太田述正コラム#6094(2013.3.19)
<映画評論37:ゼロ・ダーク・サーティ(その5)>(2013.7.4公開)
以上は、事実上、米国の占領下にあったイラクでの拷問の話ですが、特別移送(Extraordinary rendition)(注5)・・・・の際に、米国が関与して他国が行った拷問については、比較的良く知られています。
 (注5)「裁判にかけられていない刑事被疑者を米国以外の国に尋問ないし投獄のために送ること。」
http://ejje.weblio.jp/content/Extraordinary+rendition
 「米CIAは、「特別移送」として知られるところの、テロリスト容疑者に係る全球的逮捕・収監作戦を展開している。
 それは、ジョージ・W・ブッシュ政権の下で9.11の攻撃の後に発展させられた。
 2001年から2005年の間、CIAの職員達は、推定150人を捕まえ彼らを世界中に向けて輸送した。
 このブッシュ政権の下で、移送された人々は受け入れ国で拷問を受けたと報じられている。
 ジャーナリスト達、市民権や憲法上の権利グループ、及び元拘留者達は、米国および英国の政権の黙認ないし協力とともにこれが行われたと示唆してきた。・・・
 <一人の>元CIA公式職員兼工作員(case officer)によれば、「もし厳しい尋問がお望みなら、ヨルダンに送り、拷問がお望みならシリアに送り、消えること・・二度とお目にかからないこと・・をお望みならエジプトに送る」のだという。」
 (話半分だとしても、その後、元CIA公式職員兼工作員の言の中に登場する、ヨルダンは体制危機に直面しており、シリアは内戦の真っただ中であり、エジプトでは体制変革がなされたことを考えるまでもなく、まことに「立派」な国ばかりに特別移送をしたものだ、という感を深くします。)
 また、EU加盟国を含む諸外国にCIAの容疑者拘置所(Black site)が設置され、移送までの間、米国が捕えたテロリスト容疑者を拘置しましたが、そこでCIAが拷問を伴う尋問を行っていた疑惑も取り沙汰されています。
 そして、本件については、米国の各層による協力が行われてきたのです。
 特別移送者の空輸にはボーイング社が関わっていましたし、本件について、訴えても米国の裁判所は審理を途中で打ち切ってしまいますし、米国のジャーナリズムも及び腰の報道しか行ってきていません。
http://en.wikipedia.org/wiki/Extraordinary_rendition
 英国は、かつて、大逆罪容疑者等に対して、通常の刑事被告人に対しては認められなかったところの、拷問を行っていた(コラム#6018)わけですが、以上を踏まえれば、この伝統をできそこないのアングロサクソンたる米国も、また、純正アングロサクソンたるイギリス(英国)も、現在なお堅持していて、両国とも、国家安全保障に関わる事案においては拷問を行うことを当然視している、と解してよさそうです。
 してみれば、ビンラディン探索の過程でも、いや、テロリストの元締めたるビンラディンであるからして当然、CIAやCIAの委託を受けた諸国によって拷問を伴う取り調べが行われたはずです。
 この場合、拷問なかりせば、ビンラディンの居場所を突き止めることができなかったかどうかなど、本質的なことではありません。
 「論議を呼ぶ拷問に関しても、それが事実の一部だったので、入れないわけにはいかなかった。「人間としては、目をつぶりたくなるような光景だったが、映画監督としては出来事をありのまま伝える責任があると感じた」とビグロー監督は語る。」(この映画のパンフレット)
 こう語ったビグロー監督の言う通りです。(注6)
 (注6)参考:「アメリカとしては虐待・・・<も>拷問も、建前としては全面的に禁止している。・・・<しかし、>諜報活動の最前線では、「暗黙の了解」として、拷問がア粉われるのは茶飯事だという。
 しかしその方法は、原始的で野蛮な殴る蹴るといった肉体的苦痛を与え、しかも拷問の証拠となる傷跡が残るようなものではない。作中で描かれていた「水責め」や「箱詰め」のように、外見上の傷跡こそ残らないが肉体的、精神的に相手をとことん参らせる手法と、急に優しく接することで張り詰め切っていた相手の精神を崩壊させるという、科学的医学的見地から、肉体的苦痛を与えるよりもはるかに効果的な拷問手法が用いられる。」(白石光)(この映画のパンフレット)
 この映画の主演女優のジェシカ・チャスティン(Jessica Chastain)は、「最初、拷問を正視できなかった<主人公の>マヤは、仲間を殺されたりするうちに、自分でも拷問に加担するようになります。この映画は拷問を正当化している、という批判もありますが。」と聞かれて、「それは的外れだわ。アンマルは拷問されている間は『俺は知らない』と叫ぶだけで、決して重要な事実を白状してはいないの。でも、ビンラディンの連絡係の名前を言うのは、食事を出されて、人間として正当な扱いを受けている時なのよ。」(この映画のパンフレット)と語っているが、彼女は、上記のような「近代的」拷問の実態を知らないのか、それとも?
 よって、結論ですが、アリソンやサウファンは、盲目的に米国政府を庇おうとしている、と勘繰られても仕方ない、と私は思います。
 サウファンはともかく、輝かしい学術的業績を残したことになっている、ハーヴァード大教授のアリソンが、こんなことでは困ったものです。
(続く)