太田述正コラム#8585(2016.9.2)
<チーム・スターリン(その9)>(2016.12.17公開)
 (8)挿話:モロトフ
 「我々が知っておく必要があるのは、際立った2人のプレヤー達が、常任幹事会に40年近くいた・・・ミコヤン、及び、「石の尻(stone-bottom)」という綽名のモロトフ・・もっとも、彼はその尻の上に単に座っていただけではなかった・・だったということだ。
 モロトフは、勤務に精励し、その地に身の毛がよだつ飢饉を生んだところの、ウクライナの穀物の徴発政策を推進し、ソ連が国際的認知(recognition)を得ようとする営みの旗手(champion)ともなり、最終的にはスターリンに次ぐ「第二の市民」という称賛を受けた。
 しかし、彼がジェムチュジナ(Zemchuzhina)<(注35)>と呼ばれた、強い意志を持った、ポーランド系ユダヤ人の妻を深く愛していたことも、我々は知っている。
 (注35)ポリーナ・ジェムチュジナ(Polina Semyonovna Zhemchuzhina(これもチーム成員ら同様、本名ではない)。1897~1970年)。ウクライナ東南部でユダヤ人仕立て屋の家庭に生まれ、無学歴でボリシェヴィキに入る。
 1921年にモロトフと結婚し、1939年に漁業担当相(female councillor of Fishing Industry)に任命され、更に、党中央委員会委員候補に選出される。
 彼女の妹が1920年代に英領パレスティナに移住したことで、スターリンはジェムチュジナを疑い出し、彼女がモロトフに悪影響を与えているのではないかと疑った。(ちなみに、彼女の弟は米国に移住し、経済界で成功を収めている。)
 モロトフ一家とスターリン一家が同じマンションに住んでいた1932年11月、スターリンにみんなの前で譴責されたスターリンの妻が部屋を出て行くのをジェムチュジナが追いかけたが、翌朝、このスターリンの妻が自殺しているのが発見され、スターリンは、爾後、このことについてもジェムチュジナを逆恨みし始めたと考えられている。
 1948年12月に大逆罪容疑で逮捕され、強制労働収容所送りとなったが、1953年3月、スターリンの死の直後に解放される。
https://en.wikipedia.org/wiki/Polina_Zhemchuzhina
 彼女は、ソ連の化粧品産業を構築し、漁業相になり、「ユダヤ人ブルジョワナショナリスト達」との関わりの故に党から追放された。
 (彼女の夫はこの投票の際に棄権したが、その後、この、「自分にとってとても大切だった」人物を正しく導くことに失敗したとして、この棄権を撤回した。)
 1949年に、ジェムチュジナは、モロトフと離婚せよとのスターリンのお達しに従ったが、にもかかわらず、逮捕され、カザフスタンへ流刑となった。
 その4年後にスターリンは死んだ。
 その葬儀が行われた3月9日はモロトフの63歳の誕生日だった。
 当時内政を担当していたところの、・・・ベリヤからのプレゼントは、ジェムチュジナのカザフスタンからの即時帰郷、彼女の完全な雪冤(exoneration)と彼女の党員資格の回復だった。 
 彼女とモロトフは、その婚姻生活を再開したが、これは、この体制の懲罰的非合理性に対する希な勝利だった。」(F)
3 終わりに
 「モロトフ・・・は冬戦争でのフィンランドに対する最初の空爆行為に関し、「資本家階級に搾取されているフィンランドの労働者への援助のため、パンを投下した」などと発言した。フィンランド兵はこれを皮肉って、実際に投下された小型焼夷弾を収納するコンテナやそれを投下した爆撃機のことを「モロトフのパン籠」と呼ぶようになった。ここから転じ、火炎瓶のことを「モロトフ(に捧げる特別製の)カクテル」という皮肉のこもった通称で呼びはじめ・・・<こ>の名は、その後世界中で各種火炎瓶の代名詞となった。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A2%E3%83%AD%E3%83%88%E3%83%95%E7%81%AB%E7%82%8E%E6%89%8B%E6%A6%B4%E5%BC%BE
ことは、知る人ぞ知る挿話ですが、モロトフは、このように、外相就任直後に対外的にウソをつき、また、外相を辞任する直前に妻を「正しく導くことに失敗した」と対内的にウソをつくことを余儀なくされた、というわけです。
 このような言動は、モロトフだけではなく、(スターリン御一人を除く)チーム成員達、ひいては、当時の全ソ連人の習性化していた、と想像されます。。
 これは、スターリン体制、より一般的に言えば、赤露の非人間(にんげん)性、非人間(じんかん)性、を端的に示すものではないでしょうか。
 というわけで、後味の悪いシリーズをこれで終えたいと思います。
 次回からの、「スターリンの死とそれがもたらしたもの」シリーズで若干の口直しができることを期待しましょう。
(完)