太田述正コラム#0320(2004.4.15)
<イラクの現状について(おさらい2)>

2 抵抗勢力
 (2) シーア派急進派勢力
 このような、アラブ人市民の傷ついた心情を背景に、シーア派急進派のサドル師は、マーディ(Mahdi。注1)軍と称する黒シャツ姿の私兵による武装蜂起に打って出て、クーファ(Kufa)、ナジャフ(Najaf)とカルバラ(Kerbala)というシーア派の三つの聖都を占拠しました。
 
 (注1)シーア派中の最大勢力である12イマーム派(イランの国教)の言うところの、ムハンマドから数えて12番目のイマーム(宗教指導者)とされる人物(Muhammad bni l-Hanafiya)の称号。彼は隠れているだけで、やがて救世主として蘇るとされ、キリスト教のメシア思想の影響がうかがえる。(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%81%E4%BA%8C%E3%82%A4%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%83%A0%E6%B4%BEhttp://i-cias.com/e.o/mahdi.htm、及びhttp://iiny.org/12thImam.htm(4月15日アクセス))。

 一年前にサダム政権が崩壊したとき、サドル師はその私兵に、バグダッドのシーア派地区(サダムシティーからサドルシティーに改称)の旧バース党の兵器庫から武器を奪取させるとともに、フセインに殺害された彼の父の影響下にあったイラク各地のモスクを自分の支配下に入れることによって資金源を確保し、イランから提供され始めた資金と併せ、潤沢な資金力を誇っています。
 この豊富な武器と資金でサドル師がねらっていることは、自らをホメイニ師に見立て、イラクに自分を頂点とするシーア派による一元的神政政治を確立することです(注2)。

 (注2)サドル師は「<クルド人がつくることを夢見ている>クルディスタンなるものはアラーの敵だ」と言っている(MSNのSlateのサイト前掲)。

 (以上、特に断っていない限り(http://www.time.com/time/covers/1101040419/wsadr.html?cnn=yes(4月14日アクセス)による。)

 (3)スンニ派野合勢力
やはり、アラブ人市民の傷ついた心情を背景に、スンニ派ゲリラ(フセイン忠誠派、或いはバース党一味と称されることがある)とアルカーイダ系テロリスト(ワハブ派と称されることがある)が野合し、一般市民を巻き込んだ形で対米軍等のゲリラ・テロ活動が活発化していますが、その中心となったのがファルージャです。
なぜファルージャなのでしょうか。
それはファルージャが、旧共和国防衛隊(Iraqi Republican Guard)将校の自宅が集中していた(バグダッド近郊の)町であり、いわばフセイン忠誠派の梁山泊だからです(http://www.washingtonpost.com/ac2/wp-dyn/A9532-2004Apr13?language=printer。4月14日アクセス)。
最近の動きとして特記すべきことは、スンニ派ゲリラの戦術が急速に高度化してきたこと及び彼らが、敵の敵であるシーア派急進勢力に手を貸すようになったこと(ワシントンポスト前掲)、並びに外国人拉致を行い始めたこと(http://www.asahi.com/international/update/0415/022.html。4月16日アクセス)、です。

3 イラクは自立できるのか

 (1)安全
20世紀を代表する哲学者カール・ポッパー(Karl Popper。1902??1994年。ユダヤ系オーストリア人。ナイトを叙爵された英国で歿。(http://www.ul.ie/~philos/vol1/popper.html。4月16日アクセス))は、第二次世界大戦中に執筆された大著’Open Society and Its Enemies’(注3)の第一巻を、「我々は、安全と自由を確保するために理性を総動員しつつ、不確実性と危険に満ちた未知の世界に分け入っていかなければならない。」という文章で締めくくっています(http://www.taipeitimes.com/News/edit/archives/2004/04/12/2003136389(4月13日アクセス)より孫引き)。
ポッパーは、自由を享受するためには安全の確保が不可欠だ、と言っているわけです。

(注3)ポッパーは、プラトン、ヘーゲル、マルクスらの学説を、非科学的な歴史主義(historicism)であり、閉ざされた社会(closed society=全体主義社会)をもたらした元凶である、と糾弾した(http://lachlan.bluehaze.com.au/books/popper_open_society_vol1.html。4月16日アクセス)。私の言葉に翻訳すれば、アングロサクソン的常識に則り、欧州の民主主義独裁の理論に対し抜本的的批判を加えた、ということだ。

これは、イラクの現状を考えるに当たって噛みしめなければならない言葉です。
そのイラクで安全の確保に向け、生命の危険を冒してゲリラやテロリストと戦っているのは、現時点ではもっぱら米軍であり英軍です。
しかし、やがて米軍や英軍の衣鉢をイラク軍が継がなければなりません。果たしてそれは可能なのでしょうか。

(続く)