太田述正コラム#681(2005.4.5)
<パキスタン(その4)> 
  イ バロチスタン
 イラン及びアフガニスタンと長い国境で接するバロチスタンは、人口は657万しかありませんが、8つの地域の中で一番広く、その面積は35万平方キロ弱(http://www.statoids.com/upk.html前掲)と日本に匹敵する大きさです。
 バロチスタンはパキスタンの中の低開発地域です。
 水道水は人口の5%にしか供給されていませんし、女性の識字率は15%にとどまっています。バロチスタンはかつて麻薬の主要密輸ルートでしたが、今は毎年4万人に登る人間の密輸ルートになっています。
 バロチスタンでは、1970年代に部族的・共産主義的武装蜂起が起こり、パキスタン軍はイラク軍の協力を得てこれを鎮圧したことがあります。ところが、再び二年ほど前から分離主義的ゲリラ活動が始まり、ゲリラがバロチスタン解放軍(Balochistan Liberation Army=BLA)と名乗ったあたりから、政府軍は守勢に立たされ、現在に至っています。バロチスタンの80%は部族地域であるところ、部族長達の権威は年々低下してきており、若者達は、高失業率にあえいでいるのに誰も面倒をみてくれず、不満が鬱積し、こうした若者達の多くがゲリラに加わったりゲリラのシンパになったりしているのです。
 彼らの当面の目標は自治権の拡大、増強された中央政府軍の撤退、地元住民の利益にならない・・もっぱら「パンジャブの利益」のための・・天然資源開発や港湾建設等の巨大プロジェクトの中止です。
 (以上、http://news.bbc.co.uk/1/hi/world/south_asia/4182151.stm、及びhttp://news.bbc.co.uk/1/hi/world/south_asia/3227709.stm(どちらも3月28日アクセス)による。)

5 求心力

 (1)軍
 これだけの遠心力が働いていながら、依然パキスタンが分解せずに国家の体をなしているのはどうしてなのでしょうか。
 それは強力な求心力としての軍が存在しているからです。
 欧米列強の植民地や保護国であった発展途上国では、旧宗主国がおしなべて原住民への教育投資を怠ったことと、社会組織が未発達であるため、軍と官僚機構が、その組織力と構成員の教育レベルの高さから、独立後の国家運営の中心的役割を担うことが多いのですが、旧英領インド帝国をルーツとし、同根の軍と官僚機構を与えられて出発したインドとパキスタンが、それぞれ官僚機構優位、軍優位に分かれたのというのは興味深い現象です(注7)。

  • (注7)英国の大学校で同期だったアッバース・ハタク空軍准将(当時。後空軍参謀総長)(コラム#10)は、かつて自分の従卒だった男がたまたまロンドンにやってきて、(私や)ハタクが入っていた英軍官舎(佐官クラス用)を訪問したとき、「おいたわしや、ハタク閣下。こんなみすぼらしくて狭いところに、従卒もなくお住まいとは」と言ったと私に語ったものだ。メゾネット形式の二階建てで、ベッドルームが三つもあり、20名くらいのパーティーは楽にできる、日本では考えられない広壮な官舎が「みすぼらしくて狭い」というのだから、いかにパキスタンの佐官以上の軍人が本国で優遇されているのか、想像できた。(日本の自衛官の、冷遇ぶりの凄まじさについては、あえて言うまい。)

 これをヒンズー教とイスラム教の違いで説明することは困難です。(イスラム諸国においては、確かにサウディのように王室が直接軍部を掌握している国や、軍人出身の大統領ばかりのエジプトとかリビアのカダフィ「大佐」のように軍優位の国が目立ちますが、他方でイランのように宗教指導者とか、フセイン時代のイラクのように政党(バース党)出身者とか、軍出身者以外が権力を掌握しているケースも少なくありません。)
 独立後、ガンジーは暗殺に倒れたけれど、ネールというシビリアンの指導者が残ったインドとは違って、パキスタンではジンナーとアリ・カーンが独立後間もなく相次いで他界した(コラム#673)ため、軍が前面に出ざるを得なかったという見方もあります(http://news.bbc.co.uk/1/hi/world/south_asia/3227709.stm前掲)が、この説も余り説得力はありません。
 私は、パキスタンが、親アングロサクソン的イスラム教徒からなる国家をインド亜大陸西部につくり、反アングロサクソン的イスラム教徒やロシア(共産主義)に対する防壁とする、という英国の思惑に呼応して生まれた(コラム#673)以上、パキスタンは軍優位の国になることを運命づけられていた、と考えています。

(続く)