太田述正コラム#0346(2004.5.11)
<アングロサクソンバッシング(その6)>

 これを骨太に私の言葉に翻訳すれば、
「アングロサクソン由来の個人主義に立脚した自由・民主主義、議会制、経験論、功利主義、国家主権論等は、日本においてもその「固陋な慣習や制度の改廃にその力を発揮した」。しかし、個人主義の曲解或いは個人主義への反発から生まれた、自由主義抜きの民主主義や社会主義、或いは無政府主義、更には全体主義である共産主義やファシズム等は好ましくない。この際、改めて個人主義の「本質を徹見すると共に」、個人主義を日本固有の考え方と融合させることが必要だ。これに成功すれば、日本の現状の打開につながるだけでなく、世界のためになる。」
ということです。
 これは和辻哲郎の思想(コラム#113)等をベースにした、至って真っ当な考え方であって、そこに反英米主義的色彩を微塵も見いだすことはできません(コラム#114参照)。
 近代の超克論についても、同じことが言えます。
 そもそも、当時の日本の反米主義は、乱暴な未成熟覇権国であった米国の反日的マヌーバーが一方的にもたらした逸脱現象(コラム#254。なお、戦後日本の反米主義=吉田ドクトリン、の原点については、コラム#249参照)でしたが、反米主義的世論が吹きすさぶ中、政府も、そして有識者の多くも、決して冷静さを失っていなかったことが分かります。
 「戦前」の日本をオクシデンタリズムの典型視するブルマらの主張の牽強付会ぶりにご納得いただけたでしょうか。

このあたりで、本来真っ先に紹介すべきだった、最も単純にして素朴なアングロサクソンバッシングの形態をご紹介しましょう。

3 世界覇権国への敵意

 (1)第一次世界覇権国モンゴル帝国
 誰でも、富や権力を握っている人間には嫉妬心を持つものです。その人間が自分の生殺与奪の権利を握っていようものなら、敵意を抱いて当然でしょう。
 自分を弱小国家ないしは民族に置き換え、富や権力を握っている人間を覇権国に置き換えれば、覇権国が敵意を抱かれるのは当然だ、ということになります。
 先例としては、史上最初の世界覇権国であったモンゴルに対する敵意があります。
(以下、A:http://www.csmonitor.com/2004/0323/p17s01-bogn.html(3月23日アクセス)、B:http://www.randomhouse.com/catalog/display.pperl?0609610627(5月11日アクセス)、C:http://www.bookhills.com/Genghis_Khan_and_the_Making_of_the_Modern_World_0609610627.htm(5月11日アクセス)による。)

 最近出た、ウェザーフォードの本(注9)を手がかりにこのことを探ってみましょう。

(注9)米ミネソタ州マカレスター大学人類学教授のJack Weatherfordの GENGHIS KHAN AND THE MAKING OF THE MODERN WORLD, Crown 2004(A)。なお、岡田英弘氏は、ずっと以前から「世界史の誕生―モンゴルの発展と伝統」(ちくま文庫)等でウェザーフォード同様、モンゴル帝国の肯定的評価を行ってきているが、今典拠が手元にない。

モンゴルの軍事力の凄まじさについては、周知の事実でしょう。
わずか25年間で、しかも10万人以下の兵力で、モンゴルはローマが400年かかってもなしとげられなかった規模の広大な領域の征服を成し遂げました。モンゴル騎馬軍団の進撃をはばんだのは、大洋(日本とインドネシア)、関心の欠如(欧州・・貧しくろくな技術もなかった)、不利な地形(またしても欧州・・森と山ばかりだった)だけでした。(A)
 このようにして築き上げられたモンゴル帝国が衰退するとともに、かつてモンゴルの支配を受けた人々を中心に、モンゴルについて、容赦ない、血腥い、野蛮な騎馬軍団による文明世界の略奪、というイメージが流布し始め、現在に至っています(B)。
 しかし、このイメージは極めて一面的で歪んだものです。
モンゴルは帝国内において、(中央政府の利益に反する場合を除き、地域ごとの法の多様性を許す形での)法の支配を確立し、信教の自由を保障し、拷問を廃止し、自由貿易をもたらし、外交特権の考え方を樹立し(注10)、メリトクラシーを実現しました。

 (注10)モンゴルの野蛮さを象徴するものとして語られる、征服地の住民の皆殺しについては、事前に送り込んだ外交使節が殺された場合に限られたと言われる。

 そして、このようなモンゴル帝国で、史上初めて紙幣が発行され、郵便制度が生まれ、印刷、火薬、羅針盤、算盤といった革命的技術が帝国内外にあまねく普及し、レモン、人参、お茶、トランプ、ズボン(それまで欧州にはなかった)といった帝国内の一地方の産物が世界に広まりました。
 まさに、近代はモンゴルに始まる、と言っても過言ではありません。
 (以上、A、B、Cによる。)

 最初の世界覇権国モンゴルの例から分かることは、世界覇権国はどんなに良いことをしたとしても、その支配下に置かれ、或いはその「侵略」を受けた側の屈辱感と嫉妬心の対象となり、嫌われることはあっても尊敬されることはない、という冷厳な事実です。

(続く)