太田述正コラム#2346(2008.2.5)
<唯一の超大国米国の黄昏(その1)>
1 始めに
 「没落する米国」シリーズ(コラム#308、312、428、429)等で申し上げているように、米国の地盤沈下が顕著になってきているわけですが、この事実を直視すべきとの発言を行った米国の政治家は、これまでのところクリントン元大統領くらいであるところ、彼が2003年に行った演説を以前(コラム#312で)とりあげたことがあります。
 最近、ニューヨークタイムスとロサンゼルスタイムスがそれぞれ、米国がもはや唯一の超大国ではなくなりつつあるという事実を直視した論考を掲載したので、ご紹介しましょう。
2 ニューヨークタイムス
 (1)論考の紹介
 ニューヨークタイムスが掲載したのは、新米国基金(New America Foundation)の研究フェローのカンナ(Parag Khanna)の、論考(
http://www.nytimes.com/2008/01/27/magazine/27world-t.html?_r=1&oref=slogin&ref=magazine&pagewanted=print  
。1月27日アクセス)です。
 その総論にあたる部分の概要は次のとおりです。
 21世紀は、米国、EU、中共という三つの超大国が鼎立する時代だ。
 ロシアやインドはどうしたという声があがりそうだが、ロシアは2025年にはトルコ並みの人口まで減少してしまうし、インドは中共に何十年も後れを取っている。
 ロシアやインドを含むところの、上記三つ以外の国々は、この三つのどれにつくかを決めることになる。
 世界では長らく欧州列強が競い合う時代が続いた。
 冷戦時代だって本当の意味で「東西」間の争いであったのではなく、欧州をめぐってのせめぎあいだった。
 ここに史上初めて人類は、グローバルにして多文明的、多中心的戦いの時代を迎えたのだ。
 EUは毎年一か国のペースで加盟国を増大させつつあるのであり、この点では米国も中共も顔色なしだ。
 しかもEUは、次第にロシアやトルコまで隷属させつつある。
 EUの市場規模は世界最大であり、EUの技術がより多く世界標準になりつつあるし、EUは最も多額の開発援助を発展途上国に供与している。
 また、ユーロの登場と普及により、米国ドルの世界の準備通貨としてのシェアは65%に落ちてしまった。そして、ロンドンは再び世界最大の株式上場市場となった。
 東アジアの高度成長を続ける国々に3,500万人も華僑がいることにも助けられて、大支那共栄圏が出現して久しい。
 こういう中、日本がスポンサーとなっているのだが、地域通貨基金構想がスタートしたし、中共は東南アジア諸国との関税を低減し、これら諸国への貸し付けを増大している。
 また、中共が中心となっているところの、インド・日本・オーストラリア三角地域内での貿易額は太平洋両岸間の貿易額を既に凌駕している。
 更に、上海協力機構(Shanghai Cooperation Organization)は中央アジア諸国と中共(とロシア)の結束を強めており、やがてこれが東のNATOとなるかもしれない。
 この三つどもえの戦いにおいて米国はユニークな存在だ。
 自由民主主義理念においてユニークだというわけではない。
 EUの方が今やこの理念をよりよく代表しているとも言えるからだ。
 米国のユニークさはその地理的孤立性にある。というのは、EUと中共は昔からの地政学的な重心が位置するユーラシア大陸の東西に陣取っているからだ。
 (2)コメント
 これは、衝撃的なまでに日本の影が薄い論考であることにご注意下さい。
 日本もロシア同様人口減少国家ですが、ロシアがEUへの隷属国になりつつあると指摘されているところ、この論考は、日本は中共への隷属国になりつつあると示唆している、と受け止めるべきでしょう。
 この点はさておき、EUを「国」扱いしているところがこの論考に私が首肯できない部分です。
 英国がEUの政治統合に抵抗を続けるだけでなく、英国のユーロ圏入りにすら躊躇を続けるだろうから、というのがその理由です。
 結局、急速に進む米国の地盤沈下と見通しうる将来にわたって「国」にはなり切れないEU、という状況下において、自由民主主義陣営が中共の急速な軍事・経済的台頭とどう向き合っていくのか、その中で日本がどのような役割を担うのかが問われることになる、と私は思うのです。
(続く)
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太田述正コラム#2347(2008.2.5)
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→非公開