太田述正コラム#7564(2015.3.25)
<「個人」の起源(その10)>(2015.7.10公開)
確かに、福音主義的不信人者達(evangelical unbelievers)は、断固として、リベラリズムが一神論(theism)からの何らかの支援を必要とすることを否定する。
 仮に彼らが哲学者達であれば、彼らは、自分達の錆びついた知的用具を持ち出して、リベラリズムが宗教から受け継いだ諸観念や諸信条に依存していると考える者達は、発生論的(genetic)誤謬の罪を犯していると主張する。
 ジョン・ロック(John Locke)やイマニュエル・カント(Immanuel Kant)のような標準的な(canonical)リベラル思想家達は、一神論にどっぷり浸かっていた。
 しかし、諸観念が諸間違いに起源を有するからといってそれらの諸観念が誤謬である、ということにはならない。
 これらの思想家達のリベラルな諸価値のための遠大な諸主張は、それらの一神教的諸起源から切り離し得る。
 全ての人間達に適用されるリベラルな道徳性は宗教にいかなる言及をすることもなく定式化(formulate)することができる。
 或いは、そのように、我々は常続的に聞かされてきた。
 困るのは、一神教から借りられてきたところの、人間たるべきとはいかなることかについての理解を呼び出すこと(invoke)なくして普遍的な道徳性の観念が何らかの意味をなすことは困難であることだ。
 人という種がその生来の諸可能性を実現すべく格闘しているところの道徳的存在(agency)であるという信条・・あらゆる所にいる世俗的な人道主義者達を支える贖い(redemption)の物語・・は、一神教的神話の穴開きの(hollowed-out)ヴァージョンなのだ。
 人という種が何らかの目的ないし目標・・例えば、自由ないし正義の普遍化(universal state)・・を達成すべく奮闘しているとの観念は、科学の中には居場所のない、ダーウィン主義より前の派を前提とする、目的論的な思考様式なのだ。
 経験的に言えば、かかる集合的な人間存在(collective human agent)は存在しないのであって、相争う(conflicting)諸目標や諸価値を持った異なる人間達が存在するだけなのだ。
 仮にあなたが道徳性について、人という動物のふるまいの一環として、科学的諸言辞でもって考えれば、人間達が、繰り返されるところの、単一の普遍的規約(code)に従って生きてなどいないことを見出すことだろう。
 そうではなく、人間達は、数多の生活様式を形作ってきたのだ、と。
 人たる動物にとって、諸道徳性の複数性は、種々の諸言語があるように、自然なことなのだ。
 <ところが、>今や、非常に恐ろしい相対主義のお化けが呼び出されがちになっている。
 複数の諸道徳性について語ることは、倫理において真実がないかもしれないことを意味するのではないか、と。
こうして、自分達の諸価値が気まぐれな人の世界を超えた何かによって確保されることを欲する者は、誰でも昔ながらの宗教の成員となる。
 <他方、>仮にあなたが、一神教から借りた人類(humankind)観を横に置くとすると、あなたは、永続的に争い合っている諸価値を抱くところの、あなたが見出す人間達と相手をしなければならなくなるだろう。・・・
 <遺憾ながら、これらの、種々の>普遍的諸価値を合計しても、普遍的道徳性にはならないのだ。
 これらの諸価値は、しばしば<相互に>矛盾している(conflicting)し、社会毎に、これらの矛盾は異なった形で解決されるのだ。
 オスマントルコ帝国では、その歴史の若干の期間、欧州で迫害された諸宗教コミュニティにとっての寛容なる避難所だった。
 しかし、この多元主義は、個人的自治というリベラルな原則が要求するであろうところの、個々人を一つのコミュニティからもう一つのコミュニティへと移動させることを可能にするところまで拡張はされなかった。
 <また、>ハプスブルグ帝国は、民族自決というリベラルな原則の拒否に立脚していた。
 しかし、恐らくはまさにその理由によって、それは、それを承継した諸国家の大部分よりも諸少数民族に対してより保護的だった。
 今日、核心的なリベラル諸理想と見られていることを尊重することなく普遍的諸価値を保護したところの、これらの古式ゆかしき帝国的諸体制は、今日存在しているところの、大多数の諸国家に比べて、より文明的だったのだ。・・・
 少しだけ挙げれば、19世紀初頭の詩人にして哲学者であったジャコモ・レオパルディ(Giacomo Leopardi)<(注18)>、哲学者のアルトゥル・ショーペンハウアー(Arthur Schopenhauer)<(注19)>、オーストリア=ハンガリー人たる哲学者にして小説家のフリッツ・マウトナー(Fritz Mauthner)<(注20)>・・1920年代初に四巻からなる無神論の歴史を刊行した・・、そして、ジーグムント・フロイト(Sigmund Freud)<(コラム#471、496、1078、1122、2870、2974、3318、3517、3820、4887、5236、5249、5256、6030、6070、6102、6153、6172、6249、6320、7084、7142、7262、7490)>は、全員、宗教の人にとっての価値を受容していた無神論者だった。・・・」
http://www.theguardian.com/world/2015/mar/03/what-scares-the-new-atheists
(3月5日アクセス)
 (注18)1798~1837年。イタリアの法王領で生まれ、家庭教師に教育されるが、自ら父親の図書で勉強し、ラテン語、ギリシャ語、ヘブライ語に堪能になった。
http://en.wikipedia.org/wiki/Giacomo_Leopardi
 (注19)1788~1860年。「仏教精神そのものといえる思想と、インド哲学の精髄を明晰に語り尽くした思想家であり・・・生の哲学、実存主義の先駆と見ることもできる。フリードリヒ・ニーチェへの影響は有名・・・ゲッティンゲン大学医学部に進学する<も>・・・哲学部へ転部する。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%88%E3%82%A5%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%BC%E3%83%9A%E3%83%B3%E3%83%8F%E3%82%A6%E3%82%A2%E3%83%BC
 (注20)1849~1923年。「オーストリア・ハンガリー帝国領ボヘミア出身<で>・・・両親はユダヤ教徒だった。・・・プラハで法学を学ぶが、途中で止めている。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%AA%E3%83%83%E3%83%84%E3%83%BB%E3%83%9E%E3%82%A6%E3%83%88%E3%83%8A%E3%83%BC
 哲学者のヴィトゲンシュタイン(Ludwig Wittgenstein)や小説家のジェームズ・ジョイス(James Joyce)や戯曲家のサミュエル・ベケット(Samuel Beckett)に大きな影響を与えたとされている。
 四巻からなる無神論の歴史とは、『西洋における無神論とその歴史(Der Atheismus und seine Geschichte im Abendlande)』 (四部作)(1920~23年)のことだが、日本語ウィキペディア(上掲)は、彼の「主著<を>1901年と1902年に出版された三部作の『言語批判論集』(Beitrage zu einer Kritik der Sprache)」としている。
http://en.wikipedia.org/wiki/Fritz_Mauthner
⇒悟りについて賢しら顔で語っているグレイ(コラム#7562)が、実は悟ってなどおらず、従って私の言う人間主義者たりえていないことは、彼が私の言う人間主義に相当するものの存在を予感すらしていないことから明らかです。
 「人たる動物にとって、諸道徳性の複数性は、種々の諸言語があるように、自然なことなの」では決してないのであって、「種々の諸言語<こそ>ある」けれど、「人たる動物にとって」道徳性は生来的には単一で、人間主義がそれであるからです。
 そして、グレイは、この人間主義について無知であるからこそ、オスマントルコやオーストリア=ハンガリー帝国と時期的に重なり合っていた江戸期の日本への言及がなされていないのでしょうし、況や、(現在の日本はもとよりですが、既に、)江戸期の日本が、彼が「今日存在しているところの、」例外的「諸国家」と認定していると思しき、かつての大英帝国や現在の拡大英国諸国・・但し、サッチャリズム時代を除く・・と比べてさえも、総合的には更に文明的であったことなど、およそ彼の想像を絶することでしょうね。(太田)
(完)