太田述正コラム#0291(2004.3.17)
<欧州の「挑発」(その2)>

(もっとも、サパテロ氏は、6月30日までに国連が新安保理決議でイラク復興に関する権限を与えられた場合はスペイン兵を撤兵はしないとの留保をつけています(http://www.washingtonpost.com/ac2/wp-dyn/A61544-2004Mar15?language=printer。3月17日アクセス)。)
 よりにもよってこんな時に、ロマノ・プロディEU委員長から、「テロリストとの紛争に軍事力を行使することは正解ではないことがはっきりした」という発言が飛び出し、米国の人々を唖然とさせました(http://www.nytimes.com/2004/03/16/opinion/16BROO.html。3月17日アクセス)。

 いずれにせよ、サパテロ氏の対応は無茶苦茶です。
 もともと、アスナール首相のイラク戦争支持政策は、90%ものスペイン国民の圧倒的反対をおして推進されてきたものです。にもかかわらず与党は国民多数の支持を得てきました。
 それが総選挙三日前の鉄道テロを契機に一挙に覆ってしまったのはなぜか、ということです。
(以上、http://www.latimes.com/news/nationworld/world/la-fg-zapatero17mar17,1,6726510,print.story?coll=la-headlines-world(3月18日アクセス)による。)
 アスナール政権がイラク戦争を支持していたからであるはずはありません。
 理由は、
 第一に、アスナール政権が、かねてから(バスク解放を唱えるテロリスト集団である)ETA撲滅に力を入れてきたこともあり、ETA犯人説をプレイアップし、選挙を有利に運ぼうとしたことです。
アスナール首相自ら、スペインの主要新聞に電話を何度もかけて、ETA犯人説を流しました(http://www.nytimes.com/2004/03/17/international/europe/17SPAI.html。3月17日アクセス)し、スペイン政府は国連安保理にETAを名指しで非難する決議案を採択させ、スペイン外務省は、すべての在外公館に対し、あらゆる機会をとらえてETA犯人説を唱えるように指示しました(http://www.washingtonpost.com/ac2/wp-dyn/A64633-2004Mar16?language=printer。3月17日アクセス)。

第二に、アスナール政権のテロ対策に遺漏があったことです。
テロの犯人はETAだ、と一旦決めつけたにもかかわらず、それが間違いでアルカーイダ系のテロだと判明する、という粗末な治安情報収集能力、かつまた、今回のテロを実行した被疑者の一人について、何年も前からモロッコ、フランス両政府からもお尋ね者とされていたにもかかわらず、スペイン治安当局がその監視を怠っていた(http://www.nytimes.com/2004/03/17/international/europe/17TERR.html。3月17日アクセス)、というノー天気ぶりからして、今回の約200名死亡、約1500名負傷という甚大な被害をもたらしたテロを防止できなかった責任はアスナール政権にある、と言われても仕方ありますまい。
以上から、政権を率いてきたアスナール首相は、その政治家としての鼎の軽重を問われてしかるべきでしょう。
このように、スペイン政府のテロ対策に遺漏があることが明らかになった以上、西側の一員であり、EUの構成員であるスペインの新政権がまず取り組むべきことは、テロ対策の強化であり、そのためにも、9.11同時多発テロ以降、本国でのアルカーイダ系テロを防ぐことに成功している英米との一層の連携の強化を図らなければなりません。
 その英米を敵に回すようなことを早々と表明するようでは、サパテロ氏は政治家失格である、と言うほかありません。選挙結果が出て、すぐにサパテロ氏にお祝いの電話をかけたブッシュ、ブレア両氏(http://www.guardian.co.uk/spain/article/0,2763,1170284,00.html。3月17日アクセス)の爪の垢でも煎じて飲んで欲しいものです。
 その後サパテロ氏は、それ以上のトンデモ発言を行ってしまいました。
「私は選挙活動中、スペインとスペイン人が米国より一歩先を行くことを希望すると言ってきた。まず我々がここ<スペイン>で勝ち、政府を変える。」「それから米国民がそれを行い、ケリー氏が当選することになるだろうと。( and then the Americans will do it, if things continue as they are in Kerry’s favor.)」(http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/articles/A2865-2004Mar17.html。3月18日アクセス)という、他国の元首であるブッシュ米大統領の失脚を期待したに等しい発言です。
43歳のサパテロ氏は、もはや選挙は終わり、彼が既に事実上のスペイン首相であるということが、全く分かっていないようです。

 このアスナール、サパテロの両名を見る限り、遺憾ながら、スペインの民主政治はまだ発展途上の段階にあるようです。
 考えて見れば、スペインの民主政治は、ファシスト独裁者フランシスコ・フランコが死亡した1975年に、(フランコが生前、自分の死亡後は、ファシスト体制の継続ではなく、ブルボン王政を復活するように指示しておいてくれていたおかげで)「復活」し始め(http://www.spain-japan.com/xx/s-transicion1.html以下。3月18日アクセス)てから、まだ30年弱の実績しかないのです。

 いずれにせよ、欧州文明の一員たるスペイン(コラム#146??149)は、フランスやドイツ等と同様、過去にアングロサクソンに叩きのめされた経験があり(注)、それがスペイン国民の90%以上にのぼる反イラク戦争感情や、サパテロ氏のブッシュ・ブレア非難発言となって表れた、と私は理解しています。

 (注)スペインは16世紀末以降、まず英国によって欧州覇権の座から引きずり落とされ、1898
年の米西戦争で米国によってその世界帝国としての存立に最後の止めを刺された。また、
米国が第二次世界大戦以後、フランコ体制を支持したことをスペインの左翼は快く思って
いない(http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/articles/A61543-2004Mar15.html。3月
17日アクセス)。なお、スペインがジブラルタル問題を英国との間で抱えていることも、この関連で思い出して欲しい(http://www.spain-japan.com/xx/a-inter-gibraltar.html。3月17日アクセス)。

 次には、欧州のどの国からどんなアングロサクソンへの「挑発」が飛び出すことやら・・。

(完)