太田述正コラム#10979(2019.12.12)
<関岡英之『帝国陸軍–知られざる地政学戦略–見果てぬ「防共回廊」』を読む(その50)>(2020.3.3公開)

3 終わりに代えて・・中共の対チベット、対ウイグル言語政策に対する所感

 2008年のチベット騒乱・・「チベット亡命政府は死者数203人、負傷者は1千人以上」と主張している・・
https://ja.wikipedia.org/wiki/2008%E5%B9%B4%E3%81%AE%E3%83%81%E3%83%99%E3%83%83%E3%83%88%E9%A8%92%E4%B9%B1
以来、大きな騒乱はチベットでは起こっておらず、昨2018年には、観光とインフラ投資によってチベット自治区の経済成長率は、省レベルとしては、中共一を記録し
https://www.economist.com/asia/2019/12/10/chinas-successful-repression-in-tibet-provides-a-model-for-xinjiang?cid1=cust/dailypicks1/n/bl/n/20191210n/owned/n/n/dailypicks1/n/n/ap/358798/n
「<たところ、漢人の流入によって、2000年時点で、既に、>チベット高原の人口約1,000万人のうち、軍人と出稼ぎ労働者を除いた540万人がチベット人で、残りは漢<人となっており、>」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%83%99%E3%83%83%E3%83%88%E5%95%8F%E9%A1%8C
現在では漢人の数の方が多くなっていると思われます。
 以上のことについては、我々が文句を言っても始まらないわけで、問題は文化政策であり、宗教政策も重要ですが、ここでは言語政策に注目したいと思います。
 NHKは、「基盤の部分からアイデンティティーを薄めていこうという考え方が、貧困対策という名目ではありますけれども、別の意図が並走しているのかなと思います」、
https://www.nhk.or.jp/kokusaihoudou/archive/2019/02/0201.html 
と解説しています(2019年2月1日)が、「資格を取得できる学科をチベット語で教える教育施設は<存在しない>」(上掲)のが実情であるところ、同様の言語政策がウイグル人に対しても採られるに至っているのは事実です。↓

 「2016年に元中国共産党チベット自治区委員会の書記で、チベット人の弾圧で手腕を発揮した陳全国が“新疆ウイグル自治区”の書記に就任してから、・・・前任の張春賢が推進した「双語教育」(事実上の漢語教育)をさらに露骨化し、小学校から大学まで全ての教育機関でウイグル語の使用を禁止した。」
http://uyghur-j.org/20180908/uyghur_japan_report_20180908.pdf 前掲

 しかし、チベット人やウイグル人に対する、このような言語政策を、我々が非難することもまた、客観的には困難です。
 というのは、フランスにおいて、その政府が、南フランスの広大な領域で使われてきていたオック語が「スペイン語、イタリア語、フランス語同様、俗ラテン語から派生したロマンス語の一つである<けれど、>ガロ・ロマンス系のフランス語(オイル語)よりむしろイベロ・ロマンス系のカタルーニャ語に近い」、
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%83%E3%82%AF%E8%AA%9E
ところの、フランス語にとって、いわば完全に外国語であるというのに、「1881年の法律で、学校におけるオック語教育を禁止し」たまま、現在に至っている(上掲)、という例があることが第一の理由であり、第二の理由は、「例えば、北京語(北方語の一つ)と広州語(広東語・粤語の一つ)と上海語(東部に分布する呉語の一つ)<について>は・・・文章語は共通している<とはいえ、>・・・発音、語彙ともに大きく異なるだけでなく、文法にも違いがあり、普通話しか話せない者は、広東語などの方言を聞いてもほとんど理解できないため、別の言語とする見方もあ<るところ、>」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E8%AA%9E
実際、「例えば広東省出身者と北京の出身者がそれぞれの地元の言葉を使って会話しようとしても、意思疎通はほぼ不可能<であって、>その差は、例えばスペイン語とポルトガル語の違いより大きい」
https://www.recordchina.co.jp/b581588-s0-c30-d0046.html
とされているにもかかわらず、広東省では普通話(北京官話)での教育しか行われていないことだ。
 (「2017年に・・・広州市<は、>五羊小学校<に>広東語の教材を作成<させたところ、それは、>広東語のローマ字表記や文法、さらに歴史や起源も紹介する内容で、・・・市内の他の小学校にも広めていく計画だった<が、教育全てを広東語で行うどころか、その程度のことですら、>地元<共産党>当局の圧力で、計画は中止となった」(上掲)という。)
 中国共産党当局が、(チベット語やウイグル語が、文章語も普通話と共通しておらず、普通話と比較して、普通話以外の漢語系諸言語よりも、それらがもっと「外国」語であるとは言っても、)チベット人やウイグル人の言語教育に関して、いつまでも特別扱いを続けていては、漢語系の諸言語「復活」への動きを抑え込めなくなりかねない、と考えていることは容易に想像ができるのであって、私としても、それに共感を覚える部分はあるからです。

(完)