太田述正コラム#10259(2018.12.18)
<人間主義再考(その5)>(2019.3.9公開)

 (3)人権

 渡辺中国士舘大学法学部教授(明大社会学部法律学科1970年卒、同大1976年修士)
https://researchmap.jp/read0025112/
の「ドイツにおける基本権の発展(1)–シュターク論文によせて」
https://www.google.co.jp/url?sa=t&rct=j&q=&esrc=s&source=web&cd=1&ved=2ahUKEwjp65PzheTeAhVIy7wKHfseAJ8QFjAAegQIChAC&url=https%3A%2F%2Fkokushikan.repo.nii.ac.jp%2F%3Faction%3Drepository_action_common_download%26item_id%3D7217%26item_no%3D1%26attribute_id%3D189%26file_no%3D1&usg=AOvVaw3sZHdLyLdDdQn61zV2fFrO
に拠って議論を進めます。

 「グスターフ・フォン・シュトルヴェ<(注5)>は、・・・《すべての人間の平等な権利の原理に基づくキリスト教の教義》に人権思想の最初の萌芽を見ている。

 (注5)「ドイツにおける1848年革命・・・または三月革命・・・は、<欧州>諸国に起こった1848年革命のうち、オーストリア帝国を含むドイツ連邦各地に起こった連鎖的抗争。旧神聖ローマ帝国のドイツ系領域を引き継いだがいまだ39か国の独立国の連合にすぎなかったドイツ連邦の中にあって、革命においては汎ゲルマン主義が鼓舞され、伝統的・専制的政治体制への国民的不満、ドイツ関税同盟への国民的期待が表明された。
 革命において、中産階層は自由主義に傾倒していたが、労働者階層はその労働・生活条件の急進的改善を要求しており、両者の革命の方向性の対立から、保守的王侯貴族による反革命が成功した。自由主義者は政治的迫害を逃れるために亡命を余儀なくされ、多くはアメリカ合衆国に移住してウィスコンシン州やテキサス州に落ち着き、フォーティエイターズと呼ばれた。
 9月21日〜25日:レラハにおいて第二次バーデン蜂起が起こり、グスタフ・シュトルーヴェが9月21日にドイツ共和国 (deutsche Republik) を宣言するが、その後逮捕される。」
http://www.wikiwand.com/ja/ドイツにおける1848年革命
 「ドイツにおける菜食主義運動の特徴は、牽引役となったのが3月革命の闘士達であったことである。ルソーの影響を強く受けたグスタフ ・フォン ・シュトルーヴェ(vaGtsvnuo・・・等で、彼等は1848年の革命挫折の後、生活改革に政治活動の代替物を求めたと言われており、 それぞれ菜食主義協会を設立し、著作活動を通して菜食主義理論の確立に努めた。」
https://www.google.co.jp/url?sa=t&rct=j&q=&esrc=s&source=web&cd=13&ved=2ahUKEwjH2cyi8KbfAhXYa94KHeQCBWgQFjAMegQIABAC&url=https%3A%2F%2Fbarrel.repo.nii.ac.jp%2F%3Faction%3Drepository_uri%26item_id%3D82%26file_id%3D19%26file_no%3D1&usg=AOvVaw2WnRejSJ4jecS3MzTOJUna

 また、エルンスト・ヴォルフ<(注6)>も人権宣言を《キリスト教的西洋国家の宗教の所産》であるとみなしているが、・・・クリスティアン・シュターク<(注7)>・・・教授・・・もまた、人権の精神的淵源は、発展史的には、啓蒙主義時代–この時代が人権の重要な媒体であったが–の政治哲学よりも以前に遡り、バイブルに、そして古代にその起源をもっているキリスト教にこそ存するとし、その基礎を旧約聖書の創成期第1章27<(注8)>、新約聖書の中のエペソ書第4章24<(注9)>に求め、次のように述べている。

 (注6)刑法学者のエルンスト・アマデウス・ヴォルフ(Ernst Amadeus Wolff)
https://kuir.jm.kansai-u.ac.jp/dspace/handle/10112/7735
のことだと思われる。
 (注7)Christian Starck(1937年~)。独ゲッティンゲン大学公法学名誉教授。
https://de.wikipedia.org/wiki/Christian_Starck
 (注8)「神は自分のかたちに人を創造された。すなわち、神のかたちに創造し、男と女とに創造された。」
https://bible.salterrae.net/kougo/html/genesis.html
 (注9)「真の義と聖とをそなえた神にかたどって造られた新しき人を着るべきである。」
https://ja.wikisource.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%9A%E3%82%BD%E4%BA%BA%E3%81%B8%E3%81%AE%E6%89%8B%E7%B4%99(%E5%8F%A3%E8%AA%9E%E8%A8%B3)

 《すべての個々の人間の尊厳や権利の基礎は、人間が神の似姿・・・をしているというバイブル的なキリスト教観である。
 ここから、人間にはこの世で意のままにされえない独自の価値が生じてくる。
 というのも、人間は単なる客体あるいは手段にされてはならないからである。
 このような形而上学的な人間の基礎づけは、人間の平等、博愛そして自由の基礎となっている。
 なぜならば、すべて人間は、等しく神の似姿・・・であるからである。
 キリスト教の普及していない他の文化圏においては、これに相応するような人権の観念は創造されていない。
 しかし、キリスト教が、人権の不可欠の前提であるということは、これが人権の唯一の基礎であるということを意味するわけではない。
 なぜならば、人権の思想を普及させるためには宗教改革のようなその他の事件を必要としたからである。・・・》と。」

 これらのドイツ人達は、(恐らく)意識せずして、重要なことを語っています。
 確かに、(彼らは、夢にも思っていない可能性が大ですが、)「キリスト教の普及していない」アングロサクソン「文化圏においては、・・・人権の観念」なるもの「は創造されていない」からです。

(続く)