太田述正コラム#12752006.6.4

<米国のイラクヒステリー(その2)>

2 イラクはどうなるか・米国はどうなることを望むべきか

 (1)イラクはどうなるか

 このように、イラク介入は失敗だったという見方が蔓延しているのですから、米国政府の目論見通り、イラクが一体性を維持したまま、自由・民主主義的国家として生き延びていく、という見方は少なく、行く手には、平和裏のシーア派・スンニ派・クルド人地区への三分割か、内戦を経た上での三分割、が待ち受けているという見方がもっぱらとなっています。

 例えば、ワシントンポストの論説(http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2006/05/04/AR2006050401619_pf.html。5月7日アクセス)は、まず、少数派のスンニ派がイラクを支配してきたのは宗主国であったオスマントルコと英国の政策の結果であるところ、現在のイラクが多数派のシーア派支配・・正確には多数派のシーア派ともう一つの少数派のクルド人の連合(太田)・・の下にあるのも、そうなることを見越した「民主的」政治制度を「宗主国」の米国が押しつけたからだ、つまりは米国の政策の結果だ、とイラクの人々は考えていると指摘します。

 だから、かつての支配権を回復すべく、スンニ派が、主としてシーア派に、従としてクルド人にテロやゲリラで挑む・・シーア派とクルド人の連合が牛耳る政府治安機関等へのテロ・ゲリラ攻撃を含む(太田)・・のは必然であり、遺憾ながら肝腎の米軍の治安維持能力が質量ともに不足している以上、イラクの一体性を維持することは困難だとし、このままではスンニ派・シーア派・クルド人の三つどもえの内戦が始まる・・恐らくその結果として三分割に至る・・ことは避けられないとし、それがいやなら平和裏のイラクの三分割しかない、しかしこのどちらも好ましくない、とこの論説は主張するのです。

 (2)米国はどうなることを望むべきか

 私は、米国人はイラクに関してフラストレーションに由来するヒステリーを起こしているのであって、これまで紹介してきたような指摘や主張は、真面目に受け止めるべきではないと考えています。

 これは、米国はイラクがどうなることを望むべきかを論じる記事と論考 (http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2006/04/29/AR2006042901142_pf.html(5月1日アクセス)、及びhttp://www.latimes.com/news/opinion/commentary/la-oe-luttwak2jun02,0,160321,print.story?coll=la-news-comment-opinions(6月3日アクセス))についても同様です。

 前者の記事は、米国政府の路線が成功する可能性も依然残っているとしつつも、平和裏のイラクの三分割オプションは、バグダッドがシーア派・スンニ派・クルド人のいずれにとってもイラクにおける最大の都市であることが象徴しているように、この三つの勢力がイラクの随所で混住しており、三分割の線引きをするのが不可能に近くしかも巨額の経費がかかること、また、1947年のインドとパキスタンの分割直後に一般住民の間で夥しい血が流れたことが繰り返されるであろうこと、等に鑑み、事実上実行不能だとした上で、内戦オプションを真剣に考慮すべきだとする、米陸軍士官学校の教師(陸軍少佐)の主張で締めくくっています。

 後者の論考は、米国の某シンクタンクのシニア・アドバイザーのルトワク(Edward N. Luttwakが、この内戦オプションを詳述したものです。

 彼は、17世紀中頃のイギリスの激しい内戦は、ついに国王の斬首にまで至ったけれど、その結果、議会制と制限君主制の下での今日までの英国の安定がもたらされたし、19世紀中頃の米国の南北戦争は、人口比にして現在までの米国で最も悲惨な戦争だったが、その結果、米国からの分離の禁止が確立し奴隷制の廃止がもたらされたと指摘します。また、あのスイスにおいてさえ、1847年に86人の死者を出した内戦を経験しており、その結果、スイスの分権的連邦制が安定した、とも指摘します。

 これらの内戦が良い結果をもたらしたのは、外部勢力が内戦に介入しなかったからだ、というのです。

 その上で彼は、クルド人は既に事実上イラクから分離しており、完全に独立するか、形の上でイラクにとどまるかだけのことだとした上で、スンニ派とシーア派の反目は、宗教の宗派の違いを背景にしているだけに解消することはそもそも困難であるところへ、スンニ派、シーア派内部がそれぞれ分裂している現況においては、話し合いで反目を解消することは不可能であることから、米軍等の外部勢力は手を引いて(注2)思う存分内戦をやらせて、その結果としてスンニ派、シーア派、そしてクルド人へとイラクが三分割されることが望ましい、と主張します。

(注2)具体的には、米軍等はイラクを外敵の侵入から防衛するためだけにイラクにとどまることとし、バグダッドのグリーンゾーンに一部を残して残りの全部隊は砂漠地帯に移す。

3 感想

 英国の高級紙は、米国のイラク統治の拙劣さを批判したり、こんな米国に追随して行動をともにしている英国のブレア政権を批判したりすることにかけては遠慮容赦がないけれど、以上ご紹介した類のヒステリックな記事・論説・論考を載せることはまずないことを考えると、米国の高級紙の醜態には、ただただ呆れるほかありません。

(完)