太田述正コラム#7650(2015.5.7)
<『日米開戦の真実』を読む(その16)>(2015.8.22公開)
 『廣松渉著作集 第14巻』498頁<にはこうある。>
 ・・・新しい世界観や価値観は結局のところアジアから生まれ、それが世界を席巻することになろう。日本の哲学屋としてこのことは断言してもよいと思う。
 では、どのような世界観が基調になるか? これはまだ予測の段階だが、次のことまでは確実に言えるであろう。それはヨーロッパの、否、大乗仏教の一部など極く少数の例外を除いて、これまで主流であった「実体主義」に代わって「関係主義」が基調になることである。
⇒以上から、「私の現在の考えと廣松の晩年の考えが殆んど同じ」ことがお分かりいただけるのではないでしょうか。
 京都学派中の、「近代の超克」を唱えた人々や和辻哲郎、の主張を要約した上で、(私の表現を用いれば、)日本文明の普遍性・世界史的使命を、改めて・・「右」ならぬ「左」的装いの下で・・昭和末から平成初にかけての時期に主張した、といったところですね。
 「近代の超克」を唱えた中の2人である、「高山岩男・・・の著書『ヘーゲル』<を>、高坂正顕の『カント』とともに、後に廣松渉<は>、同時代の研究書として世界最高水準と評価」しています
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E5%B1%B1%E5%B2%A9%E7%94%B7
し、「関係主義」は、私は、和辻哲郎の「人間主義」のパラフレーズであると踏んでいます。
 なお、「近代の超克」を唱えたところの、もう1人の人物である西谷啓治は、「後半生は仏教に傾倒した」ところ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A5%BF%E8%B0%B7%E5%95%93%E6%B2%BB
ですし、そもそも、「京都学派とは、一般に西田幾多郎と田辺元および彼らに師事した哲学者たちが形成した哲学の学派のことを指」し、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%AC%E9%83%BD%E5%AD%A6%E6%B4%BE
西田幾多郎は、「仏教思想、西洋哲学をより根本的な地点から融合させようとした」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A5%BF%E7%94%B0%E5%B9%BE%E5%A4%9A%E9%83%8E
人物です。
 (ところで、私としては、「大乗仏教の一部」で、廣松が、一体何を指していたのかに関心があります。
 チベット仏教であれば正解、禅宗であれば不正解、ということになりますが・・。
 また、「日中を軸に“東亜”の新体制を」という発想に、当時の中共のいかなる動向を踏まえて廣松が到達したのかも興味があります。)(太田)
 田中の場合は・・・ヨーロッパ型の安全保障を軸にした共同体は東アジアに<は現状では>できないという・・・認識<の下、>・・・東アジアに経済共同体を形成<し、>・・・経済共同体内で人や資本、モノの流れがほんとうに自由になると、・・・政治改革<を求める機運が中国でも高まるはずであるとし、その結果として、>・・・東アジア共同体の<自由民主主義を基調とした>共通意識をを作ろうというわけだ。」(360、365~366)
⇒田中均(コラム#45、63、85、86、1413、6265、6289、6355、6738)は、戦後の外務官僚の大多数同様米国の買弁であり、彼の東アジア共同体論なるものは、私見では、日本の経済面での実利を図りつつ、日本が、宗主国米国の走狗として、中共の自由民主主義への体制変革を促進させようとする試みに過ぎず、私は、全く評価していません。
 東アジア共同体論で、より注目すべきは鳩山由紀夫のそれです。
 (この本が上梓された2006年にはともかく、鳩山が2010年に首相を辞任した後の2011年に上梓された文庫版の長文の後書きの中で、佐藤が鳩山のそれに全く言及していないことには、首を傾げざるをえません。)
 その鳩山ですが、「鳩山由紀夫は、2000年に「平和執行型の国連平和維持活動(PKO)については日本も参加しなければならない。そのとき、憲法が障害になるなら変えればいい」と主張」し・・・、2009年に「総理<に>就任<すると、米国>から日本に通達される拒否できない内政干渉リストとも言われる年次改革要望書を廃止し・・・東アジア共同体の構築<を訴え、>・・・普天間基地移設先について・・・最低でも県外の方向で<と述べた>」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%B3%A9%E5%B1%B1%E7%94%B1%E7%B4%80%E5%A4%AB 
わけです。
 そして、首相辞任後の2013年、東アジア共同体研究所を設立し、自らその理事長となって現在に至っています。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E3%82%A2%E3%82%B8%E3%82%A2%E5%85%B1%E5%90%8C%E4%BD%93%E7%A0%94%E7%A9%B6%E6%89%80 
 鳩山の東アジア共同体論は、彼が首相在任時等に行った諸言明に照らせば、田中均ら外務省/自民党系のそれを換骨奪胎したところの、京都学派(中の「近代の超克」グループ)、そして、廣松渉、の系譜につながる、(「独立」日本を基軸とするところの、)現代版大東亜共栄圏論、という評価をしてよさそうであり、私は、鳩山のアイディア力を大いに買います。
 しかし、鳩山の実行力の致命的ともいうべき欠如と、東アジア共同体研究所を支える人材の著しい貧弱さ(上掲)からして、何の成果も期待しない方がよさそうです。(太田)
(完)