太田述正コラム#0332(2004.4.27)
<ブッシュ政権の世界戦略(その3)>

 (2)パレスティナ
 ブッシュ政権のパレスティナ政策については、コラム#321を参照してください。
 ブッシュ政権の台湾政策にせよ、パレスティナ政策にせよ、どこが「現実主義に根ざした既成観念の打破」なのだ、「自由・民主主義の普及という理想主義の追求」じゃないか。ブッシュ政権が台湾寄りの姿勢を打ち出そうとしており、またイスラエル寄りの姿勢を打ち出しているのは、台湾が中共に比べ、またイスラエルがパレスティナ側に比べ、より自由・民主主義的な体制の下にあるからだろう、と思われた方もいるかもしれません。
 必ずしもそうではないことが次の例から分かります。

 (3)トルコ・キプロス
 南北キプロス(注1)の再統合案の是非を問う住民投票が4月24日に行われ、北の北キプロス・トルコ共和国(これまでトルコのみが承認)では賛成が64.91%、反対35.9%でした(注2)が、南のキプロス共和国(ギリシャ系)では賛成は24.17%、反対が75.83%となり、南側の反対多数で再統合案の不成立が確定しました(投票率は南北とも90%に近かった)。この結果、5月1日にEU加盟が認められるのはキプロス共和国政府の施政権下にある南側だけ、ということになりました(http://www.sankei.co.jp/news/040425/kok044.htm。4月26日アクセス)。

 (注1)1960年代を通じてキプロスではトルコ系住民とギリシャ系住民との争いが絶えなかったが、1972年にギリシャ系の士官達がギリシャとの合併を目指してクーデターを起こしたとき、トルコ軍が介入し、トルコ系住民の多いキプロス島北部を占領し、20万人ものギリシャ系住民が南に逃亡し現在に至っている。爾来北にはトルコから5000人の移民があったとされる(http://www.latimes.com/news/nationworld/world/la-fg-cyprus23apr23,1,2042400,print.story?coll=la-headlines-world。4月24日アクセス)。
北には現在なお36,000人のトルコ兵が駐留しており、南には3,300人の英国軍(英国はキプロスの旧宗主国)と1,200人の国連平和維持部隊が駐留している。ちなみに現在北の人口は20万人、南は70万人。(The Military Balance,2003/2004,IISS, PP70,71,252)
    北は、EU等によって経済制裁の対象とされてきており、経済的に困窮状態が続いている。
 (注2)これは、北キプロス・トルコ共和国のデンクタシュ(Denktash)大統領の反対や、トルコからやってきた1000人にも及ぶ反対運動家達の声を押し切って下された民意である(http://www.guardian.co.uk/cyprus/story/0,11551,1202188,00.html。4月24日アクセス)。

この再統合案の策定に努力してきたEU、米国、国連事務局、そしてトルコまでも、パパドプーロス(Papadopoulos)大統領以下、キプロス共和国政府挙げて投票間近になって急に反対運動の音頭を取り始めたことに強い不快感を表明してきました(注3)。当然この四者は、この投票結果に失望を隠そうとしていません(http://news.ft.com/servlet/ContentServer?pagename=FT.com/StoryFT/FullStory&c=StoryFT&cid=1079420619485&p=1012571727102及び(http://www.nytimes.com/2004/04/27/politics/27cypr.html(どちらも4月27日アクセス))。

(注3)国際世論に真っ向から逆らったのがロシアである。選挙直前に、キプロス共和国側をなだめるために英国が中心となって国連安保理にキプロス駐在国連平和維持部隊の強化を図る決議案が上程されたが、これは選挙への干渉になるとして、ロシアは1993年以来久方ぶりに拒否権を行使し、賛成14、反対1という結果だったが、この決議案は否決された(http://news.bbc.co.uk/2/hi/europe/3649437.stm。4月23日アクセス)。ロシアはロシア「正教」国としてギリシャ「正教」国であるキプロス共和国にエールを送ったということであり、これはいかに文明が依然として国家の対外政策を決定する要因になっているかを物語るエピソードであるといえよう。

しかし、EUは、こんな結果になった以上、北キプロス・トルコ共和国やその宗主国であるトルコに何らかの形で報いなければならない羽目となり困惑している、というのが本当のところです。
このうち、北キプロス・トルコ共和国に対しては、さしあたり経済制裁を解除するという手がありますが、トルコに報いるためにはトルコのEU加盟に向けて本格交渉に入る、というくらいしか方法がないことが困惑の原因なのです。
EUは既に、クルド系のトルコ国会議員四名に対し、彼らのささいな言動をとらえてトルコの裁判所が禁固刑を科し、先般控訴審で改めてこの判決が維持されたたことを非難しており、何とかトルコの加盟交渉棚上げに持ち込もうと画策しています。EUとしては、キリスト教文明に属さないトルコのEU加盟は何とか避けたいところなのです。
一方ブッシュ政権は、これまでの米国の歴代政権と同様、対イスラム圏戦略の観点から、イスラム国であるトルコのEU加盟をぜひとも実現させたいという強い希望を有しています。この米国の意向には、(EU加盟国ではありますが、)英国政府も同調してきました。
(以上、http://www.guardian.co.uk/turkey/story/0,12700,1200316,00.html及びhttp://news.bbc.co.uk/2/hi/europe/3649527.stm(いずれも4月23日アクセス)による。)、
 しかも、この投票結果を見越して、ブッシュ政権部内で、トルコ政府に次いで二番目に米国単独で北キプロス・トルコ共和国承認することが検討されているといいます(前掲http://news.ft.com/servlet/ContentServer?pagename=FT.com/StoryFT/FullStory&c=StoryFT&cid=1079420479373&p=1012571727102)。
 トルコのあきらかに不法不当な侵略行為の結果成立した「既成」事実を、しかもトルコや北キプロス・トルコ共和国の方がギリシャやキプロス共和国より自由・民主主義の観点からは見劣りするにもかかわらず、「現実的」観点から追認する、というのですから、これは掛け値なしに「現実主義に根ざした既成観念の打破」と言わざるを得ないでしょう。

(続く)