太田述正コラム#11432006.3.25

<冷戦の復活?(その1)>

1 始めに

 米露関係が少なくとも米側から見て、急速に悪化しつつあります。あたかもかつての米ソ冷戦時代へと逆戻りした感があります(注1)。

 (注1)この話題は、「ブッシュ三題噺」シリーズ(前回はコラム#11352006.3.21))の中で取り上げるつもりだったが、急遽単独で先に上梓することにした。

2 ロシアがフセイン政権に情報提供

2003年の対イラク戦開戦後も、ロシアが当時のフセイン政権に対し、米軍の動きに関する情報を提供していたことが米国防総省が24日公表した報告書で明らかになりました。

しかし、本件に関する日本の新聞の報道ぶりは、電子版で見る限り極めて小さく、かつ上っ面を撫でただけのものにとどまっています。(例えば、http://www.tokyo-np.co.jp/00/detail/20060325/fls_____detail__015.shtml(3月25日アクセス)。)

しかし、本件が米国政府によって公表されたことは、深刻に受け止めるべきです。

まず、何がこの報告書に書かれていたのかから始めましょう。

(以下、http://www.latimes.com/news/nationworld/world/la-032406iraqdocs_lat,0,6082645,print.story?coll=la-home-headlineshttp://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2006/03/24/AR2006032400996_pf.htmlhttp://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2006/03/24/AR2006032401225_pf.htmlhttp://www.nytimes.com/2006/03/25/international/europe/25spy.html?pagewanted=print、及びhttp://www.guardian.co.uk/Iraq/Story/0,,1739407,00.htmlいずれも3月25日アクセス)による)

押収されたフセイン政権の文書から以下のことが明らかになった。

当時カタールのドーハに進出していた米中央軍司令部内にロシアのスパイがいた。

得られた米軍の意図と動きに関する情報は、在バグダッドのロシア大使経由でフセイン政権に伝えられていた。(「正」は正しい情報、「誤」は誤った情報。)

米軍の12,000の兵力と1,000の車両が<南部の>カルバラ(Karbala)付近<の隘路>に終結していると4月2日に伝えた。(正)(注2

(注2)この情報は無視された。イラクの共和国防衛隊の司令官の一人は、独自情報に基づき、米軍の大軍がカルバラ隘路に終結しており、集中攻撃をかけるよう、フセインの息子のクサイに意見具申したが無視された。

米側はイラク南部の諸都市を攻略するのは困難だとして戦略を変更し、これら諸都市を迂回してバグダッドを目指すと3月25日に伝えた。(正)

米軍の南方からの攻勢は陽動作戦であり、主力の攻勢は西方のヨルダンから行われ、その作戦の発動はトルコへの上陸を拒否され、地中海上にあった米第4師団が到着する4月15日頃以降になると3月24日に伝えた。(この話は4月2日にも再び伝えられた)。(誤)(注3

(注3)実際は、西方からの攻勢はなかった。西方からの攻勢は、イラク内の西側の砂漠に特殊部隊を潜入させた米側が、フセイン政権に思いこませたかった事柄だ。また、バグダッドは4月9日に陥落した。

書かれていたことの概要は以上です。

GRU(ロシア国防省諜報部)等のロシアの諜報諸機関がイラク内で活動し、開戦以降もイラクの諜報諸機関に情報を提供していたという事実がイラクの諜報機関から押収された文書から明らかになっていることもあり、以上の話は本当であると思われるとか、これが事実だとすれば、ほとんどロシア軍がイラク軍とともに戦うに等しい、ロシアの重大な敵対的行為である、といった声が米国内で出ています。

一方で、在バグダッド大使が上記諸情報をフセイン政権に伝えたのが本当だとしても、それは、ロシア政府の指示によるものではなかったのではないか、という声も米国内にはあります。

 ちなみに、本件について、ロシア外務省も国防省も在ワシントン大使館も沈黙を守っていますが、ロシアの国連代表部の広報官は、この話は全くのでたらめであり、何の証拠も示されていない、と述べたところです。

 それにしても、米国政府は、どうしてこんな話を公表したのでしょうか。

 米軍は、意図的に正誤入り交じった情報を流し、フセイン政権を惑わせる欺騙作戦を対イラク戦の際に行っていたという事実があり、この作戦にロシアもひっかかってしまったという可能性は排除できませんが、それならなおさら、「役に立った」ロシアをはずかしめるような公表をすることは避けたはずです。

 

(続く)