太田述正コラム#0578(2004.12.29)
<中台軍事バランス(その2)>

(本篇は、コラム#534(2004.11.15)の続きです。)

4 米国との防衛協力の強化

 (1)台湾米国装備購入予算
大統領選挙の前から、台湾では384基のパトリオットPAC-3ミサイル、12機のP-3C大戦哨戒機、8隻の在来型潜水艦、等を米国から調達するための6100億元(188億米ドル相当)の予算をめぐって与野党間で綱引きが続いています。台湾政府並びに与党の民進党等の緑陣営は、高まる中国からの脅威を念頭に置き、台湾の自主防衛力を強化し、台湾海峡有事における米国への依存を減らすためにこの調達が必要だとしているのに対し、野党の国民党等の青陣営は、調達価格が高すぎる等とケチをつけているのです。(http://www.taipeitimes.com/News/taiwan/archives/2004/12/15/2003215185(12月16日アクセス)等)
この10月に、台湾では国家の存立に係わる問題まで政争の具になっている、と米国防省の高官が嘆き、台湾に警告を発しています(http://www.taipeitimes.com/News/taiwan/archives/2004/11/17/2003211402。10月18日アクセス)が、この件に関しては青陣営の方に理がありそうです。
台湾政府は、台湾に対する中国の軍事的脅威の第一は潜水艦で、第二はミサイルであり、これに対処するための最適のパッケージがこの調達計画だとしています(台北タイムス上掲)が、この認識がまずおかしい。最大の脅威はミサイルであり、潜水艦の脅威は米第7艦隊にとっては脅威かもしれませんが、台湾にとっては直接的な脅威ではありません。
とまれ、仮に潜水艦の脅威にも対処しなければならないとしても、P-3Cに加えて、P-3Cに比べると対潜水艦能力が無に等しい、在来型潜水艦まで調達する必要があるかどうかは疑問です。
最大の問題は、潜水艦の調達価格が高すぎることです。
潜水艦調達経費は、上記調達パッケージの総予算の66%、120億米ドルを占めていますが、これは余りにもバランスを失しています。
こんなに高い買い物になるのは、在来型潜水艦を、もはや在来型潜水艦をつくっていない米国から買う計画だからです。
米国の業者は、台湾政府から発注されれば、在来型潜水艦をつくっている国の企業からライセンスを取得して建造することになりますが、これでは高くつくのは当然ですし、引き渡しまで時間もかかります。第一隻目の引き渡しまで10年はかかると予想されているほどです。
ある米国の元海軍提督は、在来型潜水艦の調達はやめ、その予算で、ミサイルに狙われている施設をコンクリートで強化することを提言していますが、私も同感です。
クリーンさを売り物にしている緑陣営ですが、調達パッケージ中、少なくとも潜水艦調達の部分に関しては、台湾と米国にまたがる利権のにおいがぷんぷんする、と申し上げておきましょう。
(以上、特に断っていない限りhttp://www.taipeitimes.com/News/taiwan/archives/2004/12/18/2003215612(12月18日アクセス)による。)

 (2)米台軍事交流
いずれにせよ、一番大事なことは、台湾と米国が軍事面でより連携を深めることです。
今年5月、米上下両院でそれぞれ、米台間のトップレベル軍事交流を可能にする法案が可決され、今まで禁じられていた、准将以上や次官補代理以上の台湾訪問が可能となりました。そのねらいは、軍事のあらゆる分野について、米台間で突っ込んだ協議を行うことです。
この法案は、しぶる国務省と国家安全保障会議を国防省が押し切って行った要請に米議会が応えたものです。
(以上、http://www.taipeitimes.com/News/front/archives/2004/05/22/2003156470。5月23日アクセス)
このような米国内における意識の変化を反映し、米国の現役将校が来年、事実上の駐台湾米国大使館である米国在台協会台北事務所に配属されることになりました。これは1979年の米台断交以来途絶えていたことの復活です。
(以上、http://www.sankei.co.jp/news/041220/kok061.htm(12月21日アクセス)による。)
 この関連で、米国防省がEUに対し、対中武器禁輸を解除しないようにあからさまに要求し、禁輸を解除するようなことがあれば、米国はEU諸国との武器技術協力をやめると警告したことは注目されます。(そんなことになったら一番被害が大きい英国は、青くなっています。)(http://news.ft.com/cms/s/4626b21a-5514-11d9-9974-00000e2511c8.html。12月24日アクセス)
 イラクや北朝鮮を人質にとられているために、当面中国には強く出られない米ブッシュ政権ですが、その対中警戒心が急速に高まりつつあることが、米国の以上の動きからよく分かります。

(続く)

<読者>
在来型潜水艦保有のメリットの一つは対潜水艦訓練目的もあるのではないでしょうか。
米国以外の西欧諸国は中国ビジネスに気兼ねして高性能通常型潜水艦の売却をしないのではないでしょうか。
1904年当時,日本の同盟国が英国で三笠とか新鋭艦を購入できたのはラッキーだったと思います。台湾は兵器購入に関して気の毒な状態にあります。イスラエルのように米国に泣きつくしかないでしょう。

<太田>
 日本が保有している潜水艦の目的は、日米のP-3C等の対戦訓練の目標になることと、冷戦時代は対馬・青函・宗谷海峡等の隘路でソ連の潜水艦を待ち受け攻撃することでした。
 後者の目的がなくなった今、16隻も在来型潜水艦を保有している意味はなくなったと思います。
 (原子力潜水艦であれば、話は違います。)
 さて、台湾が現在保有している潜水艦4隻は余りにも古いので勘定に入れないとしても、8隻新たに調達すれば、日本の潜水艦勢力の半分も台湾が保有することになります。
 待ち受け攻撃する隘路など台湾周辺海域にはほとんどない上、台湾の海岸線の長さとか周辺海域の広さを考えれば、8隻というのは、多すぎることは明らかでしょう。
 せっかくP-3Cを買っても、(原子力潜水艦なら米国が訓練に供してくれそうですが、)訓練相手となる在来型潜水艦がないことは読者ご指摘のとおりです。
 しかし、日本の潜水艦があります。
確かに現時点では、日本の潜水艦相手に訓練することはできませんが、10年後は可能になっているかもしれませんよ。
どうしても訓練目的に在来型潜水艦を保有する必要があるとしても、3隻もあれば(2隻を常時使用することができることから)十分でしょう。
 なお、読者ご指摘のように、在来型潜水艦をつくっている国で、台湾に潜水艦を売ってくれる国はほとんどないことは事実であり、このことは米国に(台湾に潜水艦を売ると分かっていて)ライセンスを提供する国もほとんどないことを意味します。
この点からも、台湾が潜水艦を調達する計画は、絵に描いた餅に終わる可能性が大です。
 (潜水艦の隻数は、The Military Balance 2004/2005によった。)