太田述正コラム#0410(2004.7.14)
<トラディショナリズム(その1)>

1 始めに

 宗教原理主義と宗教忌避の両面を持っていたプロテスタンティズム、対英「後進国」独・仏の劣等感を昇華するためのマスターベーションにほかならかった観念論哲学や実存主義哲学、そして政治に関わるナショナリズム、共産主義、ファシズム、と近代欧州は、カトリシズムの伝統の下、世界の人々を惑わしたり世界に災厄をもたらしたりしたイデオロギーを次々に生み出してきました。
 しかしその欧州も、「仇敵」アングロサクソンとの最終決戦であった第二次世界大戦に敗北し、次いで東西冷戦ならぬ欧州内冷戦に「仇敵」アングロサクソンのおかげでかろうじて西欧が勝利した現在、ついに新しいイデオロギーを生み出す力が枯渇したように見えますし、欧州が生み出した既存のイデオロギーも、少なくとも欧州では完全に死亡するか死に体となった感があります。
 しかし、余り知られてはいませんが、一つだけしぶとく生き残っている、欧州が生んだイデオロギーがあります。
 トラディショナリズム(Traditionalism。「伝統主義」と訳すと意味が広がりすぎるのでトラディショナリズムとした)です。
英国人でカイロのアメリカン大学助教授のマーク・セッジウィック(Mark Sedgwick)の Against the Modern World: Traditionalism and the Secret Intellectual History of the Twentieth Century, Oxford University Press, 2004 によって、このトラディショナリズムの世界をかいま見てみましょう。
(以下、特に断っていない限り、セッジウィック及びこの本に係わるhttp://www.nytimes.com/2004/07/10/arts/10CONN.htmlhttp://pages.prodigy.net/aesir/atmw.htmhttp://religion.info/english/interviews/article_53.shtmlhttp://www.aucegypt.edu/faculty/sedgwick/trad/trad.html以下(いずれも7月14日アクセス)による。)

2 トラディショナリズム

 (1)トラディショナリスト等の群像
トラディショナリストにはどのような人々がいるのでしょうか。
トラディショナリズムの創始者にして、最終的にはイスラム教徒となった仏のルネ・ゲノン(Ren? Gu?non)から始まり、伊のユリウス・エヴォラ(Julius Evola)、ルーマニアのミルチャ・エリアーデ(Mircea Eliade)、スイスのイスラム教徒フリスジョフ・シュオン(Frithjof Schuon)、伊のイスラム教徒フェリス・パラヴィッチーニ(Felice (Abd al-Wahid) Pallavicini)、露の正教徒アレクサンダー・ドゥーギン(Alexander Dugin)、露のイスラム教徒ガイダル・ジャマル(Gaydar Jamal)、イランのセイード・ホセイン・ナスル(Seyyed Hossein Nasr)、インド系米国人でヒンドゥー教徒のアナンダ・クーマラスワミー(Ananda Coomaraswamy)に至る人々がいます。
また、トラディショナリズムの影響を受けている人々としては、米国の詩人にして修道僧のトーマス・マートン(Thomas Merton)、英国のノーベル賞作家のT.S.エリオット(T.S. Eliot)、著書スモール・イズ・ビューティフルで有名な独の経済学者E.F.シューマッハー( E.F. Schumacher)、それに英国のチャールス皇太子(Prince Charles)らがあげられます。
 この中で、皆さんが聞いたことがあるのは最後の三人のほかはエリアーデくらいなのはないかと思います。
 このリストを眺めると、トラディショナリズムと宗教とは縁が深く、かつその宗教は、カトリック教、正教、イスラム教(スンニ派、シーア派)、ヒンドゥー教にまたがっていることが分かります。
 しかし、トラディショナリズムは、正真正銘、欧州生まれのイデオロギーであり、それがイスラム世界やロシアに影響を与えているのです。以下、こういったことを中心にご説明しましょう。

(続く)