太田述正コラム#2148(2007.10.26)
 <Q&A「結局,自衛隊が補給した油は,イラクにも使われているの?」:消印所沢通信21>
 【質問】
 結局,自衛隊が補給した油は,イラクにも使われているの?
 【回答】
 物理的に言えば可能性はある(でも可能性としては低いし,
断定は不可能)が,帳簿上で言えばno.
***
 さて,「がりぽり軍事学」です.
 本当は早く
「打倒!スーパー・ストロング・マシーン!!」
を書きたいのだけれども,
「お前は平田だろ」
とか言われそうだし(涙)
 ということで
「テロ特措法下の給油問題」
について書きたいと思います.
 今回のポイントは,
「物理的な話と
帳簿上の話を
分けて考える必要がある」
ということ.
 小沢さん自身
よく分かってないみたいだから.(笑)
 さて,話を思いきり分かりやすくするために
「Jオイル」
という架空の燃料があると仮定してみよう.
 このJオイルは,
普通の軽油と変わらないんだけど
ただ色がピンク色していて
日本が給油した燃料であることが
見た目で分かるという...(笑)
 じゃあ,このJオイルを1万バレル
米艦に給油してみよう.
 自衛隊では米補給艦に給油することにしているから
米補給艦にすでにあった燃料と
Jオイルとが混ざって
燃料全体が薄ピンク色になるよね.
 次にこの薄ピンク燃料を
米補給艦から空母に補給してみよう.
 米軍だって無用の摩擦は起こしたくないから,
日本からもらった1万バレルは,
臨検活動中の艦艇に給油しようと考える.
 実際にはすでに薄ピンク色なんだけどね.(笑)
 そこでインド洋上の空母に
薄ピンク燃料が1万バレルが補給される.
 普通は1万バレル使いきれば
問題はないんだけども,
軍事作戦に限った話じゃないが
予想外の事態が発生することがある.
 たとえば,イラクでアルカーイダの幹部が発見されて
急遽空爆が必要になったとかね.
 1万バレル給油したばかりだけれども
空母はイラク沿海に急行することになる.
1万バレル使いきってから行ったんでは
アルカーイダを取り逃がすことになるからね.
 かといって,
いちいち日本政府の了解をとりつけてからでは
これもまた手遅れになるしね.
 で.あとで1万バレル分返せばいいやということで
かくして薄ピンク燃料を積んだまま
イラクでアルカーイダを攻撃することになるわけだ.
 だから,物理的に言えば
ピンク色の燃料が
まったく使われないことは
ありえないんだ.※
 ありえないんだけれども,
これを立証するのもまた不可能だということは
分かると思う.
 だって,現実の燃料はピンク色してないから.(笑)
 見た目での区別はつけられないでしょ?
 ここで帳簿の上の話になってくるんだけど,
さっき空母が予定外で使ってしまった1万バレル,
給油艦に返してしまうと,
帳簿上は帳尻が合ってしまう.
 返したぶんの1万バレルは
給油艦が積んでいる
アメリカ政府自身が買ってきた油を
空母に給油するだけだし,
実際はそんなめんどくさくて無意味な作業はやらないで
帳簿上で動かすだけだろうけど.(苦笑)
 日本政府としても,
この1万バレルは,
アメリカが勝手に借りて行っただけってことになるから,
「イラク戦争に使われることを想定して,
給油したわけではない」
という理屈が成り立つんだ.
「いや,勝手に借りていく可能性があると分かっていながら,
給油をすれば,それは戦争加担だ」
と言い出す人もいるかもしれない.
 でも,「可能性がない」状況とは
いったいどんな状況なんだろう?
 援助というものを
援助を受け取る側から見れば,
援助された分だけ,
ゆとりが生まれるわけだから,
そのゆとりの生じた分を,
他に転用することは当り前にある.
 そしてその転用先は
非軍事とは限らないんだ.
 たとえば(昔,読んだ本なので題名が思い出せないんだけど),
中越戦争の頃,日本の対中ODAがそっくりその戦費に
流用されたんじゃないか?という疑惑を指摘していた人がいた.
 その人によれば,戦費とODAとがほぼ同額だったんだそうだ.
 これは日本の軍事援助ということになってしまうのだろうか?
 あるいはまた,昨今話題のミャンマーもそうだ.
 ここにも日本は多額の援助をしている.
 その援助で生まれたゆとりを
ミャンマー政府は軍事予算に振り向けてはいないと
断言できる人がいるだろうか?
 それからまた,世界の国連加盟国は
国連分担金というものを国連に払っている.
 その国連は北韓(北朝鮮)に人道援助をしている.
 その援助で生まれたゆとりを
北韓が軍事予算に次ぎ込んでなどはいないと断言できる人は
よほどのお人よしだろう.
 この場合,国連加盟国は,テロ支援国家を支援する国家と
見なせるのだろうか?(笑)
 このように,
どんな援助であっても
それが軍事援助に流用される可能性は
ゼロではない.
 でもだからといって,
可能性がゼロではないからというだけの理由で,
「援助をやってはダメだ,
それは戦争に加担する行為だ」
という話になれば,
日本はどこにも何も援助することはできなくなってしまう.※2
 そうなるともう日本は鎖国するしかなくなってしまうね.
 うひょひょ...(苦笑)
 そして逆に言えば,
「Xという援助が実はYに使われている!」
という話は,
難癖をつけたいときに便利な,
どうとでも解釈できる主張でしかない,
ということも分かるよね.
 とほほほ...
 だから今回のイラク特措法に関するモノ言いというのは
「このボールペンを暴力団摘発以外に使ってはならない」 という条件で備品を援助    ↓  すでに買ってあった,余ったボールペンを,交通課へ
回した    ↓  ボールペンが交通取締りに使われた!    ↓  プロ市民大激怒
という構図と同じなんだ.
 ただし,では与党には何も問題はないのかといえば
そうではない.
 一番の問題は
「ここまでは日本もやる.
 ここから先は日本はできない」
という原則を打ち出していないことだと思うんだ.※3
 テロ特別措置法という存在からして,
「一時的な」ものでしかない.
 その場しのぎのものでしかなく,
他に大きな国際テロが起きたらどうするのか,
というのが見えてこない.
 某k●jii.n●tでは
テロ対策基本法といった恒久法の制定を主張していたけれども,
僕はそこまですることはないと思う.
 今の政治風土では困難だろうし,
第一,恒久法にしたら
日本の場合だと逆にそれに縛られすぎて,
臨機応変な対応ができなくなるんじゃないかな.
 それよりも,
半年に一度とかの定期的に
最新の分析を元に
「これからの半年間は,
テロ抑止について,
日本はこういうことを目指します.
 そのためにはこういうことまではやります.
 しかしそこから先はできません」
という原理原則を首相自ら宣言したほうがいいと思うんだ.
 この場合,最新の分析を元に,
半年ごとに更新していくのがミソだ.
 そうすれば
このままどんどん深入りしていくんじゃないかと
なんとなく不安を感じている人々も安心できる.
 新しいテロ事態が起こっても,
その原理原則に従って迅速に対処できる.
 日本人は長期戦略は苦手だけど,
中短期戦略は得意だしね.(苦笑)
 そんなわけで,
なんだか本家の人の政治学の分野に
素人が片足突っ込んじゃった感もなくもないけど,
まあ安全保障問題と被る部分なんで
勘弁してね.
 それでは,またね.
「がりぽりぽり」,2007/10/3
※この文章の文体は「かみぽこぽこ」のパロディであり,
実在のかみぽこ氏とはいっさい無関係です
 ※ 佐藤守は次のように述べる.
[quote]
海自から補給を受けたある艦艇が,事態の変化に伴って
イラク紛争に関する作戦に出動したとき,海自か
ら補給された燃料を一時抜いて,イラク作戦専用の燃料と
積み替える,などという芸当は不可能である.如何に
米軍といえども,艦艇数は限られている.
佐藤守のブログ日記,2007/9/28
http://d.hatena.ne.jp/satoumamoru/20070928
[/quote]
 ちなみに,この手の間接給油はイラク開戦後,
激減している.
補給艦への給油,88%が米軍に=01,02年度に集中-防衛省公表
時事通信,2007年10月9日(火)20:27
http://news.goo.ne.jp/article/jiji/politics/jiji-09X008.html
 ※2 やはり佐藤守は次のように述べる.
[quote]
 湾岸戦争が開始された直後,三沢基地司令だった私は,
ワシントンから来た大佐達を含む基地の主要幹部たちとの
夕食会で,
「何故世界の平和のために,自由を守るために,日本は
今回の紛争解決に協力できないのだ.
 日本の憲法が海外派遣を禁じているというのがその理由か?」
と真剣に聞かれ,
「その通り,尊敬するマッカーサー将軍が作ってくれた
憲法に,我々日本国民は忠実なのだ」
と茶化したが通じず,
「あれから既に40年,いつまでもマッカーサーのせいに
するのはおかしい.
 憲法問題は日本人自身の問題だ.
 独立したのに何故自分達の憲法をつくろうとしないのだ?」
と切り替えされた.そして
「自国の憲法を理由に自衛隊を参加させない理屈は分かった.
 しかし,代わりに出した金の明細書を要求するのはどういうことだ?」
と詰問された.
 思い上がった米国人め!というのはやさしい.
 原爆を落としやがって!というのも分かる.
 しかし,軍人として軍事的常識から考えると,彼らが
明細書を出せという神経が分からない,という気持ちは良く
分かる.
佐藤守のブログ日記,2007/9/28
http://d.hatena.ne.jp/satoumamoru/20070928
[/quote]
 ※3 給油が果たして本当に日本にとってメリットを
もたらしているかについては,このコラムでは触れない.
 何らメリットをもたらしていないという見解もあれば,
おおいにメリットをもたらしているという見解もあるため.
 前者の見解については,太田述正コラム#2111
http://blog.ohtan.net/archives/51024455.html
などを,後者の見解については週刊文春2007/10/11号
(麻生幾)や同10/18号などを参照されたし.
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<太田>
 直前の私のコラムの補足みたいな感じで絶好のタイミングでしたね。