太田述正コラム#10049(2018.9.4)
<井上寿一『戦争調査会–幻の政府文書を読み解く』を読む(その40)>(2018.12.20公開)

 「・・・堀は戦争調査会での講演原稿に記している。
 「統帥権問題の如きものが海軍より起るなど云うことは海軍に於ては思いもよらぬことであった」<、と>。
 軍令部の強硬論にもかかわらず、最後は4月1日の政府決定に至った。
 それにもかかわらず、なぜロンドン海軍軍縮条約の批准をめぐって、統帥権干犯問題が起きたのか。
 野党の政友会がつぎのように政府を攻撃した<(注57)>からである。

 (注57)「政友会がこの問題を持ち出したのはその年に行われた第17回衆議院議員総選挙で大敗したことに加えて、田中義一前総裁(元陸軍大臣・総理大臣)の総裁時代以来、在郷軍人会が政友会の有力支持団体化したことに伴う「政友会の親軍化」現象の一環とも言われている。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B5%B1%E5%B8%A5%E6%A8%A9

⇒「田中の就任直後の1925年(大正14年)10月4日に・・・田中の就任前にほぼ原案が完成して<いて>、・・・田中<が>決定に関与していなかった<ところの、>・・・政友会の新政策発表の際に「帷幄上奏の廃止と軍部大臣文官制」<の実現>の一項が入ってい<た>」(上掲)、というのだから、この政党が、急に「親軍」から「反軍」に切り替わったとも言えるのであり、要するに、一事が万事、当時の日本の政党の「政策」など、政争の手段でしかなかった、ということです。(太田)

 「軍令部の反対を押し切って、民政党内閣が軍縮条約を締結したのは、統帥権を侵すものである」<、と>。・・・
 <ここで、委員から行われた質問に対し、>堀が答える。
 「・・・政友会は加藤さんを利用し、加藤さんや末次さんは、政友会を利用しておる。・・・」・・・
 政友会は浜口内閣が天皇の編成大権を侵犯したと非難する。
 対する幣原外相の答弁は木で鼻を括ったものだった。
 「現にこの条約は<天皇陛下が>御批准になって居ります。
 御批准になっていることを以て、このロンドン条約が国防を危うくするものでないということは明らかであります」。
 ややあって政友会側は事の重大さに気づく。
 「天皇に責任を帰し奉るとは何事であるか」。
 ここにロンドン海軍軍縮条約問題は天皇の信任をめぐって、政治問題化する。・・・

⇒井上は、それを意図したとは思えないけれど、幣原という人間を浮き彫りにしてくれています。
 外交官であり政治家でもある幣原が、適切な言葉さえ選べぬ、外交官/政治家失格者であったという・・。
 しかも、この幣原の言は、本当のことを言ったのならまだしも、明治憲法の一貫した公定解釈・・天皇無答責・・
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%B8%9D%E5%9B%BD%E6%86%B2%E6%B3%95%E7%AC%AC3%E6%9D%A1
に反する、誤まりを口にしたものなのですからね。(太田)

 「統帥権干犯」とは北一輝の造語といわれる。<(注58)>

 (注58)ロンドン海軍軍縮条約調印問題さ中の1930年(昭和5年)、北一輝は、統帥権干犯を主張し始め、「何も彼も天皇の権利だ、大御宝だ、彼も是も皆天皇帰一だってところへ持って行く、そうすると帰一の結果は、天皇はデクノボーだということが判然とする。それからさ、ガラガラッと崩れるのは」と嘯いたという。
http://michi01.com/ohudohsama/311jyt26700301.html

⇒北一輝は、私の言う、島津斉彬コンセンサス信奉者(コラム#10042)なのであって、私は、彼が、アジア主義者との交流を通じてアジア主義者となる前の1903年の時点の論考において、「天皇は国民に近い家族のような存在だ」という、私の見るところの典型的な島津斉彬コンセンサス信奉者達の天皇観(コラム#10042)、を吐露しており、この天皇観を生涯抱き続けた、と考えています。
 「注58」のような、天皇/天皇制に関する北の言明をもって、北を反天皇制と見るむきもあるけれど、
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%97%E4%B8%80%E8%BC%9D 
間違いでしょう。
 (なお、コラム#10042で書き忘れたけれど、北は「日蓮宗の熱狂的信者」(上掲)だったのですから、この点からも、島津斉彬コンセンサス信奉者に「ふさわしい」人物でした。)(太田)

 ここにも第一次世界大戦後の国家革新の影が差していた。
 ロンドン海軍軍縮条約問題は海軍内の国家革新熱を煽情する。
 ここから・・・<1930年>11月14日<の>浜口首相・・・狙撃<事件が起き、更に、>・・・1932年の五・一五事件が起きる。」(147~149)

(続く)