太田述正コラム#9639(2018.2.11)
<キリスト教の原罪(その14)>(2018.5.28公開)

 「「暗黒化する時代」という文句は、<人々>が何年もの間ひっくり返そうとしてきたところの全て・・古典文明の諸栄光が何世紀にもわたって忘れ去られた、「暗黒時代(dark ages)」<(注29)>、の後、ルネッサンスと啓蒙主義が西欧のリベラリズムと世俗主義の勝利を可能にした、とされる、観念・・を含意し、呼び起こしてしまう。

 (注29)「<欧州>においては、西ローマ帝国滅亡後、ルネサンスの前までの中世を指して暗黒時代とも言われる。ルネサンス初期の人文主義者・ペトラルカが古典古代の失われた時代を “tenebrae”(ラテン語で闇)と呼んだのが「暗黒時代」観の始まりとされ、ルネサンス期の見方では、古代ギリシア・古代ローマの偉大な文化が衰退し、蛮族(主にゲルマン人)の支配する停滞した時代とされていた。また、啓蒙主義の進歩史観のもとでも中世は停滞した時代と考えられてきた。「中世=暗黒時代」という概念は、プロテスタントの歴史家クリストフ・ケラリウスによって提唱された中世という時代区分に端を発し、[スコットランド]の文学者カー(William Paton Ker)が1904年に著した『The Dark Ages』によって一般に広められたものである。
 だが、イタリア・ルネサンス以前の時代にも古代文化の復興運動(フランク王国9世紀の「カロリング朝ルネサンス」、東ローマ帝国10世紀の「マケドニア朝ルネサンス」、同帝国末期の「パレオロゴス朝ルネサンス」、西ヨーロッパの「12世紀ルネサンス」などが挙げられる)が存在しており、今は「中世ヨーロッパ=暗黒時代(文化的に停滞した時代)」という見方は否定されている。
 現在では、1000年頃までの中世初期を暗黒時代と呼ぶことが多いが、それもまた一面的であるとの批判もある。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9A%97%E9%BB%92%E6%99%82%E4%BB%A3
 クリストフ・ケラリウス(1638~1707年)は、1676年に、西ローマ帝国消滅の475年から東ローマ帝国消滅の1453年までの約1000年間を「中間の時代(medius annus)」・・その後、「中世(medium aevum)」となる・・と命名した、ドイツの歴史学者。
https://www.google.co.jp/search?sourceid=navclient&hl=ja&ie=UTF-8&rlz=1T4GGHP_jaJP774JP774&q=%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%95%E3%83%BB%E3%82%B1%E3%83%A9%E3%83%AA%E3%82%A6%E3%82%B9&gws_rd=ssl
http://pietro.music.coocan.jp/storia/medievale.html
 カー(W. P. Ker。1855~1923年)。グラスゴー大、オックスフォード大で学び。オックスフォード大教授等を歴任。1904年に’The Dark Ages’を上梓している。
https://en.wikipedia.org/wiki/W._P._Ker ([]内も)

 我々は、ギボン的モデルを、わずか2と1/4諸世紀しか経たずして、ついにひっくり返した、と思い込んでいた。
 しかし、そうではなかった、というわけだ。
 著者は、才気ある著述家であり、将来が嘱望されるが、不幸なことに、その最初の本の中で、余り考えることなく、古き「キリスト教徒達を非難する」モデルの株を買ってしまった。・・・
 初期キリスト教徒達は異教の諸神殿を破壊したのか?
 若干の者達はそうしようとしたけれど、そう大勢ではなかったし、彼らが主張したほど包括的に破壊したわけでもない。
 多くの諸神殿は最終的に諸教会に転換されたが、異った諸地域では異った比率でそうされたし、単純な敵意に基づいてそうされたことは殆どない。
 修道士達を含むキリスト教徒達は都市諸暴動において一定の役割を果たしたか?
 時々は。
 但し、極めて特定の諸事情下においてのみ。
 キリスト教徒たる皇帝達は、異端達に対して過酷な諸法を発布したり、諸本の焼却を命じたり、異教徒達を公的役職から締め出したりしたか?
 然り。
 但し、法は、執行においてよりも修辞において勝っていた。
 教父達は、公式教義からの諸逸脱を暴力的な言葉を使用して非難したか?
 もちろん然りだ。
 以上の全ては、著者の毒々しい副題が主張するように、キリスト教による古典世界の破壊と相成ったのか?
 とんでもない。
 <著者のみならず、>他の歴史学者達もまた、皇帝コンスタンティヌスのキリスト教諸政策を暴政と専制と等値させるギボンに追従してはいるけれど・・。」(H)

⇒古典世界破壊云々に対する反批判は当たらない、との私見を既に開陳したところですが、その点以外に関し、以上の中で、「教父達<が、キリスト教の>公式教義からの諸逸脱を暴力的な言葉を使用して非難した」こと、と、その前段として、教父達が、、己が掲げる、キリスト教の公式教義を、暴力的な言葉を使用して異教徒達に押し付けようとしたこと、そして、何がキリスト教の公式教義であるかについて、裁定するメカニズムが当初から弱体であり、やがて失われたこと、かつまた、キリスト教の公式教義、ないしその候補群が、いずれも、人間の内心をも規制しようとしたものであったこと、こそが、キリスト教が人類にもたらした最大の弊害であった、ということを、ここで、とりあえず申し上げておきたいと思います。(太田)

(続く)

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