太田述正コラム#0099(2003.2.14)
<NLP騒動の行く手に横たわる大問題>

 1月末に突然、広島県沖美町が同町内の瀬戸内海最大の無人島にNLP(=Night Landing Practice。空母艦載機の夜間離発着訓練。空母のパイロットは夜間、昼間両方の環境で離発着訓練を行う必要があるが、夜間の方が難易度が高く、かつ騒音被害が大きいため、夜間訓練の方が論議の中心になる)用の2000m級滑走路を設置する計画を防衛施設庁との間で進めているという報道がなされました(例えば、http://www.mainichi.co.jp/news/selection/20030130k0000m040149000c.html。1月30日アクセス)。
 しかし、ご存じのように、この報道と同時に現地は大騒ぎになり、一週間もたたないうちに、周辺自治体や広島県知事の反対表明を受け、町議会が反対決議を行い、町長が辞任に追い込まれるというあっけない結末を迎えました
http://www.tokyo-np.co.jp/00/sei/20030203/eve_____sei_____002.shtml(2月3日アクセス)、http://www.sankei.co.jp/news/030205/0205sha143.htm(2月5日アクセス)等)。

 この話にはもともと無理がありました。
 第一に、米側から見て、この場所は艦載機の母基地である厚木から(硫黄島の1200kmに比べればはるかに近いが、)遠距離であり、もともとの米側の希望である厚木から160km以内という条件を満たしていない。(これでは、その日のうちに(家族の待つ)厚木へ帰還することは、深更となり、着陸時の騒音被害も大きいことから困難であり、現地・・岩国基地?・・に単身で宿泊せざるをえない。)
 第二に、日本の国家財政に余裕がなくなってきている現在、NLPだけのために大滑走路(飛行場)をつくるような贅沢は許されない。
 第三に、広島県は原爆被災地であり、かつ過疎地域でもなく、米軍のための大規模施設(しかも騒音を伴う)を設けることに対し強い反対運動が起こることは必至だった。
 からです。

 これで、またもやNLP問題は振り出しに戻ってしまいました。
 NLPが実施できなければ、米空母は日本を母港にはできません。
 ところが、日本に配備された初代のミッドウェーも、二代目の現在のキティーホークも、その艦載機が米側の希望する形でNLPを実施することができないまま時間だけが経過してきています。日本政府がこの問題の解決に真剣に取り組んでこなかったからです。(そのため、いかに米海軍にフラストレーションがたまっているかについて、拙著「防衛庁再生宣言」(日本評論社2001年)14-19頁を参照。)

 しかし、いまやはるかに深刻な問題が日本政府につきつけられています。原子力空母の日本配備問題です。
 ご説明しましょう。
現在、対イラク戦用に中東海域に派遣されている空母コンステレーションは艦歴41年で米海軍の全艦艇の中で二番目に古く、今回の派遣が最後のお勤めとなることが決まっています。
米海軍の一番古い艦艇はご存じですか。日本の横須賀を母港とするキティーホークです。キティーホークはコンステレーションより半年前に就役しています。ですから、コンステレーションより先にキティーホークが退役しても不思議はないのであって、早晩キティーホークの退役、後継艦の日本配備(或いは米空母の日本撤退)ということになるでしょう。
他方、米海軍は現在12隻の空母を保有しており、うち9隻が原子力空母であり、在来型空母は3隻だけで、コンステレーションとキティーホークのほか、ジョン・F・ケネディ一隻しかありません。また、米国には在来型空母を建造する計画はありません。
しかも、ジョン・F・ケネディは艦歴こそ34年ですが、既に予備役に組み入れられています。
(以上、http://www.latimes.com/news/nationworld/world/la-fg-connie9feb09001509,1,3447038.story?coll=la%2Dheadlines%2Dworld(2月10日アクセス)及びThe Military Balance 2002/2003, IISS による。)
従って、キティーホークの後継艦は原子力空母ということにならざるをえず、しかもその交代の時期は目前に迫っているのです。
問題は、果たして原子力空母を横須賀に配備できるかということです。
仮にその空母が横須賀に停泊中、或いは東京湾を航行中、搭載原子炉がらみの事故が起こったとき、周囲を陸地に囲まれた東京湾内では核汚染物質が水中では速やかに拡散しませんし、空中では偏西風に乗って房総半島を直撃します。しかも東京湾周辺は人口密集地です。
これまで横須賀に米国の原子力潜水艦等が入ったことは何度かありますが、母港ということになると東京湾内での滞在日数がまるで違います。
しかも、これからは米空母がテロの対象になることも考えなければなりません。

お断りしておきますが、私は在沖米海兵隊撤退論者ではあります(前掲拙著参照)が、米空母、すなわち米第七艦隊の日本前方展開態勢は是非とも維持してもらいたいと考えています。
その私ですら原子力空母の横須賀配備には重大な懸念を表明せざるをえません。
ということは、おそらく首都圏全域で大規模な反対運動が起こり、原子力空母の配備はできないでしょう。それに仮に配備できたとしてもNLP問題は解決しません。

それではどうするか。
日本列島東岸の外海に面した過疎地で、空母及びその随伴艦数隻からなる軍用大型艦艇部隊の母港(居住・修理・補給機能等が必要)に適する港を探すか新たに港を建設するしかありません。しかも、その比較的近傍に空母艦載機の基地となり、かつそこでNLPを実施できる飛行場が存在するか新たに建設できるようなところでなければなりません。その飛行場が、民間ないし自衛隊、或いは米空軍等と共用できればなお良いでしょう。これで厚木基地の騒音問題やNLP問題も一挙に解決です。
そんな場所があるのかですって?
日本は、決して狭くありません。私が仙台防衛施設局長をやっていたとき、管内の東北地方で適地を探してみたところ、すぐ一カ所見つかりました。内々そこの首長さんとも話をしていい感触を得ています。ということは、全国で探せば同様の適地は数カ所はあるだろうということです。
結局のところ、NLP問題にしても、このより大きな問題にしても、その解決は政府がどれだけ真剣に取り組もうとするかにかかっているというのが私の結論です。
しかし、1月14日付の読売新聞が、米国政府が日本政府に対してキティーホークの後継の原子力空母の日本配備を要請し、日本政府がこれに同意したと報じたところ、外務省はこの報道を全面的に否定してのけました(Jane’s Defence Weekly 22 Jan. 2003 PP12。Janeの記事は、キティーホークの退役が2008年としている)。
どうやら、政府に期待するだけ無駄のようですね。

<掲示板より・・コラム#99をめぐって>
<質問>
NLPを太平洋上の廃船(キティフォークの退役後、装備等を撤去後の船の甲板を利>用)でやれないのかな? 前からの疑問なのですが。素人の。

<回答>
廃船の利用ではなく、メガフロートの利用については、1980年頃から既に防衛庁内でアイディアが出ていました。

しかし、ネックは費用なのです。
メガフロートは巨大な、しかも単純な形の船の胴体だけ、といった代物ですからこれをつくる費用も大したことはない。
外海にメガフロートをつなぎ合わせた「滑走路」を浮かべて上下方向にだけ動くように固定する。そしてその周辺の漁場の補償費を払う。
ここまではそれほど費用はかかりません。

しかし、この「滑走路」を取り囲むように防波堤を設けなければ、大型台風でもくればひとたまりもありません。
この防波堤構築経費がかさむのです。
そんなことをするくらいなら、埋め立て方式で滑走路をつくった方が安上がりなのです。
そしてそれよりも、陸地に(たとえ山を削ってでも)滑走路を造った方が更に安くできます。

結局、地道に日本列島の陸地上で場所を探すのがベストだ、ということになります。

この議論の「メガフロート「滑走路」」を「廃船となった装備撤去後の空母甲板」に置き換えた場合、若干費用は安くなるかもしれませんが、基本的に結論は変わりません。
それより、致命的な問題は、空母の甲板の長さでは固定滑走路としては短すぎるということです。
NLPでは2000mの滑走路が必要ですが、空母の長さは(正確には忘れましたが)2kmもあるわけがない。(そもそもどうして長さ2kmの空母を作らないのかですって?経済性とか、小回りが利かず、利用できる港が制限される等の理由からです。)
その空母でなぜ重装備の戦闘機が離発着できるか。
離陸の時はカタパルトで打ち出し、着陸の時は機体後部下のフックを制動綱に引っかけるからです。
(着陸の際、降下角度や降下方向がずれており、或いはフックに引っかけ損ねた場合に、最高出力に戻して急上昇して空母への衝突を避けるための訓練がNLPです。)
これに加えて、離着陸時に空母が風の向きと逆方向に全速力で走るからです。
だから、「廃船」後の空母をNLP用に使おうと思ったら、航走能力は「廃船」以前と同じでなければならないことになります。
それなら、そもそも「廃船」にする必要はないということになるのでは。
(いずれにせよ、その場合、わざわざ装備を撤去する意味はなさそうですね。)
蛇足ながら、日本がこの「廃船」空母を買い取って米海軍のNLP用に運用するとなると、日本がれっきとした空母を保有したことになり、政府の憲法解釈に抵触することになりそうです。

<再質問>
NLPは、空母への着艦訓練が主だからなにも滑走路は必要なく、廃船(=退役した)の空母を使えばそのまま実地訓練になるのでは。"装備を外して"の意味は、軍事力を持たないということで日本も保有の説明がつかなくもないということです。
むしろ米軍が持てば通常の訓練そのものではないでしょうか。
それとも、そもそもこの認識が間違っていて、これでは実戦と同じで危険でしようがなく、訓練にはならないということでしょうか。

<再回答>
私の書き方がまずく、誤解をあたえて申し訳ありません。

NLPは着陸寸前あるいは着陸直後に出力を最大にして急上昇する訓練ですから、失敗した時にはそのまま滑走するか再び着陸して停止できなければなりません。
航空機は、離陸時に比べ、着陸時には更に長い滑走路が必要であり、だからこそ、NLPには2000m級滑走路が求められるのです。
空母或いは空母クラスの長さの滑走路ではNLPはできない、ということを是非ご理解ください。