太田述正コラム#11464(2020.8.10)
<高橋昌明『武士の日本史 序・第二章以下』を読む(その29)>(2020.11.1公開)

 「・・・<日本で>戦争を意味する古語のイクサのいくは、語源的にはイクタマ(生魂)のイクなどと同じ、力の盛んなことをたたえる語、サは「サチ(矢)」と同根で、矢の意味だという(『岩波古語辞典』『日本国語大辞典』)。
 武器として力のある強い矢の意、転じて、その矢を射ること、射る人(兵卒・軍勢)、さらに「軍立(いくさだ)ち」などの用例を通して矢を射交わす戦いの意味に展開したとされる。・・・

⇒これは初耳ですが、興味深いですね。(太田)

 馬を操って推進ないし左右に回りこませる場合、弓を引く両手はふさがり、手綱は使えない。・・・
 <去勢していないために>気性の荒い駻馬のうえ、手綱が使えないとなれば、馬の口を取って引く役が別にいなくては、どうしようもない。
 騎馬の士の口取(くちとり)は普通は二人、差縄(さしなわ)で左右両側から引く(駄馬は口取一人)。
 古代の健児(こんでい)は郡司子弟から徴募される騎兵であるが、中男(ちゅうなん)(一七から二0歳までの税負担義務のある男子)二人を「馬子(まご)」として与えられた。
 実際の戦場では、徒歩でつき従う雑色や舎人(とねり)が口取の役割を果たす。
 ・・・蹄鉄も付けていない<上に、このように、>・・・口取が付くとなれば、特別な場合を除いて疾走を前提にしていない。<(注84)>・・・

 (注84)「一般に律令制での軍団は歩兵中心とのイメージが強い。確かに国民皆兵<制>のような1戸(行政上の単位、平均30人ぐらい)から1名、年間60日の軍事訓練を受けるという段階では歩兵の比率が高そうに思えるが、騎兵部隊も確認され、軍事力の中核はそちらが担っていたようである。
 792年・・・の軍団解消以降、軍事を担った「健児」も基本的には弓射騎兵である。軍団解消は、軍団歩兵の解消であって、上兵である騎兵は、人数としては縮小されながらも諸国においては「健児制」として継承されたとも言える。騎馬武者は中世武士の専売特許ではなくて、弓射騎兵が武力の中心という伝統は律令軍団から中世武士までの一貫したスタイルである。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%A6%E5%A3%AB%E5%9B%A3
 「律令国家的兵役制の変質過程で,律令国家は地方豪族層,有力家父長層をあらたに軍事的基盤とした。健児制がそれであり,まず,三関国,辺要地に現れ,体制的には,762年(天平宝字6)の制や,792年(延暦11)の制を画期として確立した。792年では,軍団制の廃止にともない,従来の兵士に代わって,国別に員数を定めて計3155人の健児が選抜,配置された。総数は3000~4000。延暦以前の健児は,おもに郡司子弟の弓馬に練達した者から選抜し,田租と雑徭の半分が免除されるなどの特典が与えられた。」
https://kotobank.jp/word/%E5%81%A5%E5%85%90-67422

⇒健児についての「注84」の前半中の「軍団<の>・・・軍事力の中核は・・・騎兵部隊・・・が担っていたようである。」については、誤りだろう、というのが私の認識です。
 詳しくは、次回東京オフ会「講演」原稿に譲ります。(太田)

 ヨーロッパ中世の騎士も、白兵(刀・剣・槍などの総称)を振るっての突進などはなかった。
 乗馬襲撃は駆歩や襲歩(しゅうほ)(最大速度で走らせること)ではなく、概して常歩(じょうほ)(並足、馬の歩く速度でもっともゆるやかなもの)または速歩をもって馬上で弓矢を用い、小銃が現れてからは馬上射撃しつつ、敵に近づいた。
 馬上射撃を禁じもっぱら白兵突進するようになったのは、スウェーデンのカール12世やプロイセンのフリードリッヒ大王以降、すなわち18世紀以降である。

⇒そんな類の話は、(二人とも軍事天才であったことは間違いないところの、)カール12世やフリードリッヒ大王の英語ウィキペディアには、全く出て来ません。
https://en.wikipedia.org/wiki/Charles_XII_of_Sweden
https://en.wikipedia.org/wiki/Frederick_the_Great#Military_theory
 高橋の勘違いではないでしょうか。(太田)

 騎兵が白兵で突撃する場面は、中世にかんする限り、空想の産物といわざるをえない。
 騎乗の効用は、その優速にあるのではなく、徒歩の兵との身分的な隔たりの誇示、即物的には徒歩では負担の大きすぎる武具・馬具・装束などの重さを馬に託すため、との見解が出されている。
 戦場で馬を射るのがあたり前におこなわれるようになると、馬も消耗品と化す。
 そうでなくとも馬の疲労を考えると、戦場では常時替え馬を用意しておかねばならない。
 乗替(のりがえ)は、主人の替え馬に騎乗して追随する従者で、状況に応じて乗馬を供出する役である。
 このほか、徒歩で替え馬を引く者もいる。・・・」(113、120~122)

(続く)