太田述正コラム#0312(2004.4.7)
<没落する米国(その2)>

 (本稿は、コラム#308の続きです。)

 米国の没落が差し迫っている理由として、しばしば挙げられるのは次の二点です。
第一に、米国が外国に多額の債務を負っていることです。
これは、米国の消費者が収入以上の消費を続けてきているために米国が毎年巨大な貿易赤字を計上していることに加え、ブッシュ政権が減税を行う一方で国防予算を大幅に増やしたため、このところ、米国で毎年巨大な財政赤字が発生しているためです。
この結果、日本単独で保有しているドルだけで7500億ドルにものぼり、このほか、中国、香港、インド、韓国、シンガポールと台湾が合わせて1兆1000億ドル保有しています。これら諸国の中央銀行が米国の財務省証券を買う形でドルを米国に還流してくれているおかげでドルがかろうじて急落を免れていますが、ドルはユーロや円に対して着実に減価してきています。
第二に、より根本的なことですが、かつての発展途上国の多くが、経済面で米国を激しく追い上げていることです。世界人口の40%を占める中印二カ国だけを見ても、中国経済が25年以内に米国経済よりも大きくなり、2050年までには米国経済の1.5倍の規模になる可能性が取りざたされていますし、インド経済も、2050年までに米国経済を追い抜く可能性が囁かれています。
既にインドのソフトウェア産業へのアウトソーシングをめぐって米国内で強い懸念の声があがっているのは、これが今後予想される米国経済の相対的弱体化への第一歩だと受け止められているからです。
(米国の経済学者のジェフリー・サックス(Jeffrey Sachs)のエッセー(http://www.taipeitimes.com/News/edit/archives/2004/04/03/2003116520。4月4日アクセス)を参照した。)

昨年、クリントン前大統領は母校のエール大学で講演し、米国がこの地球上で軍事的、政治的、経済的超大国でなくなった時に備えて、国際法と国際協調の世界を作り出すことこそ、米国の指導者達にとっての最大の課題である、と述べました(http://www.theaustralian.news.com.au/common/story_page/0,5744,8430165%255E31477,00.html(2月18日アクセス)。以下もこれによる)。
このことをとらえて、英国出身の著名な歴史学者であるポール・ケネディ(Paul Kennedy)エール大学教授が、興味深い論考を書いています

このクリントン前大統領の考え方は、ブッシュ大統領が2002年9月に明らかにした安全保障戦略とは180度異なった考え方だ。
ブッシュ大統領の考え方は、軍事力で米国と肩を並べたり、米国を凌駕したりする国が出現することのないよう、米国の軍事力の整備、運用に努める、というものだからだ。
クリントンの発言は、米国の指導者としてはもとより、世界を見回しても殆ど例を見ないものだが、強いて先例を探せば、19世紀の英国について同様の考えを持っていたグラッドストーン(William Gladstone)がいる。
1860年代から1880年代にかけて、グラッドストーンはディズレーリ(Benjamin Disraeli)との間で(注2)、英国の対外政策の基本的スタンスをめぐって論争を続けた。

(注2)英国首相在任期間は、保守党のディズレーリが1868年、1874-80年、自由党のグラッドストーンが1868-74年、1880-85年、1896年、1892-94年(太田)(http://www.compuserve.co.uk/channels/news/election/history.htm。4月7日アクセス)。

ディズレーリは保守主義者にして極めつきの帝国主義者であり、英帝国を強大に保ち、非西欧世界の「抵抗勢力」に対して軍事力を行使することを躊躇わず、世界の戦略的要衝を獲得することに血道を上げた。
これに対し、グラッドストーンは軍事力の行使は抑制的であるべきだとし、帝国の拡張にも反対し、そもそも英国のような世界の強国には、軍備の削減、国際協調の推進、及び国際法の普及に向けて努力する責任があると主張した。
更にグラッドストーンは、ビクトリア時代の英国の政治家としてはただ一人、やがて米国が英国を経済的にも軍事的にも凌駕するであろうことをはっきり予見していた。
グラッドストーンは、当時としては、いささか理想主義者であり過ぎた。(ウッドロー・ウィルソン(Woodrow Wilson:大統領在任期間1913-21年)はグラッドストーンに私淑していた。)
クリントンの考え方も、リアルポリティーク的発想によってバランスがとられなければならないだろう。
とまれ、クリントンの発言は大いに傾聴に値する。

(続)

<読者A>
米国が没落する理由を、英国の歴史をなどっているからということだったんですが、愚生の疑問として、次のことがあります  

1.石油管掌
米国が、英国より、覇権を奪取した決定的な原因として、この石油管掌が最大重要事項である。 エネルギー革命によって、石炭から石油への転換が起こり、今や米国国際石油資本がすべてを管掌している。

2.戦争に負けないからこそ米国に資本は流入する
1とリンクするんですが、米国は世界最強の軍事力を保有しています。それは、新規の武器開発への資金提供から、情報収集・管理、武器兵器技術、そして兵器に絶対必要な石油の管掌。ここに、決定的な言語力(ブッシュ政権では"?")。確かに、米国の双子赤字は、非常に不健全でありますが、これは米国の基本的な経済性質で、これが他国(国際政治)にとって「軍事力」に勝ることは、国家の性質上(自己保存の性質)ありえないと見ます。 米国に楯突ける国家連合は、構成される機はありません。

3.世界最強のユダヤ人
米国で多大な影響を与え、米国を拠点に世界に資産を保有するユダヤ富豪。 ブッシュの新軍事ドクトリンが成立するのに、ニューヨークのユダヤ票が決定的な力を持ったことからも事実。 この輩が、米国の覇権の担保でもあり、米国政権がこれを手離すことをすることはない。イスラエルへの異常な支持からも判明。 よって、最強たる米国にこの輩がいなくなることはなく、米国の強さは衰えない。

4.さすがにあほではない 
イラク戦争は、世界で賛否両論を巻き起こす、非常にまれな事態が生起しました。しかし、米国は、開戦まで国連安保決議にこだわり、さらにこれからのイラク再建に関しても"国連権威"を求めている。 

以上、その要旨なんですが、太田さんは、どういった経緯で、「没落する米国」を書いたのでしょうか?

<太田>
いささか読みづらい文章でしたが、おっしゃりたいことはおおむね分かりました。
私の指摘したことは簡単なことで、
1 米国の過剰消費体質は、(軍事力の優位を保ちたいということもあり)容易に改まらない。
2 人口で米国をはるかに上回る国を含め、多くの国の経済成長率より米国の経済成長率は低く、この趨勢は今後とも続く。
という二点から、米国の相対的「没落」はそう遠くない、と申し上げたのです。
そうでない、とおっしゃるのであれば、この二点に焦点をあてた反論をお寄せになる必要があります。
反論をお待ちしています。

<読者A>
読みづらくてすいません 

米国内の経済的要因によって、相対的に没落する、ということでしたが、いったい経済的要因で米国は没落するんでしょうか。
そもそも、米国は英国から覇権を奪うために、第二次大戦終結直後より、ドルを欧州にばらまき、ドルの力を欧州に根付かせました。そしてそれから、政治力を存分に使って、国際金融体制を自らの思い通りに構築。この国際ドル体制があるのに関わらず、太田さんの二点によって、米国が没落するということは、基軸通貨がドルではなくなる(これは地域的経済圏がたくさんできて域内通貨が優勢になる)という条件がつくのではないでしょうか。
経済、そして戦争も、政治の手として、並進的・互換的に機能しているものであって、米国の政治的パワーの衰退が見られない限り、「没落」はないのではないでしょうか。

<太田>
論点が少しずれて、今度は米国のいわゆるソフト・パワーのことをおっしゃっているようですね。
「没落する米国」シリーズはまだ完結しておりませんので、余り踏み込まないことにしますが、ソフト・パワーはあくまでもハード・パワー(経済力及び軍事力。しかし、軍事力も究極的には経済力に依存しています)があってのものだねでしょう。

<読者B>
最新号の中央公論で、北岡伸一と山崎正和が対談しており、その中で米国の没落は当分ないという意見で一致していました。中心テーマではなく、雑談のように飛び出した話でしたが、根拠は??先進国の中で、人口が伸び続けているほとんど唯一の国??米国と中国はほぼ面積が同じだが、中国は耕作可能地が2割、対して米国は8割→よって米国の人口はまだまだ増える。これが1点。
 第2点は、国内に第3世界を抱えているのと同じ状況で、敗北すれば、そこまで落ちるという環境で激しい競争をしているため、国民が強い??というものでした。
 それなりに、なるほど、と思ったので・・。
ただ、よく考えると、中央公論の論点は、太田さんのおっしゃる「相対的没落」と矛盾するものじゃないですね。世界の序列第1位ないしは、トップ集団には継続して存在し続けるけれども、相対的には没落することはありえるわけですから。
 ただ、現状を見ると、確かに中進国の追い上げはすさまじいけれど、先進国グループ内の米国とそのほかの差は、広がっているような気がしないでもないですが、その辺はどうお考えですか。

<太田>
国内の論壇をフォローする時間もカネも関心もありませんので、教えていただくとありがたいですね。
(しかし、コラムを日本語で書いている以上、国内の論壇で認められなければ永久に埋もれたまま、という矛盾は悩ましいところです。)
米国の人口がEUや日本(及び韓国)とは違って今後とも増える、というのは重要なポイントではあります。
しかし、人口が増えるのは、米国の中の第三世界的な部分であり、彼らの多くが原理主義的キリスト教徒であることを忘れてはならないでしょう。
つまり、従来の米国のソフトパワーを担ってきたアングロサクソンを中核とする部分が相対的に減って行くことから、米国の経済力の世界での相対的没落以上のスピードで米国の世界での影響力が減衰していく、と私は見ています。
繰り返しになりますが、「没落する米国」シリーズはまだ完結しておりませんので、これくらいにしておきます。