太田述正コラム#8782005.9.25

<改めて郵政民営化について>

1 始めに

 自民党は、米国のエージェントであると同時に日本の官僚機構のエージェントであり、小泉首相は、このような自民党を少しも「ぶっこわし」てなどいない、と申し上げました(コラム#865)が、先般の総選挙の最大の争点となった郵政民営化を、このような観点からもう一度振り返ってみましょう。

2 米国の思惑

 米国の思惑については、米経済紙ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)(注1)の、要旨を下に掲げた8月26日付の論説http://www5.plala.or.jp/kabusiki/kabu102.htm。9月20日アクセス)が代弁してくれています。

 (1)スタンフォード大学に留学した1974?76年、私がとっていた新聞だ。ちなみに、日本からは日本経済新聞を取り寄せて読んでいた。WSJFTほども記事をサイトに無償公開していないのは、残念なことだ。

 日本の郵政公社は、郵便貯金(郵貯)は1.9兆米ドル、簡易保険(簡保)は1.1兆米ドル、計3兆米ドル(330兆円)の資金を有する。

 うち、1.7兆米ドル(187兆円)は日本の国債だ。これは日本の国債発行済み額の四分の一弱に相当する。他方、外国の債券類は8.5兆円しか保有していない。

 ところが、日本の10年もの国債の利回りは1.5%なのに対し、同様の米財務省証券の利回りは4.17%もある。

だから、郵貯・簡保が民営化されれば、その経営者は、保有資産の多くを外国の債券類に切り替えるに違いない。

 ある試算によれば、切り替えられる額は1.375兆米ドル、うち1270億米ドルは米国の債券、640億米ドルは欧州の債券、そして5210億米ドルは日本の株の購入に充てられる、と見積もられている。

3 日本の官僚機構の思惑

(1)始めに

日本の官僚機構の意向については、東京新聞(http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20050923/mng_____tokuho__000.shtml。9月23日アクセス)に載った、元証券マンで特定郵便局長となるも、渡切(わたしきり)費問題の告発を企てたことをきっかけに転身した作家世川行介氏の意見が参考になります。

世川氏は、今回の郵政民営化法案は、以下の三点を見ただけでも国民への恩恵などない、と指摘します。

一、28万人に及ぶ国家公務員である郵政職員の人減らしになると言うが、郵政事業は独立採算制(黒字)であり、郵政職員の給与は税金で賄われていない。

二、国鉄民営化では、反体制的な国鉄労組や動労を解体する狙いもあったが、郵政の旧全逓は既に労使協調路線に転換している。

三、郵貯と簡保の抱える資金を民間に還流することにより、経済活性化を図るというが、資金がだぶついて超低金利時代が続いている日本で資金を「還流」させることは容易ではない。

 その上で世川氏は、郵政民営化は、主として財務省、従として旧郵政省の思惑を受けたものだ、と主張しています。

(2)財務省の意向

世川氏はそもそも、郵貯・簡保の肥大化による民業の圧迫も、郵貯・簡保資金の無駄遣いも、どちらも財務省(旧大蔵省)の責任であるにもかかわらず、財務省は一切責任をとっていない、と指摘します。

すなわち、1985年のプラザ合意で米国から「輸出より内需」と政策転換を迫られ、そのための資金として、鳴り物入りで郵貯・簡保に国民のタンス預金をかき集めた結果、郵貯・簡保の肥大化を招いたのは財務省であるし、こうしてかき集めた資金を碌に査定もせずに公共事業や公益法人に回し、無駄遣いを黙認・放置し、バブルを生み、かつこのバブルを崩壊させ、山のような不良債権をつくり出したのも財務省である、というのに財務省は、その責任を一切とっていない、というのです。

さて、今年3月末で国債を含む国の借入金残高は781兆円にも上っていますが、ここまで国の一般会計の赤字体質を悪化させた責任の一半も財務省にあることは言うまでもありません。

問題は財務省が、国債のうち172兆円(7月末)も郵貯・簡保に引き受けさせてきたことです。これは、郵貯・簡保の資金の52%に相当します(注2)。

(注2)地方債や財政投融資債なども含めれば、郵貯の資金の9割が国や公的機関の借金の原資にあてられてきた。

    なお、時点のずれが若干あるが、国債については、公的部門(郵貯・簡保、政府系金融機関等)による保有が45.1%、郵貯・簡保保有分だけで22.4%、民間金融機関保有が37.2%、日銀保有が13.5%、残りが個人や一般企業保有、となっている(http://www.yuichiro-itakura.com/archives/2005/08/22-0640.html。9月24日アクセス)。

しかし、国債の償還に伴う借り換えや国債の利払いの経費は今後雪だるま式に膨張し、かかる経費を捻出するために国債を更に発行しなければならなくなる結果、近い将来には、(国債の引き受け手がほとんどいなくなってしまい、)国債の暴落は必至である、と囁かれています。

国債が暴落すれば、郵政公社は財務内容が悪化して破綻する懼れがあり、それが公社である以上は、財務省は責任を免れるわけにはいきません。

世川氏は、民営化されておれば、郵貯・簡保が破綻したとしても、その責任はもはや財務省に及ばないからこそ、財務省は民営化を急いだのだろう、と推測しています。

しかも、民営化すれば、既に2で述べたところから明らかなように、日本の国債から外国の債券類への切り替えが起こり、国債の暴落は必至です。

まさにそのことこそ、財務省として最も望むところだろう、とも世川氏は指摘しています。

確かに、このままでは今後国債関係費が膨張して、財務省の裁量で予算をつけられる、いわゆる一般歳出がどんどん減って行くことが見込まれていて、そうなれば、予算査定権を背景にした財務省の他省庁・政治家に対する権力も否応なしに低下していくことになるわけであり、これを回避するために、どれほど非情かつドラスティックな方法であろうと、抜本的な財政再建につながる国債暴落を、財務省が仕組むことは、大いに考えられるところです(注3)。

(注3)国債が暴落しても、償還期間が来れば、財務省は額面通り満額払い戻さなければならない。しかし、暴落した市中の国債を日銀に買い上げさせれば、過度に通貨流通量を増大させない形で国債償還の凍結を図ることが可能。

(3)総務省の意向

国債暴落に伴う責任を回避しつつ国債暴落を起こしたい財務省としては、郵貯・簡保の民営化でも(民主党が主張し始めた)郵貯・簡保の廃止でも、どちらでもよかったはずですが、どうして政府・自民党案は民営化ということになったのでしょうか。

そこには、総務省、より正確には、総務省に吸収された旧郵政省、の思惑が働いている、と世川氏は推測しています。

旧郵政省は、郵政公社に「寄生」する株式会社や公益法人を多数つくってきており、民営化後、公益法人も株式会社に衣替えさせた上で、これら会社同士で株の持ち合いをさせて外部の介入を妨げる措置を施した上、人事・給与面で支配力を増すことをねらっている、と世川氏は指摘しています。

言うまでもなく、「寄生」するためには宿主が必要であり、旧郵政省としては、郵貯・簡保が廃止されては、(つまり、先行き赤字転落の可能性が高い郵便だけが残っては)困るわけです。

4 終わりに

 以上、WSJや世川氏は深読みしすぎなのでしょうか。

 私には、私自身の自民党観ないし小泉純一郎観に照らしても、彼らの読みが正しいように思えるのですが・・。

 真に日本の中長期的国益に沿った形で郵政問題に決着をつける端緒とすべく、民主党が前原新代表の下で、政府自民党を改めて徹底的に追及し、WSJや世川氏の読みが正しいかどうかをはっきりさせてくれることを願ってやみません。