太田述正コラム#0537(2004.11.18)
<第三国潜水艦の領海侵犯(後日譚)>

阿南惟茂駐中国大使が16日午前、中国外務省に出向いたところ、武大偉外務次官より、調査の結果、日本の領海を侵犯したとされた潜水艦は中国の原潜だと確認された旨、更に、この潜水艦は通常の訓練の過程で技術的な原因から日本の石垣水道に誤って入ったものであり、事件の発生を遺憾に思う旨、の発言があった、と報じられています(http://www.sankei.co.jp/news/041116/sei070.htm等。11月17日アクセス(以下、同じ))。
私の予想(コラム#533)通りの中国政府の対応でした。
もっとも、世界のマスコミ(http://news.bbc.co.uk/2/hi/asia-pacific/4015211.stmhttp://www.washingtonpost.com/ac2/wp-dyn/A53858-2004Nov16?language=printerhttp://www.csmonitor.com/2004/1116/dailyUpdate.html)は、単に日本政府がそう言っている、と報じるにとどまっています。
というのは、中国国内では本件に関し一切何の報道も行われていませんし、中国政府に問い合わせても、「本件については、日本の駐中国大使に説明をしたことで終わっている」と答えるだけで、問題の潜水艦が中国のものであったか、領海を侵犯したか、遺憾の意を表したか、については何の回答も得られないからです。
恐らく、日中外交当局間で、冒頭に掲げたラインで日本政府が武次官の発言として公表してもよいが、この発言内容を中国政府は肯定も否定もしない、という合意が成立したのでしょう。
こんな聞き分けの良い態度を日本政府がとったのは、中国側がAPECの際、日中首脳会談に応じる姿勢を見せた(http://www.nikkei.co.jp/news/seiji/20041117AT1E1601516112004.html)からだと思われますが、中国の首脳(皇帝?)に会っていただけることが恩典とは、日本もいつの間にか中国の一朝貢国に落ちぶれてしまっていたようです。

このように中国側は「技術的問題」と説明したことになっているわけですが、この点について、北京の西側軍事筋から、「ありえない。過去に何度も入ったことがあるのではないか。発見されたことによる理由付けだ」という言葉を引き出したのが、本件の報道では一貫して冴えているサンケイ新聞です(http://www.sankei.co.jp/news/morning/17int001.htm)。
私の説(第一の可能性(コラム#533))の有力な援軍が現れたわけです。
ところが、サンケイ以外の日本の新聞は、中国側による「技術的問題」との理由付けは否定しつつも、中国の潜水艦は今回初めて日本の領海侵犯をしたということを依然として当然視しています。
 その上で日本経済新聞は、あの潜水艦が領海侵犯をした陸地に挟まれた浅い海峡は、音が乱反射するためソノブイ等で探知しにくいことから、かかる海域における海上自衛隊の対潜哨戒能力を試すのが領海侵犯をした目的だった、という見方が海上自衛隊内では支配的だ、と報じています(http://www.nikkei.co.jp/news/seiji/20041117AT1E1600X16112004.html)。
しかしこれは、私が想像するに、
ア:(固定的な)ソナー網
で潜水艦の位置をざっくりと見極めた上で
イ:P-3Cによる二種類のソノブイ(パッシブとアクティブ)や磁気探知機等、及び護衛艦のアクティブソナーや護衛艦搭載対潜ヘリコプターSH-60のアクティブソナー、等の潜水艦探知システムの総合的な組み合わせ
で潜水艦の位置をピンポイントでつきとめる
という異なった二つの話が混線したことによる誤報であり、ア は浅海域では性能上限界があるのですが、イ は浅海域でも有効です(注)。

(注)これまでは、私は話を単純化するため、護衛艦や護衛艦搭載ヘリには触れないできたが、護衛艦(とその搭載ヘリ)もあの潜水艦の追跡で活躍したことはご存じの通りだ。

アジアタイムス(http://www.atimes.com/atimes/Japan/FK17Dh01.html)も、ある専門家の、あの潜水艦は日本の領海内を300m程度の深度で航行したが、イ の作戦によって容易に探知・追跡できる深度であり、海上自衛隊の対潜哨戒能力を試すのが目的だったとは思えない、との見解を伝えているところです。

 本件では、日本政府の軍事問題への取り組み方に関してはもとよりですが、日本のメディアによる軍事問題の報道ぶりに関しても、課題が山積していることが改めて浮き彫りになったのではないでしょうか。