太田述正コラム#0126(2003.6.13)
<拙著「防衛庁再生宣言」への二つの補足(その2)>

 (前回のコラム(#125。2003.6.9)と朝日新聞の天声人語(2003.6.11)が酷似していて朝日によるパクリではないかという指摘がある読者からありました。同じニューヨークタイムズの記事に言及し、その記事をやんわり批判した上で、話を発展させるという構成の点で両者は確かに似ています。しかし、発展させた部分が私はアングロサクソン論を中心とした文明論であるのに対し、朝日の方は文明論には深入りせず、「日本資本主義の父」渋沢栄一を紹介している点では違っています。)

 拙著「防衛庁再生宣言」では、「我々は・・強兵から富国へというベクトルが存在することを忘れがちである。」(174頁)と指摘し、様々な事例をあげたところですが、最近の事例をもう少しあげておきましょう。
 
 第一に科学技術面では、超広域通信(UWB=Ultrawide Band)技術です。
 インターネットはもとより、GPS(全地球測位システム)やCDMA(第三世代携帯電話)と次々にグローバルなインパクトを持つ革新技術を生み出してきた米国防総省ですが、最近話題を呼んでいるのが、やはり米国防総省に由来するUWBです。
UWBは、CDMA等と同様にデジタル信号を拡散符号によって広い帯域に拡散させて送信し、受信側で同じ拡散符号でデジタル信号を復元する「スペクトル拡散通信方式」を用いており、同じ拡散符号でないと元の信号が復元できず(http://www.zdnet.co.jp/news/0212/09/nj00_crl_uwb.html。6月12日アクセス)、かつ弱い電波を用いるため、機密性を確保できることから、スパイ衛星や偵察機のレーダーに使用されてきました(「選択」2003年6月号 127頁)。また、UWBを使えば壁の向こうの動きなども探知できると言われています(http://www.zdnet.co.jp/mobile/0204/18/n_uwb.html。6月12日アクセス)。
この技術を、(ブルートゥースの後継として)近距離での超高速かつ低コストの民生用無線通信に転用しようという動きが最近米国で高まっています。
米連邦通信委員会(FCC)はUWBに言及しつつ、米国が21世紀も引き続き世界の通信技術をリードする姿勢を明らかにしましたし、米インテル社はパソコンのCPUにUWBを標準搭載し、日本メーカーが最後の牙城とする家電や通信機器用の半導体分野も席巻しようという戦略を推進しているといいます。(前掲「選択」126??127頁)

これに対し日本では、戦後軍事を放擲した結果、防衛庁が新技術創造センターとしての役割を全く果たしていないこともあって、独自の画期的新技術を生み出した事例は渺々たるものです。
かつてのような、米国等の企業から気前良く新技術の供与を受け、国産技術の開発にも目くじらを立てられなかった時代は過ぎ去り、このところ、国産OSのトロンの普及や国産戦闘機FSXの開発等を米国に妨害され挫折させられただけでなく、せっかくインターネットやCDMA、更にはADSL等の米国発の画期的新技術を導入する機会を与えられても、その都度依然閉ざされた癒着関係にある政府・国内系メーカーら「抵抗勢力」による遅滞作戦が行われ、日本が得意としてきた新技術の製品化の面でも米国等の企業の後塵を拝する始末です。
UWBの導入についても同様の結果になるおそれがあると言われています。(前掲「選択」129頁)
日本において新技術の製品化の騎手をつとめ、(数こそ少ないものの)画期的新技術の創造にも成功してきたソニーから、このところ新製品でヒットが出ておらず、株価も低迷していることが現在の日本の闇の深さを物語っています。
例えばソニーは先日、デジタル家電では商品差別化が困難でありかつ低価格化が進み過ぎているとし、価格を気にせず高技術を追求することによって購入者に感動を与える、という触れ込みのクオリア(QUALIA)ブランドのTVモニターやデジカメ等を鳴り物入りで発表し、受注を開始しました(http://ne.nikkeibp.co.jp/d-ce/2003/06/1000018806.html。6月10日アクセス)。
しかし、事情通の目から見れば、床にじかに置くことを想定するモニターは20年も前に製品化を検討していたものの焼き直しだし、210万画素のデジタル・カメラで38万円という値段は高すぎ、300万??500万画素クラスの撮像素子が搭載できるようになるまで待つべきだった、といった批判を浴びています(http://ne.nikkeibp.co.jp/d-ce/2003/06/1000018821.html。6月10日アクセス)。
しかし、これはソニーの問題というよりは、軍事向けに比べて本来的にニーズが限定的で要求性能も低い一般消費者向けの商品(生産財を含む)しかつくろうとしてこなかった戦後日本が直面している構造的問題であると認識した方がよさそうです。

第二に経営管理面では、競合情報(CI=Competitive Intelligence)の概念です。
CIとは何でしょうか。日本競合情報専門家協会のサイト(http://www.scip-j.or.jp/。6月12日アクセス)に掲げられた説明をすっきり書き直すと次の通りです。

「CI・・とは、・・企業が長期的に成長していくために・・自社の強みと弱みを客観的に理解し<た上で、>競合他社や業界全体の動き・・<すなわち>競争環境・・について、・・情報<(Information)>の海の中から・・組織的な情報収集、並びに情報分析を通じて・・戦略的意志決定<者>に・・価値のある・・情報<(=有益情報=Intelligence=諜報)>を提供していくプロセスです。
 CIの目的<は>・・<有益>情報を基に<戦略的>意志決定を行い成功を収める、或いは未然に危険を察知するとともに<自社の有益>情報を保全することにより、意図せざる損失を回避する・・こと・・です。
 ・・具体的には、・・自社と<競合>他社の客観的な比較、評価を<行って>自社の強みと弱みを認識し<た上で、>市場の動向、競合他社の動向、新規参入企業、他社の成功・失敗事例、M&Aターゲット、新技術、新製品、政治・法律等の変化と影響などについての情報を収集<・分析し、>これら<に関わる有益>情報<を戦略的>意志決定<者に提供することによって、>企業の計画・戦略の策定、マーケティング、R&D、投資戦術、価格設定、M&A、リストラ等の<戦略的>意志決定を・・サポート・・<し>ます。」

問題は、このサイトで述べられているように、「・・CIの発想は、・・CIAなどの諜報活動のプロが「情報収集技術を民間の経済活動に活用できないか?」というところから生まれた」にもかかわらず、日本では政府が戦後まともに諜報活動を行って来ず、ために政府において情報収集技術や人材が育っておらず、民間企業に情報収集に関わる技術や人材の供給もできなかったことから、政府も民間企業もおしなべてCIが極めて発育不全の状態にあることです。
もっとも、CI最先進国である米国と英国においてすら、イラクが大量破壊兵器を保持しているか否かをめぐって、戦略的意思決定者(それぞれ、米ブッシュ政権と英ブレア首相)の意向によって情報の収集・分析がねじまげられた可能性がとりざたされているところを見ると、有益情報の提供と一口に言っても、それがいかに困難なものであるかが分かります。
かえりみて、日本のCIの「遅れ」にますます焦燥感を抱くのは私一人ではないと思います。
 (CIについて、もっと詳しく知りたい方は、北岡元「インテリジェンス入門――利益を実現する知識の創造」(慶應義塾大学出版会2003年4月)や米国競合情報専門家協会のサイト(http://www.scip.org/)を参照してください。)

(私のホームページ(http://www.ohtan.net)の掲示板に私の講演会のお知らせを掲げてあります。)