太田述正コラム#14892(2025.4.19)
<檀上寛『陸海の工作–明朝の興亡』を読む(その22)>(2025.7.15公開)
「けっきょく、知識を商売道具とする職業的知識人の登場は、一面では士身分の相対化をもたらすことになった。
営利重視の民間では科挙も選択肢の一つとなり、士よりも商人を重んじる気風すら出現する。
当時においては士でもあり商賈でもあることは、何ら不思議なことではなかった。
明末の社会の流動化と価値の多様化は、伝統的な士農工商<(注55)>の四民秩序の内実をも変質させていたのである。・・・
(注55)「士農工商とは<支那>の春秋戦国時代(諸子百家)における「民」の分類で、例えば『管子』匡君小匡には「士農工商四民者、国之石民也」と記されている。士とは周代から春秋期頃にかけてまでは都市国家社会の支配階層である族長・貴族階層を指していたが、やがて領域国家の成長に伴う都市国家秩序の解体とともに、新たな領域国家の統治に与る知識人や官吏などを指すように意味が変質した。この「士」階層に加えて農業・工業・商業の各職業を並べて「民全体」を意味する四字熟語になっていった。四民の順序は必ずしも一定せず、『荀子』では「農士工商」、『春秋穀梁伝』では「士商農工」の順に並べている。
なお、<支那>では伝統的に土地に基づかず利の集中をはかる「商・工」よりも土地に根ざし穀物を生み出す「農」が重視されてきた。商人や職人に自由に利潤追求を許せば、その経済力によって支配階級が脅かされ、農民が重労働である農業を嫌って商工に転身する事により穀物の生産が減少して飢饉が発生し、ひいては社会秩序が崩壊すると考えたのである。これを理論化したのが、孔子の儒教である。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A3%AB%E8%BE%B2%E5%B7%A5%E5%95%86
重税に喘ぐ農民は優免特権のある郷紳に土地を寄託して何とか徭役を免れようとしたし(詭寄<(注56)>(きき)という)、あるいはいっそのこと離農して土地を放棄し、郷紳等の有力者のもとに身を投じて奴僕となり(投靠<(注57)>(とうこう))、その庇護下に入ろうとした。
(注56)「詭名寄産の略。自己の所有地を他人名義に書き換えて偽り,その土地に課せられる税役の負担を免れようとする行為をいう。宋代から明・清時代に広くみられた現象で,特に宋から明にかけては,免役特権をもつ官戸や郷紳に自分の田地を寄託し,名義上の佃戸となって役を免れたり (詭名挟佃) ,逆に大地主がその田地を多くの戸に分散して税役を免れる (詭名挟戸) など,詭寄は・・・社会の弊害となっていた。」
https://kotobank.jp/word/%E8%A9%AD%E5%AF%84-50086
(注57)’ Go to the powerful and seek support.’
https://baike.baidu.com/item/%E6%8A%95%E9%9D%A0/8198525 Google翻訳で漢→英
現実に失望して多くの者が白蓮教に入信したのも、仲間との連帯に精神的充足を見出したからであった。
また大都市では同郷・同業の商工業者によって、会館・公所などの相互扶助や親睦のための施設がさかんに作られた。
宗族結合が進展するのも、当時の社会状況と無関係ではない。
宗族とは父系の同族集団のことで、明末には郷紳・紳士層の主導で族田などの共有財産を設置したり、宗法(宗族の規則)を制定するなど、華中・華南地域を中心に宗族の組織化が急激に進展した。
宗族内部では相互扶助を行う一方、祠堂(祖先を祀る建物)での祭祀や種々の親睦儀礼を通して儒教道徳が奨励され、身内同士の「親親(しんしん)(親(しん)を親しむ)」すなわち一族の結束が図られた。
この時期「郷約」が盛行するのも決して偶然ではない。
郷約とは郷党での道徳実践と相互扶助を目的とする規約ないしはそのための組織を指す。
もとは北宋の呂大鈞<(注58)>の「呂氏郷約」に始まり、のちに南宋の朱子が補訂し権威付けたことで大いに普及し<、>・・・約正、約副が主宰する毎月の集会で儒教道徳に基づく社会規範の習得と相互扶助が確認された。・・・」(165~166)
(注58)りょたいきん(1029~1080年)。
https://zh.wikipedia.org/zh-tw/%E5%91%82%E5%A4%A7%E9%88%9E
⇒檀上は、私の言う、一族郎党命主義の一族郎党発生を明末に求めていることになりそうですが、私は、緩治と一族郎党とはコインの両面であると考えており、その発生を、前漢期と見ているわけです。
南宋で興った白蓮教ならぬ後漢末に興った太平道が、それぞれ白蓮教の乱ならぬ黄巾の乱
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BB%84%E5%B7%BE%E3%81%AE%E4%B9%B1
を惹き起こしたことも想起してください。(太田)
(続く)