太田述正コラム#0471(2004.9.13)
<世界の20大思想家(その1)>

実際的(practical)なイギリス人、ひいてはアングロサクソンは、思想や哲学など大嫌いなのですが、それを何とかしようと、このほど英国の有名な出版社であるペンギン社が世界の20人の大思想家(Great Ideas)の掌中(pocket)叢書を出版しました。
 そのリストは次の通りです。

セネカ(Seneca):On the Shortness of Life
マルクス・アウレリアス(Marcus Aurelius):Meditations
聖アウグスチヌス(St Augustine):Confessions of a Sinner
ア・ケンピス(? Kempis):The Inner Life
マキャベリ(Machiavelli):The Prince
モンテーニュ(Montaigne):Of Friendship
スイフト(Swift):A Tale of a Tub*
ルソー(Rousseau):The Social Contract
ギボン(Gibbon):The Christians and the Fall of Rome*
ペイン(Paine):Common Sense*
ラスキン(Ruskin):On Art and Life*
ウォルストーンクラフト(Wollstonecraft):A Vindication of the Rights of Woman*
ハズリット(Hazlitt):On the Pleasure of Hating*
マルクスとエンゲルス(Marx and Engels):The Communist Manifesto
ショーペンハウエル(Schopenhauer):On the Suffering of the World
ダーウィン(Darwin):On Natural Selection*
ニーチェ(Nietzsche):Why I am So Wise
ウルフ(Woolf):A Room of One’s Own*
フロイト(Freud):Civilisation and Its Discontents
オーウェル(Orwell):Why I Write *
(以上、http://books.guardian.co.uk/news/articles/0,6109,1298816,00.html(9月6日アクセス)による。)

 掌中叢書ですから、長編、または難解な著作しか残していない思想家はオミットされているのは仕方がないとしても、まず気が付くのは、20人のうち英国人(*をつけた)が9人と約半分を占めている(注1)ことです。(トーマス・ペインだって、コモン・センスを書いた時点では米国はまだ独立していなかったことから、英国人だと言っていいでしょう。)
 これは、英国人ないし英語圏の読者が身につけなければならない思想的教養の半分弱は英国の思想だ、とペンギン社ひいては英国人が考えていることを意味します。
 しかも、残りの11人のうち、英国以外の米国等のアングロサクソン諸国の思想家は一人もいません。英国人から見た米国の評価はそんなものだということは、理解しておいて損はないでしょう。
 次ぎに気が付くのは、アジア・アフリカ・イスラム世界・中南米から一人も選ばれていないことです。これをもって英国人(アングロサクソン)の唯我独尊性あるいは人種的偏見のあらわれだと批判する(注1)のはたやすいことですが、われわれとしては、これが世界の思想家市場における客観的力関係をあらわしているのかもしれない、と冷静に受け止めるべきではないでしょうか。

 (注1)英国在住の非アングロサクソンの論者からこれらに類する批判の声が上がっている(http://books.guardian.co.uk/news/articles/0,6109,1298826,00.html。9月6日アクセス)。

 第三に気付くのは、これと関連しているのですが、英国人(アングロサクソン)以外は、狭義の欧州(地中海の対岸・中南米・更にはロシアが含まれていない!)の思想家ばかりだということです。
 その内訳は、3人がローマ人、5人がドイツ人(マルクス/エンゲルスは1人と数えた)、1人がイタリア人、2人がフランス人(ルソーはスイス人とも言えるが、フランス人とした)となっています。
 果たしてこれは英国人の欧州への敬意を示すものなのでしょうか。
 私に言わせれば、その正反対です。
 古典ギリシャ人が一人も登場しないことがその証拠の一つです。
 私は、ローマ人の三人は、最大の敵でありかつ侮蔑の対象である欧州文明の起源たるローマ文明を理解するという、ただそれだけのためにリストに加えられたと見ています。そのローマ文明の起源をさらに遡れば古典ギリシャ文明ということになるわけですが、目的はあくまでも欧州文明を理解することなので、そこまで遡る必要がない、ということなのではないでしょうか。
 そして、欧州文明からの8人は、その欧州文明を理解するための直接の手がかりとなる思想家達なのでしょう。実際、このうちのマキャベリ・ルソー・マルクス/エンゲルス・ニーチェの4人がいずれも、意識すると意識せざるとにかかわらず、世界に争乱と悲劇をもたらすこととなった思想家達であることが端的に示しているように、欧州文明を代表する8人の思想家は、英国人にとって自らの精神の涵養のためには全く無用だけれど、アングロサクソン文明と欧州文明のせめぎあいという、近現代の世界を理解するために、やむをえずして押さえておくべき思想家達にほかならないのです(注2)。

(注2)ヒットラーの「我が闘争」、「毛沢東語録」(欧州文明の亜流の亜流たる現代中国文明が生み出した書)、「ユダヤプロトコール」(The Protocols of the Elders of Zion。1897年にあるロシア人が上梓した、ユダヤ人の世界支配の陰謀が描かれている偽書。http://www.biblebelievers.org.au/przion1.htm#INTRODUCTION(9月13日アクセス))(欧州文明の亜流たるロシア文明が生み出した書)、の三つがリストに入っていないのはおかしい、という茶々がアングロサクソンの論者から入る(ガーディアン上掲)のは、このリストの本質をついている、と私は思う。

 最後に気付くのは、日本の岩波文庫的世界で取り上げられていない思想家が何人もいる、ということです。
 ウォルストーンクラフト、ハズリット、ウルフの三人がそうです。

(続く)