太田述正コラム#719(2005.5.11)
<イラク新政府の発足>

1 初めに

  副首相1名(女性を予定)と人権相(スンニ派を予定)がまだ決まっていませんが、ようやく、イラク移行政府(Iraqi Transitional Government)の大統領、副大統領2名、首相、副首相3名中2名、閣僚32名中31名(シーア派17、クルド人8、スンニ派5、キリスト教徒1)が決まりました。
  総選挙が行われたのが1月30日、イラク移行政府の大統領と副大統領2名、計3名の大統領評議会(Presidency Council)メンバーを議会(transitional National Assembly)が選出したのがそれから2ヶ月以上経った4月6日、そしてこの大統領評議会が首相にジャファリ氏を指名したのが翌7日でしたが、それから更に1ヶ月以上経ってようやくここまで漕ぎつけることができたわけです。

2 主要閣僚等の紹介

 主要閣僚等は以下のとおりです。

 大統領評議会メンバーから始めましょう。
 タラバニ(Jalal Talabani)大統領は、クルド人で、イラク暫定政府(Iraqi Interim Government)の前の(イラク暫定統治機構(CPA=Coalition Provisional Authority)の下での)イラク統治評議会(Iraqi Governing Council)の回り持ちの議長を務めたことがあります(コラム#674)。
マーディ(Adel Abdul Mahdi)副大統領はシーア派で、フランス等に居住していました。暫定政府の蔵相からの横滑りです(コラム#674)。
 ヤワル(Ghazi al-Yawar)副大統領はスンニ派で、暫定政府の大統領からの横滑りです(コラム#371)。
 (以上、http://www.cfr.org/background/background_iraq_govt.php(5月10日アクセス)も参照した。)

 次に首相と副首相です。
 ジャファリ(Ibrahim al-Jaafari)首相はシーア派で、英国で医者をやっていたことがあり、暫定政府の副大統領から横滑りです(コラム#674)。
 チャラビ(Ahmad Chalabi)副首相はシーア派で、米国の二つの大学を出ており、英国籍を持っていました。イラク暫定統治機構で回り持ちの議長を務めたことがあります(コラム#266、674)。
 シャウィス(Ruz Nuri Shawis)副首相はクルド人で、暫定政府の副大統領から横滑りです。
ジュブーリ(Abid Mutlak Al-Jubouri)副首相はスンニ派です。

そして、英BBC(下掲)がいうところの主要閣僚15名は次のとおりです。
デュライミ(Saadoun Al-Dulaimi)国防相はスンニ派で、英国の大学で社会心理学の博士号をとり、米国で教えていたこともあります。
ウルーム(Ibrahim Bahr Al Uloum)石油相はシーア派で、暫定政府の元石油相です。
ソラグ(Baqir Solagh)内相はシーア派のトルクメン人です。
ゼバリ(Hoshyar Zebari)外相はクルド人で英国の大学を出ています。
サリー(Barham Salih)計画・開発協力相はクルド人で、暫定政府の副首相(治安担当)から横滑りです。
ムダッファール(Sami Al-Mudhaffar)高等教育相は暫定政府の教育相でした。
バルワリ(Nisrin Barwari)地方・公共事業相は女性のクルド人で、米国の大学で修士号を取得しており、暫定政府の同名のポストからの横滑りです。
マスム(Juwan Fouad Masum)電話通信相は女性のクルド人で、英国の大学で通信の博士号を取得しています。
アラウィ(Ali Abdel Amir Allawi)蔵相はシーア派でフセイン政権打倒まで英国に居住しており、暫定政府で国防相を務めたことがあります。
ラシド(Latif Rashid)水資源相はクルド人で、暫定政府の同名のポストからの横滑りです。
オサマン(Narmin Othaman)環境相兼暫定人権相は女性で、暫定政府で女性問題担当国務相を務めていました。
モールード(Bdel Basit Karim Mawloud)通商相はクルド人です。
マリキ(Salam Al-Maliki)交通相はシーア派でサドル師系です。
ハディ(Idris Hadi)労働・社会問題相はクルド人です。
アリ(Abdel Muttalib Mohammed Ali)保健相はシーア派でサドル師系です。
(以上、特に断っていない限りhttp://news.bbc.co.uk/2/hi/middle_east/4493999.stm(5月9日アクセス)による。)

この22名を見ると、占領当局の指名ないし承認の下にイラク統治評議会ないしイラク暫定政府の閣僚級以上を務めた者が12名おり、これに(暫定政府等における閣僚級以上の勤務歴はないものの)米英の大学を出ているか米英に長期在留した経験のある者4名を加えると16名にもなります。
私の予言、「選挙後も暫定政府が事実上継続する」(コラム#499、674)はおおむね的中した、と言っても良いのではないでしょうか。
つまり移行政府は、サドル師系の人々まで取り込みながらも、米英の強い影響下にある政府である、ということであり、米英両国政府はしてやったりと思っていることでしょう(注)。

  • (注)この中で最も異彩を放っているのは、スンニ派に割り当てられた閣僚ポストのうち最重要の国防相に任じられたデュライミだ。彼はフセイン時代に泣く子も黙る治安将校だったが1980年に海外に亡命して反フセイン活動に従事し、不在のまま死刑判決を受けた。フセイン政権崩壊後帰国し、シンクタンクを設立。昨年このシンクタンクが実施した世論調査は、イラクの人々の米国による「占領」への日増しに募る反感を浮き彫りにした。デュライミ自身、CPAに対する厳しい批判で知られている。(http://www.nytimes.com/2005/05/09/international/middleeast/09iraq.html?pagewanted=print。5月9日アクセス)

3 イラクの人々の期待感の高まり

 4月の中旬と言えば、首相に指名されたジャファリが組閣に苦労しており、その一方で不穏分子によるテロ攻撃が再び増加していた頃ですが、その4月の中旬にイラクで実施された世論調査の結果が5月6日に公表されました。
注目されたのは、スンニ派の人々でさえ、イラクは良い方向に向かっているか、との問に対し、40%が向かっている、と答えたことです。その三ヶ月前の1月中旬に実施された前回の世論調査では10%だったのですから、大変な変化です。全体でも、良い方向に向かっていると答えた者が前回に比べて15%も増えました。
しかも、この秋に予定されているところの、憲法案の賛否を問う国民投票に参加したいと答えた者は90%に達しました。
 また、この憲法に盛り込んでもらいたい事項を問うたところ、基本的人権の保障、政府の施策を批判する自由の二つを挙げる者が、宗教施設への支援、団体結成の自由、報道の自由、宗教教育の義務化、を挙げる者よりも多かったのです。
 総選挙が実施され、自分達が選んだ議員達の手で新政府が形成されて行く姿を目の当たりにして、イラクの人々の期待感は否応なしに高まりつつあるのです。
(以上、http://www.latimes.com/news/nationworld/world/la-fg-optimistic6may06,1,5481391,print.story?coll=la-headlines-world(5月7日アクセス)による。)