太田述正コラム#0393(2004.6.27)
<集団的自衛権「論争」>

1 始めに

 27日のNHKの党首討論番組(私は見ていない)の模様を報道した朝日新聞のサイト(http://www.asahi.com/politics/update/0627/004.html。6月28日アクセス)を見て腰を抜かしました。
 腰を抜かしたのは、小泉首相と岡田民主党代表の発言に係るそれぞれ次のくだりです。
「小泉首相は・・現在の憲法解釈では禁じられている集団的自衛権の行使について「日本を守るために一緒に戦っている米軍が攻撃された時に、集団的自衛権を行使できないのはおかしい。憲法ではっきりしていくことが大事だ。憲法を改正して、日本が攻撃された場合には米国と一緒に行動できるような(形にすべきだ)」と述べた。日本防衛にあたる米軍への攻撃排除に限って、集団的自衛権が行使できるよう憲法改正すべきだとの発言だ。首相はこれまで集団的自衛権行使について「解釈の変更ではなく、憲法改正を議論することにより解決を図るのが筋だろう」などと述べていた。集団的自衛権行使の必要性について具体的に説明したのは初めて・・首相は「(政府は)日本を守っている米軍の行動まで、日本が協力して一緒に活動できないという解釈をしている」とも発言。実際には、政府は日本にある米軍基地への攻撃や、日本防衛のために行動している米艦艇への攻撃を自衛隊が排除するのは個別的自衛権の行使にあたり、現行憲法下でも可能との立場をとっている。」
「民主党の岡田代表は、現在の憲法解釈のもとでも、日本を守る米軍に対する攻撃の排除は「個別的自衛権で解決できる」と指摘。そのうえで「(集団的自衛権は)第三国で米国が戦争した時に一緒になってやる、あるいは米国が攻撃を受けた時に米国に行ってやることを含む概念だ。絶対に認めるべきではない。国連の行う集団安全保障に協力すべきだ」と述べた。」

2 小泉発言の問題点

 (1)解釈改憲の否定
 集団的自衛権(拙著「防衛庁再生宣言」70??78頁参照)の行使に関しては、政府解釈の変更によってではなく、憲法の改正で対処すべきだ、というのは従来の小泉首相のスタンスと同じではあるのですが、6月1日に内閣法制局長官に、自衛隊の多国籍軍への参加について、「他国の武力行使と一体化しないことが確保されれば憲法上問題ない」と従来の政府憲法解釈の実質変更にあたる国会答弁をまたぞろ行わせ、人道目的等のための自衛隊のイラク多国籍軍参加に道をひらいた(http://www.asahi.com/politics/update/0601/012.html。6月2日アクセス)
ばかりだけに、いささか腰の定まらない印象を受けますが、この点は大目に見ることにしましょう。

 (2)無知の暴露
 日本の領域(領海、領空を含む)内に所在する米軍(すなわち在日米軍)への組織的・計画的な武力攻撃は日本への武力攻撃と見なされますが、このような場合を含め、日本への組織的・計画的な武力攻撃があり、日本が個別的自衛権を発動した場合には、米軍と自衛隊は日本の領域の内外で共同対処ができる(すなわち自衛隊が米軍を守ることもでき、これは集団的自衛権の発動にはあたらない)、というのがこれまでの政府の確立した考え方です。
 言うまでもなく、現行法(個別的自衛権)でできることを、別の法(集団的自衛権)でもできるようにする必要はありません。小泉首相は、要するに国家の存続に関わる、政府の基本的考え方が(考え方さえ(?))分かっておられなかったということです。
 かつて自社政権の時に村山首相が、ご自分が自衛隊の最高指揮官であることをご存じなく、大恥をかかれたことがありますが、それに勝るとも劣らないおおぼけぶりを小泉首相は発揮されました。自民党総裁たる歴代首相の中で、最も安全保障に暗い首相の真骨頂ここにあり、です。

 (3)限定的憲法解釈
 (2)を踏まえれば、小泉首相は日本が個別的自衛権を発動した場合に日米共同対処ができるようにするために憲法改正を、と言ったわけですから、これは集団的自衛権を行使できるようにするための憲法改正は必要ない、と言っているに等しいことになります。
 これはまあ揚げ足取りですが、いずれにせよ、集団的自衛権は行使できてもこれに制限を課すような形での憲法改正には反対です。せっかく憲法を改正しても、再び将来の日本政府に解釈改憲を強いるであろうことは必至だからです。

3 岡田発言の問題点

 岡田代表が、すかさず小泉首相の無知を咎めたのはさすがです。
しかし、その後が目も当てられません。
民主党の憲法調査会(会長・仙谷由人政調会長)が6月22日に発表した(注)憲法改正案の中間報告では、「平和主義」の「原則的立場は今後も引き継ぐべきだ」とした上で、国連の安保理や総会の決議によって正統性を有する集団安全保障活動には関与できることを憲法上明確にすることを提言し、自衛権の発動に関しても「緊急やむを得ない場合に限る」など、国連憲章の「制約された自衛権」の内容を盛り込むとしています(http://www.asahi.com/politics/update/0622/001.html。6月22日アクセス)。

 (注)朝日新聞(上掲)は、22日に発表すると報じているので、発表されたことと思う。なお、この報道では最終的な取りまとめは2006年とも書いてあった。果たしてそれまで民主党が持つかどうか。

この中間報告は、小沢氏の国連待機部隊構想にリップサービスをしつつも、集団的自衛権に一切言及しておらず、民主党も随分大人になったな、と内心喝采を送っていたところです。
今回のコラムで私自身、「個別的自衛権」と「集団的自衛権」という言葉を使ってきましたが、本来「自衛権」に個別的も集団的もないのです(拙著前掲参照)。ですから、仙谷構想では、憲法改正の結果、「集団的自衛権」が行使できるようになるわけです。
 しかし岡田代表は、党首討論という大事な場所で集団的自衛権行使のための憲法改正を明確に否定してしまったのです。岡田代表は、民主党が吉田ドクトリン墨守政党(=旧社会党と同じ)であると旗幟を鮮明にしてしまったことになります。
 これで今回の参議院選挙の結果いかんにかかわらず、岡田氏が代表でいる限り、よほどの敵失でもない限り、(旧社会党がついに本来の意味において政権を自民党から奪取できなかったように、)民主党が政権をとる可能性はなくなりました。

4 朝日以外の報道の問題点

 産経新聞と東京新聞(中日新聞)はどちらも、小泉首相が集団的自衛権を行使できるように憲法を改正すべきだと述べたこと、その理由として日本防衛のために戦っている米軍を守れるようにすべきだとしたこと、を報じるにとどまり、首相の誤りを指摘しておらず、産経新聞は岡田発言の紹介もしていません(http://www.sankei.co.jp/news/morning/28iti002.htm及びhttp://www.tokyo-np.co.jp/00/sei/20040628/mng_____sei_____003.shtml。いずれも6月28日アクセス))。
 日本経済新聞と読売新聞に至っては、そもそも本件を全く報道していません。(正確に言えば、それぞれのホームページ(本来の意味)に見出しが載っていなかったということ。ただし、日本経済新聞では本紙(2004.6.28朝刊2頁)上に上記、産経、東京新聞並の記事が載っていた。なお、読売新聞の本紙にはあたっていないが、産経、東京、あるいは日経並の記事も載せていない、とは思いたくない。毎日新聞は数ヶ月前に電子版を廃止しており、あたっていない。)
 日本の新聞は、(本件での朝日を除き、)依然物事の軽重が分かっていないな、とため息が出ました。