太田述正コラム#9433(2017.10.31)
<イギリス料理は本当に不味いか>
1 始めに
 本日のディスカッション(コラム#9432)でご紹介したように、小野塚知二東大教授は、「イギリス料理が不味くなったのは囲い込み<(注1)>による共有地食材、小農菜園、祭礼饗宴の喪失による」という趣旨のことを指摘しているわけですが、彼は、「18世紀のイギリス料理は多様多彩で、中世以来の伝統を受け継ぎながら、在地と外来のさまざまな食材と種々の調理方法を駆使する高みに達していた<が、>・・・19世紀前半に・・・食材の在地性・季節性、調理方法<の>・・・3つの指標の点で多様性を失った」ためだ、というのです。
 (注1)囲い込みについては、小野は、農業革命という言葉を用いているところ、「農業革命とは、輪作と囲い込みによる農業生産向上とそれに伴う農村社会の構造変化を指す。特に言及がない場合は18世紀イギリスで起きたものを指す」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%BE%B2%E6%A5%AD%E9%9D%A9%E5%91%BD
というのだから、イギリスにおける、彼の念頭にあるのは、いわゆる第二次囲い込み、ということになり、
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%B2%E3%81%84%E8%BE%BC%E3%81%BF
時期的には、いわゆる産業革命の時期と重なる。
 しかし、本当に、現在のイギリス料理は不味いのでしょうか。
2 イギリス料理は本当に不味いか
 (1)不味いという都市伝説
 「イギリス料理」の邦語ウィキペディアは、何と、その殆ど全部がイギリス料理の不味さの説明に終始しています
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%82%AE%E3%83%AA%E3%82%B9%E6%96%99%E7%90%86#.E3.80.8C.E4.B8.8D.E5.91.B3.E3.81.84.E3.80.8D.E3.81.A8.E3.81.84.E3.81.86.E3.82.A4.E3.83.A1.E3.83.BC.E3.82.B8
が、在日英大使館は、それは都市伝説である、と打ち消しにやっきになっています。(上掲)
 私自身、東京にイギリス料理店と銘打つ料理店が殆ど存在しないこと等を取り上げ、軽口的に、「不味い」説に乗っかったかのようなことを申し上げたことがあります。(コラム#省略)
 (2)実際には旨い
 さて、ローストビーフは、「伝統的なイギリス料理のひとつ。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%93%E3%83%BC%E3%83%95
であるところ、これを不味いという日本人はまずいないでしょう。
 ところが、「イギリス料理にはローストビーフ以外には大して美味しいものが無い」(上掲)と、不味い説は、少しもへこたれません。
 そんな日本でも、「美味しいイギリス料理」の筆頭に挙げられている、「ラムのロースト」
https://oishii-igirisu-ryori.com/2016/11/12/%E3%83%A9%E3%83%A0%E3%81%AE%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%88/
をお忘れか、と言いたくなります。(注2)
 (注2)本日、来訪した某読者にこういった話をしたところ、林望に『イギリスはおいしい』という本があると言われ、私もタイトルくらいは知っていたのだが、この本の読者の感想に「タイトルは『おいしい』となってますが、冒頭のまずい話しのオンパレードに度肝を抜かれました。」とあった
https://bookmeter.com/books/540627
ので、むしろ、都市伝説を煽っている内容のようだ。
 料理方法はどちらも、単純なローストじゃないか、芸がないことよ、と言われそうですが、どちらも、中は赤い部分を残す程度しかローストしない、つまりは、素材の新鮮さを生かした料理であり、こういうことができない欧州における、フランス料理に象徴されるような、鮮度に疑問符が付く素材を、山のような香辛料でごまかしながら煮詰める、という「惨め」で「不健康」な料理とは対照的である、というのが私の見解です。
 そして、ローストビーフは、味はグレービーソースとホースラディッシュ、付け合わせはクレソンやヨークシャープディング、
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%93%E3%83%BC%E3%83%95 前掲
ラムのローストは、味はグレービーソースとミントソース、付け合わせはローストポテト
https://oishii-igirisu-ryori.com/2016/11/12/%E3%83%A9%E3%83%A0%E3%81%AE%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%88/ 前掲
、といった具合に、それぞれ、独特のソースと付け合わせで楽しむ、という方式です。(注3)
 (注3)19世紀後半という比較的最近に生まれたフィッシュアンドチップスも白身魚の単なるフライを、味は酢と塩、付け合わせはフライドポテト、マッシィピー(Mushy peas、潰した緑色の豆)、で食べる、
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%81%E3%83%83%E3%83%97%E3%82%B9
のは、同じ方式だ。
 私は、こちらも、軽食であるところの、マクドナルドのフィレオフィッシュ並みには旨い、と思っている。
 デザートには碌なものがない、という指摘もあろうかと思いますが、余り日本では知られていないものの、トライフル(trifle)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%95%E3%83%AB 
という、残り物のスポンジケーキ類や果物類を何でもぶちまけて作ることができ、それでいておいしい、隠れた逸品があります。
 最後に、これまた、定番的な、イギリス料理批判であるところの、「野菜を生食するサラダも19世紀前半には消滅し、その後はキャベツやカリフラワー、にんじん、ジャガイモ、カブなど根菜類を塩茹でしたものをクリーム系のドレッシングで和えた「茹でサラダ」が登場した。」
https://news.infoseek.co.jp/article/bunshun_4351/ (小野塚 知二)
についても、サラダなんて「料理」はむしろ野蛮なのであって、日本料理にサラダはなく、ほうれん草のおひたしに象徴されるように、野菜は温野菜、というのが伝統であったことを思いだせばよろしい。
 日本の場合は温野菜をだし(うま味)で食べてきた、
https://cookpad.com/recipe/2850166
と最後の抵抗を試みる人がいるかもしれませんが、うま味の発見
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%86%E3%81%BE%E5%91%B3
は、日本文明の人類への偉大な諸貢献の一つであって、うま味を知らなかったのは、日本以外の世界諸国の人々の中でイギリス人に限ったことではないのですから、言いがかりというものです。