太田述正コラム#0541(2004.11.22)
<アルジェリア紛争の教訓(その2)>

3 もう一つのアルジェリア紛争

 以前、もう一つのアルジェリア紛争について、「早過すぎた民主主義導入の典型的な失敗例がアルジェリアです。アルジェリアでは1991年に初めて自由な総選挙を実施したのですが、これは、軍部が後ろ盾となった長年の社会主義的一党支配の下で経済が停滞していたところへ、1986年、石油価格下落によって石油収入の減少が生じ、しかも1988年にはデモ隊に軍が発砲して数百名の死者が出る、という背景の下で、国民の不満をそらすために実施されたものです。ところが、投票の結果、イスラム原理主義政党が議会で多数を占めることが確実になった時点で軍部が介入し、選挙を中止させました。これに怒ったイスラム原理主義勢力はゲリラ・テロ戦で軍に挑み、鎮圧されるまでに一般市民を含め、実に15万人の犠牲者が出ます。」と記した(コラム#322)ところです
 このイスラム原理主義勢力(FIS=Islamic Salvation Front)が行った非正規戦闘では、かつてアルジェリア独立紛争の時にFLNが行ったことと同様、地方の行政官や警察が主たるターゲットになりました。かつてのフランス軍同様、12万人の兵士と8万人の警察官を擁するアルジェリア政府は、長期にわたって適切な対応ができませんでした。
 そうこうしているうちに、FISはより過激な勢力であるGIA (Armed Islamic Group)にとって代わられます。
 GIAのメンバーの中にはアフガニスタンでタリバンと行動を共にした連中もいました。
 彼らはアルジェリアの経済の破壊を目指し、外国のビジネスマンやジャーナリスト、更にはキリスト教の尼僧までをも虐殺の対象とし、外国資本を駆逐しようとしました(注4)。また、社会秩序を破壊すべく、女性や子供を含む村全体の住民が虐殺の対象となりました。首都アルジェでは、爆弾を積んだ車の爆発テロを頻繁に引き起こし、民間人多数を死傷させました。

 (注4)結局、120人の外国人が犠牲になった。

 犠牲者の首を切り取るのも当たり前になり、道路標識上にその首が「展示」されるようにもなりました。
 この紛争の結果、アルジェリアの経済は破綻状況に陥ってしまいます。
幸いなことに、「アルジェリアでは・・憲法を改正し、宗教的信条に立脚した政党の設立を禁止し<た上で、>・・今年になってようやく自由な大統領選挙を実施する運びとなり、民主主義が確立しつつあります」(コラム#322)というのが現状なのですが、これは2001年の9.11同時多発テロ以来隠密裏に実施されてきた、米国によるアルジェリア政府へのテロ対策支援のたまものであると言われています。
(以上、http://www.theaustralian.news.com.au/printpage/0,5942,11314459,00.html前掲、による。)

4 パレスティナ紛争への教訓

 パレスティナ紛争の現局面は、アルジェリア独立紛争とさまざまな類似点があります。
(以下、http://www.guardian.co.uk/israel/comment/0,10551,1339780,00.html(10月30日アクセス)による。)

 (1)入植者対策
 アルジェリアへのフランス人植民者をどうするかという問題と同様、1967年に占領したヨルダン川西岸等へのユダヤ人植民者をどうするかという問題を抱えている点もその一つです。アルジェリア独立紛争の教訓は、政府が決断さえすれば、撤収という形でこの問題を解決できる、ということです。
 もとより、ユダヤ人植民者の中にはフランス人植民者とは違って、ユダヤ教原理主義者がおり、宗教上の理由から撤収を拒否する人々もいますが、多くはフランス人植民者同様、経済的理由から入植した人々であることを忘れてはならないでしょう。それに、イスラエルはフランスと違って、(東エルサレムは別として)ヨルダン川西岸もガザも本土に併合したわけではないことや、ユダヤ人入植者の入植期間はフランス人入植者の入植期間に比べて短いこともいい材料です。

 (2)武力での対応
もう一つの教訓は、民族解放闘争への武力での対応には限界があることです。
フランスも50万人もの兵力による強圧的弾圧によって、一旦はアルジェの戦いに勝利をおさめます(前述)し、チュニジアやモロッコとの間に障壁を設けてFLN要員の浸透を防ごうとしたりしますが、軍事的な勝利を政治的な勝利に結びつけることができず、最終的にはFLNに敗れてしまいます。

イスラエルのシャロン首相は、フランスの成功に倣って圧倒的武力による強圧的弾圧を行い、障壁の建設も始めましたが、フランスの失敗を教訓として、(一方的な形ではあれ)ガザからのユダヤ人植民者の撤収等、政治的な解決を図ろうとしている、と見ることができます。

(続く)