだが、この自助の伝統は彼自身の1955年における死をものともせずに生き残り、我らの時代において<も引き続き>繁栄している<ことを忘れてはなるまい>。」(C)
 (注3)西部開拓時代に自分達の町の将来はバラ色だと吹聴して移住者を呼び込み、町の地価を吊り上げようとしたこと。
http://en.wikipedia.org/wiki/Boosterism
 (注4)シンクレア・ルイス(Sinclair Lewis)の小説『バビット(Babbitt)』の主人公のジョージ・F・バビット(George F. Babbitt)のような、中流階級の諸価値や物質主義に愛着を持つ狭量で自己満足的な人物
http://www.thefreedictionary.com/Babbittry
の主義。
 「米国が「古風な企業家制から複雑な企業諸官僚制への全面的な変貌」を遂げつつある、というまさにその時代が・・・大恐慌とあいまって、1936年に出版された、カーネギーの最大の業績である、『人を動かす』の舞台を設えたのだ。
 人前で話すことへのあからさまな言及はなくなり、それを心理学・・いかに人々がもっぱら自利的であって、これらの<自利的>諸利害に確固とした熱情で応えてやる(play to)ことで成功は当然のものとなるというテーマを吹き込んだ・・が置き換えた。
 人々が何を欲しているかを判断する代わりに、我々は、人々が必要としていること(cravings)を理解した上でそれを満たしてやることを試みるべきであると示唆したのだ。」(E)
 「カーネギーは、彼の最後の大著である『道は開ける』を1948年に書いたが、それにより、彼は、米国の著名人の座に確実に収まった。
 この本は、戦後の米国の物質的富がその国をはるかに幸せにすることには失敗したとのカーネギーの観察を軸として展開されたものだ。
 今日この本が出版されたとすれば、オプラ(Oprah)<(コラム#2282、3705、3707、3932、6361、6382、6388)>のブック・クラブ(Book Club)の推薦図書になる可能性が高い。
 それが、反資本主義であるから、ということではない。
 そんな<評価を行う>ことは、カーネギーにとっては甚だしく政治的過ぎよう。
 その<本の>大部分は、よりソフトで安全な、現瞬間における積極的思考と生活の勧告なのだから・・。」(E)
(続く)