太田述正コラム#0534(2004.11.15)
<中台軍事バランス(その1)>

1 始めに

前回、原潜の領海侵犯に関し、米国は「日本を中国の「脅威」に目覚めさせて積極的に(台湾防衛等を念頭に置いた)米国の対中国軍事戦略に組み込」もうとしているのではないか、と申し上げたところです。
米国がどうしてこのように考えている可能性があるのか、ご説明しておきましょう。

2 中国が台湾を攻撃したらどうなる

8月初め、中国が台湾を攻撃すれば、台湾の首都台北は6日間で陥落するというシミュレーション結果が出たと台湾の新聞が報道しました。
その後、台湾の別の新聞は、台湾は6日間ではなく2週間は持ちこたえられる、と報じました。
これらのセンセーショナルな報道を受け、ロイター電は、米海軍大学の専門家の、中国海軍はまともな上陸用艦船を保有しておらず台湾への上陸侵攻は困難であるし、米国が中国に外交的圧力をかけたり、台湾に軍事情報を提供してくれたり、軍事力で助けてくれたりすることが期待できる、という言葉を紹介しました。
(以上、http://www.taipeitimes.com/News/taiwan/archives/2004/08/13/2003198541(8月14日アクセス)による。)
もう少し具体的に見てみましょう。
11月14日付のサンケイ新聞(http://www.sankei.co.jp/news/morning/14pol001.htm。11月14日アクセス)は、防衛庁で行われた「極秘」分析を引用する形で、このままでは中台軍事バランスは2009年に中国が優位に立ってしまう、と報じましたが、ファイナンシャルタイムスの記事(http://news.ft.com/cms/s/a51c1e08-0e8e-11d9-97d3-00000e2511c8.html。9月27日アクセス)等を参照しつつ、この記事に若干補足を加えて整理すると以下の通りです。 
?? 中国は陸軍の上陸作戦能力に見通しうる将来にわたって制約がある。しかし、現在中国が量的には圧倒しているものの質的には台湾が優位に立っている海・空軍力については、中国が急速に近代装備の拡充を図っていることから、このままだと中国が遠からず、海・空軍力において優位に立つことは必至だ。すなわち、
?? 台湾が仏製ミラージュ戦闘機、米国製F-16戦闘機を計約200機を保有しているのに対し、中国は性能的にこれらよりやや劣るものの、ロシア製戦闘機のスホイ27、スホイ30の保有が既に200機程度に達し、しかも台湾に近い華南地方に集中配備しており、このまま増勢が続けば、2009年頃には中国が空軍力で優位に立つ。
?? 中国は既にロシア製ソブレメンヌイ級駆逐艦2隻とロシア製キロ級在来型潜水艦4隻をを保有しており、このまま増勢が続けば、仮に台湾が米国からイージス艦や特注の在来型潜水艦を予定通り導入したとしても、2007年には中国が海軍力において優位に立つ。
?? 中国は、東風15や東風11等の弾道ミサイルを既に約600基を台湾対岸に配備しており、その配備基数は今後毎年75基のペースで増大して行く。これに対し台湾は、米国製地対空誘導弾パトリオット(PAC3)の配備で対抗しているが基数が圧倒的に不足しており、仮にパトリオットを米国から予定通り更に導入したとしても、まだまだ不十分だ。最新の対空ミサイルを装備したイージス艦の配備が伴わなければ、なおさらだ。
   そもそも現状においても、中国が台湾を弾道ミサイルで攻撃したとすると、5波約10時間の攻撃で台湾の航空基地等は壊滅的打撃を蒙り、台湾の空軍力は無に帰してしまう。そうすれば、台湾の海軍も全く動けなくなってしまう。そうなれば、いくら上陸能力に制約があると言っても、台湾の陸軍の駐屯地等も壊滅的打撃を蒙っているであろうことから、中国陸軍の台湾への渡航上陸を妨げるものは何もなくなってしまう。

いくら米国が助けてくれることを期待したとしても、台湾周辺にたまたま米空母が展開してでもいない限り、中国から航空優勢を奪い返すことは困難です。むろん、米国が全力をあげ、日本もまた米軍支援に全力をあげたとすれば、何ヶ月か後に、一旦中国にとられた台湾を取り返すことは不可能ではありませんが、その間台湾住民が蒙る惨禍には恐るべきものがあるでしょう。
もとより以上は軍事バランスだけに着目した議論です(注)が、それにしてもこれは憂うべき状況だと言わざるをえません。

(注1)中国が台湾を核攻撃するようなことは、台湾の「解放」を唱えている以上、ありえない、という大前提がかぶっている議論であることに注意。

3 台湾はどうすべきか

最も優先順位が高いのは対弾道ミサイル防衛ではないか。パトリオット等をもっと沢山、しかも早急に米国から買えば良いではないか、と思われるかもしれません。
しかし、パトリオットは高価であり、台湾の財政力にも限界があります。
しかも、そもそもパトリオット3基でやっと弾道弾1基を迎撃できるとされており(FT上掲)、ただ単に防勢一本やりでは無理があるのです。
そこで台湾では、1000km以上の射程の対地巡航ミサイル(ジェットエンジン搭載ミサイル)を開発中であり、このミサイルを地形照合しつつ中国の防空システムをかいくぐって低高度で飛ばすための中国の三次元の詳細地図を米国が提供してくれさえすれば、4年以内にも実戦配備することが可能であると報じられています。
ところが、中国は中国で射程1500km、命中誤差10mの対地巡航ミサイルの発射実験に成功したとされており、どこまでいってもいたちごっこが続きそうです。
(以上、FT上掲を敷衍した。)
 こんな調子で中国との軍拡競争を台湾にやらせることは、今後中台間の経済力格差がどんどん開いて行くことを考えれば、しのびないものがあります。

(続く)

<森岡>
以下は、読売新聞の記事(http://headlines.yahoo.co.jp/
hl?a=20041119-00000214-yom-int)の抜粋です。
「日本の領海を侵犯した中国の原子力潜水艦について、台湾が、日本より先に動向を察知し、日米両国に通報していたことが19日わかった。台湾の陳水扁総統が、台北を訪問した日本の対台湾窓口である財団法人・交流協会の服部礼次郎会長との会談の中で明らかにした。」
Yahoo!ニュースでは陳総統の発言についてはこれだけしか書いてありませんが、台湾の台北タイムスによると陳総統は「我々は、台湾と同じように日本もまた中国の脅威を感じることができると信じる。これ(原潜による領海侵犯による一連の出来事)はアジア太平洋地域の安全を守ることは、日本、米国そして台湾の共通の利益であると認識していることを示した」と発言しました。
(原文は"We believe Japan can feel the sense of threat from China just as Taiwan does. [..] This shows Japan, the US and Taiwan share same interests in safeguarding the security of the Asia-Pacific region."です)(http//www.taipeitimes.com/News/taiwan/archives/2004/11/20/2003211789)
陳総統は9月にも「日本と台湾の関係は軍事同盟だ」と台湾を訪れた自民党議員に対して発言しています。(http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20040912-00000009-san-int
太田さんがコラム#534(中台の軍事バランスその1)で述べられているように中国の軍拡によって脅威を感じている台湾政府は、日本との軍事協力を拡大したい、軍事「同盟」を既成事実として日本人に受け入れてもらいたいとしてこのような発言を繰り返しているようです。
また、日本は台湾の味方だとアピールすることで中国を牽制しているとも考えられます。
いずれにせよ、日本ではこのような台湾からの必死のアピールはあまり大きなニュースになっていないようなのが、台湾が可哀そうですね。