太田述正コラム#3391(2009.7.12)
<新疆ウイグル自治区での騒乱(続々)(その2)>(2009.8.12公開)
 「・・・既に何年間にもわたって、世界は男性から女性への静かだが記念碑的な権力の移行を目撃している。
 <今次経済不況の下、>米国での昨年11月以来の職の減少の80%以上は男性について起こっている。・・・
 欧州においてもおおむね同じような数字であり、(建設や重工業といった)伝統的に男性が多い経済部門が(公的部門雇用、医療、教育といった)伝統的に女性が多い経済部門よりもよりひどくかつ速く落ち込んだことによって、経済不況以前に比べて欧米合計だけで約700万人失業者が増えた。
 全体を見ると、2009年の終わりまでに、世界不況により、世界中で2,800万人もの男性が失業すると見込まれている。・・・
 ・・・早晩、米国では大卒者の数は女性3に対し男性2になるだろうし、残りの先進諸国でも同じような男女比の開きになっていくことだろう。・・・
 失業による金銭的ストレスは、女性にとってよりも男性にとってその精神的健康に大きな悪影響を及ぼす。・・・
 アイスランドの経済が自壊した時、同国の有権者達は、他の国ではかつて行われたことがないことを行った。
 すなわち、彼等は、単にこの危機が生じることを見過ごした男性ばかりのエリート達をお払い箱にしただけでなく、彼等の首相として世界で初めて公然とレスビアンであることを認めた指導者を選んだのだ。<(コラム#3071。#3181も参照のこと)>・・・
 そのすぐ後で、借金漬けの小国のリトアニアが同様の道を辿った。
 同国で初めて女性の大統領を選出したのだ。
 彼女は経験豊富なエコノミストであり、空手が黒帯のダリア・グリバウスカイテ(Dalia Grybauskaite)だ。
 当選した日、<首都>ヴィリニュスの最大手の新聞の大見出しは、「リトアニアは決定した。この国は一人の女性によって救われることになる」だった。・・・
 ・・・攻撃的でリスク追求的なふるまい、すなわちマッチョ(macho)の秘儀(cult)、は男性をして彼等の権力を固めることを可能にしてきたが、全球化した世界においては、これは破壊的であって維持不可能であることが既に証明されたのだ。
 実際、この大不況の最大の永続的な遺産はウォール街の死ではなかろう、と言ってもあながちおかしくはない。
 それは金融の死ではなかろう。またそれは資本主義の死でもなかろう。
 これらの観念や制度は生き続けるだろう。生き続けることができないのはマッチョなのだ。・・・
 大不況とニューディールは、<当時の米国において、>伝統的な男女の役割・・国が、男性の経済的権力を強固にするのと見返りに女性は経済的安全保障を約束する・・を再補強した。・・・
 ・・・<カネがないために結婚できなくて>孤独な、そして<カネがないことと愛が得られないことのやるせなさを紛らわせるために>痛飲する男性・・<彼等は自分達が>もはや歴史的に時代遅れとなったかのように感じ、マッチョという失われたアイデンティティーに恋い焦がれている・・の姿は、既に、世界中のポスト産業社会の荒廃した風景の中でありふれたものとなっている。・・・
 ・・・男性が市場労働に特化し女性が子供達の世話をするという古いタイプの結婚が衰退し、それが、両性が平等に市場における生産に貢献し、いかに消費し、いかに彼等の人生を生きるかについての共有の欲求に関する相互の摺り合わせを重視するところの、「消費」結婚が取って代わられつつある。・・・
 <このような背景の下で、退行的対応を行っている>例を二つあげれば、ロシアのKGB懐古主義者達と失われた名誉を追い求める<イスラムの>聖戦主義の新規メンバー達だ。・・・
 北米と西欧の男性は、大体において、いつも喜んでとは言えないかもしれないが、この新しい平等主義的秩序に適応している。
 これに対し、ロシアは言うに及ばず、東及び南アジアで勃興しつつある巨人諸国の男性達は、あまねく女性達を依然として暴虐なる国内での圧政の下に呻吟させているところ、一層極端な男女不平等<社会の構築>に向かって歩を進めるかもしれない。
 これらの社会では、国家権力が女性達の利益を増進させるために使われるのではなく、マッチョを生命維持装置につなぎ続けるために使われることだろう。・・・」
http://www.foreignpolicy.com/articles/2009/06/18/the_death_of_macho?print=yes&hidecomments=yes&page=full
 どうも、日本はどちらでもない道を歩んでいるように思われますが、とりあえずは深入りしません。
 その上で、中共についてです。
 「・・・中共・・・の5960億米ドルの経済刺激パッケージは、現在の米民主党が考案したところのものとは違って、<米国でかつての民主党が考案した>ニューディール型の公共事業に極めてよく似ている。
 米国の現在の景気刺激策のかなりの部分は医療と教育だが、中共の景気刺激策の90%以上は建設に投じられる。
 低所得者向け住宅、高速道路、鉄道、ダム、下水処理施設、電力網、空港、等々。・・・
 ・・・<中共では、>女性100に対し男性119の割合で生まれてくる。
 そしてこの国では、どんどん疎外されつつある若い男性達による暴力的抗議活動が何度となく起こっている。・・・
 <中共における、マッチョを生命維持装置につなぎ続けるための経済刺激パッケージ>が功を奏さなくなった暁には、中国共産党そのものが瓦解する可能性が大ありだ。・・・」(フォーリンポリシー誌上掲)
4 終わりに
 世界不況の下で、カネにも女性にも縁がない疎外された若い男性達が世界中で一番多数盤踞しているのが現在の中共です。
 胡錦涛がサミットから急遽帰国したのは、漢人によるウイグル人襲撃が、漢人と少数民族の対立の一層の激化をもたらす懼れがあったからそれを制止するため、であったことは間違いないですが、単にそれだけではなく、漢人ナショナリズムが制御不能になってそれが外国に向けられることがないようにするためでもあったでしょう。
 しかし、最大の理由は、疎外感に呻吟しているところの、漢人や少数民族の若い男性達の暴発の連鎖を何が何でも食い止めるためだったのではないでしょうか。
 マッチで火をつければもちろんですが、いつ自然発火して燃え上がって暴発しても不思議ではない若い男性達が山のように我々のすぐ近くにいるなんて、考えただけでぞっとしますね。
 新疆ウイグル自治区での騒乱のようなニュースに接した場合、判官贔屓的な受け止め方を我々はえてしてしがちですが、そんな気持ちはぐっと抑えて、日本の歴史に置き換えてみたり、現在の日本が抱える問題との関連をさぐってみたりといった、多角的かつ生産的な受け止め方をするよう心がけたいものです。
(完)