太田述正コラム#5822(2012.11.3)
<フォーリン・アフェアーズ抄(その6)>(2013.2.18公開)
・ミハイル・ドミトリエフ&ダニエル・トレーズマン「変ぼうしたロシア社会と「ロシアの春」?–都市と地方の不満が一体化すれば」(2012No.10より)
 「Mikhail Dmitriev<は、>戦略研究所(モスクワ)所長。ロシア経済開発貿易省第1次官(2000~04年)、労働社会開発省第1次官(1997~98年)、連邦議員(1990~93年)を歴任。
 Daniel Treisman<は、>カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)教授(政治学)。著書に『回帰–ゴルバチョフからメドベージュフにいたるロシアの旅』。」(43)
 「2012年3~5月に、ロシア全土16地域で62の討論グループを組織し、対話形式の調査を行った・・・結果はおどろくべきものだった。たしかにモスクワとサンクトペテルブルグ以外の地方で暮らす人々は、騒がしい街頭デモや抽象的なスローガンには興味を示さなかったが、彼らも、「現在の政治システムは絶望的に腐敗しており、基本的な行政サービスを提供することさえできない」と考えている。到底、現状に満足などしていない。プーチンを支持する声は小さくなる一方で、今度大きな経済危機が起きれば、地方の民衆も大規模な抗議っ行動に参加するかもしれない。
 大都市と地方では人々の関心も文化も違うが、自由と民主主義の拡大を求める都市部の活動家の声と、警察官に規律を、医療機関にもっとまともな診療を求める地方住民の声は同じ方向に向けられている。・・・ロシアの民主活動家の課題は、二つの不満と変化への希求をひとつにまとめあげることだ。一方、クレムリンにとっては、それを阻止することが最重要課題だろう。・・・
 行政サービスの破綻はあまりにも明白だ。ロシアの1人あたりの医師の数はアメリカの2倍、病院のベッド数は3倍なのに、乳児死亡率は40%も高い。ロシアの中等教育では教師1人あたりの生徒数は8人(アメリカは14人)だが、<ある>世論調査では、「自分の子供や孫は適切な教育を受けられる」と考えているのは3分の1未満で、半分は「無理だろう」と諦めている。・・・
 人口1億4300万人の<うち、>・・・3900万人の年金生活者と、1800万人の退役軍人、障害者、その他の社会保障の受給者を抱える国で、福祉国家としての機能を求める声が大きいのは驚きではない。だが衝撃的なのは、いかに関係省庁に十分な予算が配分されても、医療や教育などの行政サービスがよくなるとは市民たちが考えていないことだ。要するに、人々は政治家や役人対する強い不信感を抱いている。・・・
 とはいえ、ロシア人がポピュリズムを完全に否定したわけではなく、討論グループのメンバーたちは、軍備増強に向けた国防予算の拡大をどちらかと言えば支持している。欧米に対する疑念では、彼らもプーチンの立場に同調している。それでも「愛国主義者や左翼活動家は許せない」という態度がみられることは、ロシア人の価値観が大きく変化していることを物語っている。」(33~35、38、42)
→ロシアの現状がよく分かるので引用しました。
 米国の医療も、先進国の中では極めてコスト・パーフォーマンスが悪いことで有名ですが、ロシアのそれは、けた違いに悪いようですね。ソ連時代の欠陥をそのまま引きずっている、ということなのでしょう。
 その他、教育を含め、ロシアのあらゆる行政サービスの劣悪さが推し量れます。
 ポピュリズムというか、ナショナリズムが「健全化」しつつあるらしいのは結構なことですが・・。(太田)
 「ロシア人の価値観が大きく変化したのは、1991年以降、今回で3度目だ。第1の変化はソビエト崩壊後、欧米の民主主義と市場への期待が大きく高まったとき。第2の変化は、改革で混乱した1990年代で、中央集権やヒエラルキー、そして政府による管理を期待する揺れ戻しが起きた。・・・
 エリツィンを引き継いだプーチンは、オーソドックスなマクロ経済の管理と地方へのばらまきという現実に折り合いをつける必要があった。いわゆるメドベージェフとプーチンの双頭体制が考案された背景には、役割分担によって二つのロシアに橋を架ける意図があった。iPhoneを片手に動き回るメドベージェフがリベラルな改革派の心をつかみ、プーチンは泥臭い発言で欧米を愚弄し、シベリアで国産車ラーダを運転したり、上半身裸で馬に乗ったりと、マッチョなジェスチャーで地方を取り込もうとした。・・・
 そして腐敗まみれでまともに機能しないプーチンのトップダウン式のやり方に対する失望感が広がった現在、ロシアは再びより開放的で、より穏やかなリーダーシップを求めている。・・・
 こうした世論の変化は、経済の成長に後押しされている。グローバル金融危機前の10年間で、ロシアの実質世帯収入は140%上昇している。所得の月平均はすでに1000ドルを超え、所得レベルの上昇というトレンドはロシア全土に広がっている。・・・
 この価値観の変化が本物なら、それで、最近のロシア世論を動かしている変化を説明できるかもしれない。ロシアでは過去20年間のほとんどの間、大統領支持率の変動は、市民の経済情勢認識と一致していた。ところが2011年1月以降、この二つが別の方向を示し始めた。経済的な評価がほぼ横ばいをたどっているにもかかわらず、プーチンとメドベージェフに対する支持率は大幅に低下している。」(37~40)
→「グローバル金融危機」後のロシアの現状を知りたかったところです。
 また、その時点までのロシアの高度成長は、もっぱら石油や天然ガス高騰の棚ぼたであるとされているところ、そのことを含めた背景を説明していないのは残念です。
 また、新生ロシア誕生以来、人口の減少と平均寿命の下落が続いている、という深刻な事実への言及がなかったことにも不満が残ります。(太田)
(続く)