太田述正コラム#2797(2008.9.18)
<皆さんとディスカッション(続x249)>
<バグってハニー>
 太田さんも移民推進派の英語第二公用語化に慎重ですね。
 初めに断ったとおり、私は科学研究という業界のことしか知りません。それで、この業界のもう一つ例を挙げておくとシンガポール。今シンガポール政府は潤沢な資金を活用して優秀な外国人研究者を多数引き抜いており、その中には日本人もいます。シンガポールと同じく中国語圏の中国でも研究施設と予算が大幅に改善して、優秀な中国人研究者が続々と米国から帰国してますが、日本人で中国に研究室を構えた人、というのは聞いたことがないです。理由はいろいろとあると思いますが、中国ではマンダリンしか通用しないという事実は、日本人研究者が渡航をためらう理由になるでしょう。逆に、シンガポールでは英語も公用語なので、それが日本人研究者がシンガポールに渡るという決断を促した理由の一つになったのは想像に難くないです。海驢さんが紹介したのは、日本企業が米国で特許を多数取得している、というニュースであって、それからも他の業界でも英語が標準だろうというのは推し量れるのですが。
 それで、誤解がいくつかあるようなのでまずそれから。
 私は言語の優劣を議論する気は毛頭ありません。不毛なだけです。日本語がすばらしい言語であることに異論を差し挟むつもりはないです。
 それから、私が主張しているのは狭義の公用語化、つまり外国人が日本語以外で様々な行政サービスが受けられるようにする、ということです。ググって見ると太田さん一押しの民主党も英語第二公用語化を提言しているのですが(情報が古いですね)
http://www.dpj.or.jp/news/?num=11196
 主眼は【政治・行政の国際化】と【コミュニティーの国際化支援】の一部であって、【英語教育の強化】は眼中にないです。海驢さんがいう、「日本においては英語を必要とする人が必要な場所で使うだけで十分でしょう」というのはその通りだと思います。英語を第二公用語にしても日本語しか話せない日本人一般には影響はほとんどないでしょう。害もなければ益もない。得をするのは日本語は使えないが英語は使える外国人で、一番損をするのは役人です。全ての書類を日本語と英語の両方で書かなきゃならないんですから。行政機関の各窓口にも英語を話せる人員を配置する必要があります。
 次に、工藤明子記者の記事があまりにも酷い件についてですが、海驢さん紹介の記事(コラム#2795)はあまりにもひどい誤解と偏見に満ちているので個別撃破の必要があると思いました。こんな人種憎悪を煽るような記事は英語で書いたとしたらそれこそFOXニュースでしか取り上げてもらえないですよ。あわせて第二公用語化とはどんなことなのかの説明もしたいと思います。
 まず、この工藤明子記者がどういう人なのかですけど、経歴
http://www.mag2.com/m/0000100746.html
をみるとニューヨークに一時的に滞在していただけみたいで米国社会の上っ面をなぞっただけで根本的な勘違いが散見されます。前にも書きましたけど、日本語で書かれた米国に関する文章はとりあえず眉につば付けて読まなきゃだめです。たとえばこちら
http://blog.livedoor.jp/kingcurtis/archives/50333690.html
ジャネット・ジャクソンのおっぱいぽろり事件がなぜ大問題になったのかまったく理解できてない。米国人は裸に寛大ではないです。太田さんがいうビクトリア朝的性規範というやつです。大学生の乱痴気騒ぎとかポルノとか閉じた世界と比較しても仕方ないですよ。「時間ですよ」でゴールデンタイムに毎回女性の裸が出る日本とは大違いなわけです。
 それで問題の「英語を喋れない『アメリカ人』が増えている」の記事。これよく読むとわかりますが、英語ができないとけなされているのは中国人、ベトナム人といった日本人以外のアジア人、およびメキシコ人らラティーノ。つまり、有色人種(ラティーノはスペイン人やポルトガル人と中南米原住民の混血)。さらに「小柄で黒い目をしたメキシコ人」などとある民族・人種の身体的特徴を「小柄」などというネガティブな言葉で表現するのは米国ではありえないことです。たとえばこのエピソード
 私はよく中国人に間違われ、地下鉄駅でいきなり中国語で話しかけられた事がある。中国語はわからない、英語は話せるか、と聞いても、それすら通じない。その中国女性は、乗るべき電車がわからないようで、何とか助けてあげたいが、言葉が全く通じないのではお手上げである。大きな地下鉄路線図があったので、ふと思いついて、その前に連れて行き、今いる駅を指差し、行きたい駅を示させ、二点をつなぐ電車を見つけて、発着ホームを指差した。全く英語が理解できなくて、彼女はどうやって生活しているのだろうと人事ながら気になった。
―――
 彼女別の記事でなんて書いてるか、知ってます?
http://news.livedoor.com/article/detail/2928555/
 道を聞いてもアメリカ人の返答が聞き取れず、何度も「エクスキューズ・ミー?」と聞き返し、遂には理解するのを諦めた経験がある。10年も日本で英語教育を受けた結果がこれで、悔しくて情けなくて涙まで出た。
―――
 自分も英語で苦労したことをすっかり忘れて、英語のできない中国人を蔑んでるんですよ。この中国人も米国に来たばかりでまだ英語に苦労しているだけなのかもしれないのにね!彼女と同じように英語が通じなくて悔しい思いをしているかもしれないのにね!
 一方で、英語がしゃべれると持ち上げているのはイタリア系米国人(米国で生まれ育ったんだったら英語ができて当たり前だ!)、家でイタリア語を話さなかったお母さんの話。それで、中西部の英語(「Howdy!」とかか?)が標準語だとかわけわかんないこと書いてるでしょ?要するに彼女が持ち上げているのは白人ですよ。
 この人、白人だけでかたまって住んで、有色人種を見下している、中西部の白人の考えを代弁しているだけです。日本人だって米国では有色人種で差別の対象になりうるのに滑稽なだけです。
 閑話休題。
 彼女の言うとおり米国ではラティーノの人口が急増した結果、スペイン語が事実上第二公用語になっています。たとえば、彼女の記事でも「90年代に入ると街のあちらこちらでスペイン語の広告や、英語と併記されたチラシを目にするようになり」と書いてあるでしょ。それ以外にも、食品や医薬品のラベルにスペイン語も併記される。役所に行くとスペイン語を話せる窓口担当がいる。会社の人事厚生課ではスペイン語で健康保険加入等の手続きができる。学校ではスペイン語が話せるコーディネーターが配置されていてラティーノの子ども達が学校になじめるように支援する、テレビにはスペイン語チャンネルがあり、子どもの教育番組の主人公がスペイン語を話す、学校でスペイン語の授業がある、などなどといったことです。こういう変化はヒスパニック人口が急増する中、私の目の前で起きました。
 これは、海驢さんが仰るとおり、「言葉が通じるからその国に移民が来る」というほど明確な因果関係ではなくて、むしろ鶏と卵の関係にあると思います。ヒスパニック人口が増大すると行政側はそれに対応せざるを得ないし、そうやって行政が対応してヒスパニックにとって便利になるともっとヒスパニックがやってくる、というような関係です。日本の場合、需要が出る前に英語を公用語にして移民推進の起爆剤にしよう、というのが私の趣旨なので、それとはだいぶ様が違いますが。
 でも、英語はすでに日本で第二公用語の扱いを受けていると思いますよ。新幹線に乗ると英語のアナウンスがあるし、役所や大学は英語のホームページも立ち上げてますよね。英語が公用語化されると、こういうことがあらゆるレベルで起きて、さまざまなサインに英語が併記されるようになることになります。
 それで、中西部のあほな白人とこの工藤記者に決定的に欠けているのは、米国は移民の国であって、アングロサクソン出身でない限り、どこから来た移民一世も英語で苦労した、という事実です。どの米国人にもご先祖様にはアングロサクソン以外の移民がいます。そのアングロサクソン以外の移民はいろいろと差別や苦労もありながら、英語ができなくとも受け入れてもらえたからこそ、その米国人は存在しているわけです。これはいつも共和党大統領候補のジョン・マケインが言うことです。英語ができない移民を暖かい目で見てやれよと、我々の祖先と同じ姿じゃないかと。
 日本人だって例外じゃないですよ。今でこそ研究者や企業の駐在員として、少しは英語教育を受けてからやってきますが、100年前には農業従事者として単純労働するためにやってきてたのですから。英語はさしてできなかったはずでしょう。ちなみに、今でも米国に何年住んでも英語が全くできない日本人なんてごろごろいますよ。日本人研究者や駐在員の配偶者は日本人だけでかたまってそれですべて済んじゃいますからね。工藤記者のいうヒスパニック・コミュニティと同じ。じゃあ、英語のできない日本人がいるから日本人は米国という国家に寄与していないのか。誰もそんなふうには思わないですよ。
 私の英語は流暢とはいえないのですが、子どもは全く自然な英語を話します。当地の学校に通っているから当たり前のことです。これはラティーノの子ども達にとっても同じことです。父母が英語が話せなくとも子ども達が公立学校に通う限り、英語は話せるようになります。日本でも同じです。日本の場合、教育は義務教育ですから、移民はその子孫を原則的に日本の学校に通わせなければならず、そうなれば日本語は必ず話せるようになります。言葉の問題はたったの一世代で解消するような一時的な問題なので、移民受け入れにとって根本的な障害ではないです。
 また、
≫日本語すら最近は中途半端になっているところに(所詮、他国の言葉である)英語を入れたりしたら、それこそ文化の質的低下を招き、移民を惹きつける魅力を減じるだけでしょう。≪(コラム#2795。海驢)
 これは疑わしい言説ではなかろうかと。まず、英語が日本文化の質的低下を招くかどうか、ということですよね。
 文明開化とか太平洋戦争の敗戦とか、英語はすでに日本文化にずいぶん浸透しているのであって、いまさら何を仰る、という感じがします。
 あと、英語が質的上昇を招くという可能性もありますよね。どういう意図で英語では「文字はローマからの借り物」と書かれるのかわからないのですが、そんなこと言ったら日本語の文字も中国からの借り物じゃないですか。漢字の流入は日本文化の質的低下をもたらしたのですか?
 さらに、日本文化の質など多くの移民にとってあまり重要ではないかと。
 日本文化に惹きつけられて日本に住むようになったという人はもちろんいますが、少数派なのでは。私が東京にいたときにはたくさんイラン人が住んでいたのですが、もちろん、彼らの中には日本文化に惹きつけられて住むようになった人もいるとは思いますが、大多数は要するに日本で手っ取り早く金儲けしたい!というような動機で日本に来ているのであって、あるいは、大日本帝国時代の日本には朝鮮半島から多数朝鮮人が渡ってきて、その子孫が今の在日と呼ばれる人たちですが、中には日本文化や当時のイデオロギーに惹きつけられた人もいたかとは思いますが、大多数は日本で一旗上げたい!というような動機であったのではなかろうかと。
 要するに移民する原動力は経済的な理由なのであって、文化の質がどうこうというのは違うかなと。もちろん、そういう経済的な理由の移民たちも日本の文化や安全な環境を堪能しているとは思いますが。
<太田>
 特別版、バグってハニー・コラムですねえ。
 移民受け入れ論を熱く語っていただいたことには敬意を表します。
<海驢>
 バグってハニーさん、
>海驢さん紹介の記事はあまりにもひどい誤解と偏見に満ちているので個別撃破の必要があると思いました。こんな人種憎悪を煽るような記事は英語で書いたとしたらそれこそFOXニュースでしか取り上げてもらえないですよ。
 そうでしたか、「移民増加で英語以外の話者が増加」という知識が先にあり、検索で引っ掛かった記事を紹介しておきながら内容をほとんど読んでいなかったので、それは失礼しました。
 しかし、本題は記事の内容・質ではなく「移民増加で英語以外の話者が増加」ということであって、これは事実ですよね?
>・・・英語はすでに日本で第二公用語の扱いを受けていると思いますよ。新幹線に乗ると英語のアナウンスがあるし、役所や大学は英語のホームページも立ち上げてますよね。>・・・父母が英語が話せなくとも子ども達が公立学校に通う限り、英語は話せるようになります。日本でも同じです。日本の場合、教育は義務教育ですから、移民はその子孫を原則的に日本の学校に通わせなければならず、そうなれば日本語は必ず話せるようになります。言葉の問題はたったの一世代で解消するような一時的な問題なので、移民受け入れにとって根本的な障害ではないです。
 つまり、日本において「英語第二公用語化」の必要性は低い、ということですね。
<親衛隊員>
 バグってハニーさんの所見について。
 英語を第2公用語化するという意見については様々な意見があるようですが、移民政策にからむ複雑な問題なので、それについては私個人の見解は述べません。
 ただ、ドイツ人が英語が出来るのはある意味当たり前です。英語とドイツ語は同じゲルマン語派の西ゲルマン語群に属するお仲間ですから、ドイツ人が英語を学ぶというのは、例えていえば九州人が東北弁を勉強するようなものです。
 日本人留学生の英語力が中国人留学生のそれとは比較にならないほど駄目とおっしゃってますが、そもそも中国語は基本文型(S+V、S+V+C、S+V+O等というあれです)の点で英語と共通している強みがあり、その意味で中国人は英語習得において日本人にくらべ圧倒的なアドバンテージがあるのです。
 100m走をするのに日本人のスタート位置が0mならドイツ人は70m地点から、中国人は50m地点から走り出すようなものと言ったらいいでしょうか。
 第2公用語化の議論もこのような言語学上の客観的事実を前提に進める必要があるでしょう。
 バグってハニーさんは何を専攻されていたのかは存じませんが、言語学上の観点が欠落しているように感じましたのであえて書きました。     
<海驢>
 –日本の政権交代について–
≫日本のこんな構造的腐敗をなくすには、私が口を酸っぱくして言っているように、明確かつ長期にわたる政権交代しかないのです。≪(コラム#2793。太田)
 当方、「構造的腐敗を解消するためには政権交代が必要」という上記の太田さんのご意見に賛成であり、19年ほど前に選挙権を得て以来、全ての国政選挙においてこの方針に則って投票してきました。
 次回総選挙では(種々の問題を抱えているとはいえ)民主党へ投票することになりそうですが、政権交代が実現した場合でも、それが「明確かつ長期にわたる政権交代」となり得るかどうかという点が気になります。
 ここで想起されるのは、第40回衆院選で自民党が過半数割れし、連立によって成立した細川内閣のことです。
 この内閣は細川首相の辞任により8ヶ月余りで羽田内閣へ交替し、その羽田内閣は連立の最大勢力であった社会党(当時、現・社民党)が首相の座をエサに釣られて宗旨替えしたため僅か2ヶ月で総辞職に追い込まれ、自社さ(自民・社会・さきがけ)連立政権が(総選挙を経ずに)成立し、1年も経たずに自民党が政権へ返り咲いたことを憶えておいでの方も多いと思います。
※参考:細川内閣
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B4%B0%E5%B7%9D%E5%86%85%E9%96%A3
※参考:羽田内閣
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%BE%BD%E7%94%B0%E5%86%85%E9%96%A3
 政権交代が短命に終わった要因は多々あるにせよ、寄合所帯故の政策不一致、経験不足による政権運営の困難さ、55年体制の恩恵を受けていた自民党・官僚・財界からの抵抗、などが大きかったのではないかと考えます。小沢氏(現・民主党党首)は当時、新生党・代表幹事として連立・組閣の中枢を担っておりましたが、仮に民主党政権が誕生した場合にも同じ問題に直面することが想定されます。
 また、小沢氏は政権奪取のための「数の論理」を十分承知のためか、民主党内には旧社民党を含めて政策が異なるグループを取り込んでおり、昨今は「媚中派」と批判されるような言動も行っていますが、それらが政権を得たときに現実的な政策(小沢氏本来の親米・新保守主義(宗旨替えの可能性は否定しませんが)政策?)に対する足枷にもなりそうです。
 「明確かつ長期にわたる政権交代」をもたらすためには、上記のような諸問題を解決する必要があると考えますが、どのような方策があるでしょうか?
 太田さん(余裕がある時にでも)、読者の皆さんのご意見をいただければ幸甚です。
<太田>
 小沢氏は、利益(カネ・権力・名誉)誘導の達人であるという点では、同じ2世議員でも安倍、福田や麻生の各氏に比べれば「取り柄」はあるものの、小泉氏のような指揮官としての資質に欠け、かといって岡田克也氏のような参謀としての知力にも欠ける(コラム#837参照)ことから、安倍、福田、麻生各氏同様、到底首相の器ではありません。
 その上、小沢氏は2世議員で本来カネがいらないくせに、野望が大き過ぎてダーティーだと来ています。
 先の大戦に勝利したとたん、労働党を選挙で勝たせてチャーチルを保守党、ひいては首相の座から引きずり下ろした英国民の叡智を民主党の議員達に見倣えと言っても、誰も猫の首に鈴をつけられないでしょうから、私が密かに期待しているのは、総選挙で勝利した後、小沢氏が、以上のような認識の下、民主党代表の座から自ら退き、資質・能力を備えた非自民党系の若手の後継者にバトンタッチすることです。
 私は、ほんの少しはその可能性があると信じています。
 そうしなければ、「明確かつ長期にわたる政権交代」は容易には実現できないでしょうね。
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太田述正コラム#2798(2008.9.18)
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