太田述正コラム#8214(2016.2.13)
<「真の水平派」とイギリス急進的リベラリズム(その2)>(2016.5.30公開)
 私はナショナリズムが余り好きではない。・・・
 しかし、それにもかかわらず、私は、人民による民主主義を信奉しており、<だからこそ、>我々<のイギリス>が欧州同盟を去ることに賛成する票を投じるつもりだ。
 ウィンスタンリーにとっては、ノルマンのくびきは、1066年の侵攻、及び、ウィリアム征服王・・彼はフランス貴族をイギリス農民(peasantry)の上に置き、そのことによって、何世紀にもわたるところの、外国人による統治に対する<イギリス人民の>憤懣を醸成した・・に遡る。
 イギリス国王達と貴族達は、時間が経つにつれ、英語を話すことこそ学んだけれど、彼らは、民衆の同意抜きで押し付けられた外国勢力(alien power)であり続けた。
 これが、・・・パトニー(Patney)の古い教会に集ったところの、水平派が、外から、そして、遠くから押し付けられたところの権力、すなわち、他律的な(heteronomous)権力の押し付けを抑制(curb)する手段として民主主義を要求した<(注6)>理由だ。
 (注6)パトニー討論(Putney Debates)。「イギリス<内戦>中の 1647年10月末から11月初めにかけて,ロンドン近郊のパトニーで開かれた議会軍の将校と兵士の会議。 O.クロムウェル,H.アイアトンらの独立派将校と,各連隊から将校2名,兵士2名ずつ選ばれた代表とが,人民協定をめぐって討議したもので,兵士代表には<水平>派が多く,男子普通平等選挙権の要求や共和主義的主張を述べ,これに反対するアイアトンらと鋭く対立した。 」
https://kotobank.jp/word/%E3%83%91%E3%83%88%E3%83%8B%E3%83%BC%E8%A8%8E%E8%AB%96-115443
 16世紀には、ヘンリー(Henry)8世が法王庁と縁を切り、教会のための自治(home rule)を確立した。
 39ヵ条(Thirty-Nine Articles)<(注7)>中の第37条は、「ローマの司教はこのイギリスの領域に管轄権は持たない」とした。
 (注7)エリザベス1世の時の1563~1571年に策定され、英国教祈祷書(Book of Common Prayer)の中に収録された。
https://en.wikipedia.org/wiki/Thirty-Nine_Articles
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%81%96%E5%85%AC%E4%BC%9A%E7%A5%88%E7%A5%B7%E6%9B%B8
 聖書は、普通の人々が理解できない外国語ではなく、英語で書かれなければならないとされた。
 17世紀には、王制そのものが廃止された。
 チャールズ(Charles)1世は、何度も、「できそこないの征服者自身」の再臨であると描写された。
 民衆の想像の中では、イギリスの<この>宗教改革は、欧州からのイギリスの離脱(Brexit)だったのだ。・・・
 <もとより、>できそこないの征服者は欧州同盟ではない。
 というのも、我々は、自由意思で諸権力を譲与したからだ。
 ところが、このEUは、無気力のうちに彼の召使になってしまった。
 できそこないの征服者は、諸国境を無視し、税金逃れのためにオフショアに蟠踞し、EUを着服してしまったところの、国際金融だ。
 EUがどのようにギリシャを扱ったかを見よ。
 その人々にひどい緊縮生活を押し付けたではないか。
 EUが、大部分秘密のうちに、米国と交渉しているところの巨大な貿易取引である、大西洋横断貿易投資パートナーシップ協定(Transatlantic Trade and Investment Partnership)<(注8)>を見よ。
 (注8)「欧州版TPPである。・・・2015年7月、欧州議会にて賛成436反対241でTTIPの提案が可決され、TTIP交渉が継続することになった。 こ<れ>には<ドイツや>イタリアやスペインなどの社会民主主義政党<は>賛成票を投じた<が、>英国の労働党・・・はTTIP案に反対票を投じた<ほか、>フランス、ベルギー、オランダの社会民主主義らも反対票を投じた」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E8%A5%BF%E6%B4%8B%E6%A8%AA%E6%96%AD%E8%B2%BF%E6%98%93%E6%8A%95%E8%B3%87%E3%83%91%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%8A%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%83%E3%83%97%E5%8D%94%E5%AE%9A
 社会民主主義政党で見る限り、地理的意味での西欧における、旧ファシズム諸国対旧自由民主主義諸国の対立の再現、という趣がある。
 この取引の条件の下では、大企業群は、彼らの諸利潤を抑制する諸政策を導入した場合、その諸国家を訴えることができることになる。<(注9)>
 (注9)「TTIPにはInvestor-state dispute settlement(ISDS<=投資家対国家の紛争解決>)<が>含まれている。」(上掲)
 「投資家対国家の紛争解決は、投資受入国の協定違反によって投資家が受けた損害を、金銭等により賠償する手続を定めた条項である。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%8A%95%E8%B3%87%E5%AE%B6%E5%AF%BE%E5%9B%BD%E5%AE%B6%E3%81%AE%E7%B4%9B%E4%BA%89%E8%A7%A3%E6%B1%BA
 その機会があれば、私はTTIPに反対する一票を投じるだろう。
 しかし、EUがこの取引を交渉しているやり方の故に、私は本件について発言権がない。
 あなただってそうだ。
 EUはネオリベラルのクラブになってしまったが、私が彼らが仕えている神を信仰することはありえない。
 ウィンスタンリーは、「地球は、若干の強欲で(covetous)偉そうな(proud)男達が勝手気儘に生きること、そして、彼らが、地球の財宝群を、他者達からくすね(bag)て退蔵する(barn up)こと、そして、実り豊かな土地において<、彼らにくすねられた者達が>物乞いし飢えること、をそのままの状態にしておくのを許すようにできているのか、それとも、地球は、そ<れが生み出したところ>の子供達<、すなわち人間達>全員を元のままの<平等な>状態にしておくことを許すようにできているのか<、当然後者だろう>」、と述べている。
 これを現在の状況にあてはめれば、<例えば、我々が>賛成票を投じることができるような、<EU>共通の農業政策<がEUで樹立されるべきだ、ということ>だろう。
 <しかし、そんなことはできそうもない。>」
3 終わりに
 前の方で引用した論考の中で、中村敦子は、D・キャナダインの、「イギリスの自己理解においては大陸<欧州>との関係が大きな役割を果たしてきた<のであって、>・・・現代イギリスでは多くのイギリス人が『「<欧州>」と乖離し、「<欧州>」より優れているとはもはや感じ<なくなっているけれど、>…その歴史上ほとんどの時代、「<欧州>」とは異なり、例外的で、何かしら優れているものとして自らを定義してきた国民にとって、これはまったくトラウマなのである。』」(前掲212頁)という言を引用しています。
 これは、「その歴史上ほとんどの時代、「<欧州>」とは異なり、例外的で、何かしら優れているものとして・・・<イギリス>国民<は>・・・自らを定義してきた」ことを、イギリス人識者と思しきキャナダインがはっきり認めている、という点で画期的であると私は思いますし、私の力説してきたところの、イギリス(アングロサクソン)文明・欧州文明対峙論を裏付ける証言として貴重です。
 にもかかわらず、EU加盟によって、この「定義」がもはや成り立たなくなりつつあるのではないか、というトラウマが、イギリス人の多数をして、EUからの離脱を決意させるに至った、ということが、私が紹介してきたこのガーディアン・コラムの筆者の言わんとしていることなのでしょう。
 このこともまた、私が、かねてから示唆してきたところであることは、御承知の通りです。
 さて、これからは、私の感想なのですが、このガーディアン・コラムのテーマからはややズレるけれど、ディッガーズに象徴される、イギリスの急進リベラルなるものは、私の言葉で言うところの、権力と金力の担い手がトップに座るところの固い組織を主原理とする欧州的なものの排斥を、イギリスの従原理たる共産主義(人間主義的なもの)に拠って行おうとする人々である、と総括できないか、というものです。
 また、マルクスの原始共産制への産業社会における回帰、という発想は、イギリスの急進リベラルの考え方の借用なのではないか、という気にもなってきました。
 同じことが、イスラエルにおけるキブツについても言えるのではないか、とも。
 マルクスは、そもそもイギリスに定住し、その思想を「深化」させましたし、イスラエルの前身のパレスティナは第一次大戦後イギリスの委任統治領になりましたしね。
 サンダース米上院議員は、できそこないとはいえどもアングロサクソン文明の要素も受け継いでいる米国で育ち、若い頃にイスラエルでキブツ体験もしたユダヤ系の人物
http://tokyotower.xyz/bernie-sanders/
ですから、彼の社会主義性、急進リベラル性が筋金入りであっても少しも不思議ではない、とも言えそうです。
 そして、時をほぼ同じくして、アングロサクソン文明の本家のイギリスでも、労働党首に、同じく社会主義性、急進リベラル性が筋金入りのコービンが就任し、米英で同期した動きが見られるわけです。
 果たして、米英どちらかで、この動きが主流となって政権を奪取する運びとなるのか、興味津々といったところです。
 この流れで、それぞれ、レーガンとサッチャーによるところの、イギリスの主原理たる市場原理主義による、少し以前における米英の同期、しかも、どちらにおいても、主流となって政権を担った同期、について語ったり、トランプの位置づけについて語ったり、もしたいところですが、余りにも長くなるのでこれくらいにしましょう。
(完)