太田述正コラム#7558(2015.3.22)
<「個人」の起源(続)(その2)>(2015.7.7公開)
 「啓蒙主義の諸価値」・・・は今日において一般に想定されているほど明瞭に結構(benign)なものではなかった。
 ジョン・ロック(John Locke)は米国の原住民達にその国の「諸原生林と諸未耕作荒地」に対するいかなる法的請求権も否定したし、ヴォルテール(Voltaire)はそれによればユダヤ人達はより初期の劣等な人間の諸種の諸残滓であるとの「アダムより前の(pre-Adamite)」人類発展の理論を推進したし、カントはアフリカ人達は生来的に奴隷制の実践への傾向を有すると主張し、功利主義者のジェレミー・ベンサム(Jeremy Bentham)は理想的な刑務所であるパノプチコン(Panopticon)・・囚人達が上続的監視の下で独居房に止めおかれることとなる・・事業を開発した。
⇒このうち、ヴォルテールの言以外は既に太田コラムで紹介済みです。
 ロックのこの言を前に取り上げた時に指摘済みなのではないかと思いますが、ロックの「政治思想は」、限定的経験論、社会契約論、抵抗権、(行政権優位の下での)立法・行政の二権分立論、政教分離論、といった具合に、「名誉革命を<歪曲して後付的に(太田)>理論的に正当化<した代物>」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%AD%E3%83%83%E3%82%AF
であり、イギリスの本国には影響を与えず、欧州とイギリスの北米植民地には影響を与えることとなったわけです。
 なお、ベンサムの技術的提言をその他の3人の人種主義的な言と同列に並べるのはおかしいのではないでしょうか。(太田)
 これら諸見解で、シンガーやピンカーによって議論されているものは皆無だ。
 より一般的には、社会を改善する諸手段として組織的(methodical)暴力を擁護(advocate)し実践したところの、ジャコバン派やボルシェヴィキ達において表明された啓蒙主義的思考の強力な非リベラル的流れ、への言及がない。・・・
 一体どうして、理性と寛容の哲学が大量殺人に関係させられるなどということが可能だったのだろうか。
 その原因は、反啓蒙主義的諸観念の邪悪な影響によるものでしかありえない。
 ホロコーストを含むところの、20世紀の大量殺人の潮流である、ヘモクリズム(hemoclysm)<(注3)>を論じて、ピンカーは、「ナチズムと共産主義の二つのイデオロギーの背後に反啓蒙主義的ユートピア主義という公分母がある」、と記している。
 (注3)暴力的かつ血腥い紛争、大虐殺。とりわけ、(大文字で始まる場合は、)二つの世界大戦にまたがる20世紀央を指す。
http://en.wiktionary.org/wiki/hemoclysm
 ピンカー<の本>を読んでも、ナチの「科学的人種主義」が、著名なヴィクトリア期の心理学者にして優生学者のフランシス・ゴルトン(Francis Galton)<(注4)>のような、啓蒙主義思想家にその知的系譜が遡るところの、諸理論に立脚していることを知ることは決してない。
 (注4)1822~1911年。「イギリスの人類学者、統計学者、探検家、初期の遺伝学者。・・・キングス・カレッジ・ロンドン(医学)を経てケンブリッジ大卒(数学)。・・・ 1859年、いとこのチャールズ・ダーウィンが、『種の起源』を出版したことに刺激を受け、遺伝の問題を統計学で解決しようと思い立ち、研究を開始した。・・・彼は、1883年に優生学という言葉を初めて用いたことで知られて<おり、>・・・家畜の品種改良と同じように、人間にも人為選択を適用すればより良い社会ができると論じた。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B7%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%B4%E3%83%AB%E3%83%88%E3%83%B3
 このような、啓蒙主義的思考と20世紀の野蛮との諸繋がりは、ピンカーにとっては、いかなる犯罪に関しても無罪である、無垢の教えの、単なる諸脱線であり諸歪曲なのだ。
 すなわち、その名前において実行されてきた諸残虐行為は、真の福音の誤った解釈、ないしは外からの(alien)諸影響による腐敗から来ている<、というのだ>。
 このような考え方の子供っぽい単純性は、どうして愛の宗教が異端審問に関わることができたのだろう、と尋ねるキリスト教徒達のことを思い起こさせる。・・・
(続く)