太田述正コラム#6154(2013.4.18)
<米国の地勢と対外政策>(2013.8.3公開)
1 始めに
 表記に関する、アーロン・デーヴィッド・ミラー(Aaron David Miller)の論考
http://www.foreignpolicy.com/articles/2013/04/16/how_geography_explains_united_states
のさわりをご紹介し、私のコメントを付けたいと思います。
 なお、ミラーは、1949年生まれのユダヤ系米国人で、ミシガン大学卒、同大修士、博士。1988年から2003年にかけて、6人の米国務長官のアラブ・イスラエル交渉に係る顧問を務め、現在、「学者達のためのウッドロー・ウィルソン国際センター(Woodrow Wilson International Center for Scholars)」の公共政策に係る学者をしている人物です。
http://en.wikipedia.org/wiki/Aaron_David_Miller
2 米国の地勢と対外政策
 「・・・米国は、その北と南に捕食性の隣国を持たず、その東と西に魚がいる、世界史上、唯一の大国だ。・・・
→とんでもない。本国に限定すれば、米国ほどではなくても、島国の大英帝国や日本帝国も周りには捕食的勢力は存在しませんでした。
 逆に米国には、北に、20世紀の戦間期に至るまで、長大な国境線を挟んで、大英帝国の自治領たる「仇敵」カナダが存在しました。
 ミラーは、ユダヤ系でエルサレム在住経験もある(ウィキペディア上掲)ことから、イスラエルのような、周りが敵ばかりという国を標準に物事を考えがちなのではないでしょうか。(太田)
 <このことが、>米国に、空前の高い安全保障度、国際関係における過ちへの大きな許容性、そして、おおむね無拘束の発展という贅沢、を与えてきた。・・・
→この3つのうち、1つ目と3つ目は米英日に共通しているというのに、米国だけが2つ目の過ちを犯した頻度が多いことをむしろ問題にすべきでしょう。
 そもそも、米国の場合、冒した過ちがこれまで致命的な結果をもたらさなかったのは、僥倖が繰り返されただけだったのかもしれませんよ。(太田)
 米国の地理的立場が世界の中でかくも独特であることから、この国は、しばしば非現実的で、矛盾に満ちた世界観を抱き、現在に至っている。・・・
→英国や日本帝国時代の日本がそうではなかった以上、どうして米国だけがそうであるのかが問題なのです。(太田)
 
 「<様々な宗教を信じる、様々な民族の坩堝であるがゆえに、>旧世界の宗教的・民族的諸紛争から解放されている米国は、イデオロギーの重荷から相対的に開放された世界大国として出現した。
 新世界において、米国人達は、個人の中心性と権利や自由の保護に立脚した信条(creed)を創造した。・・・
 二つの巨大な大洋によって提供された顕著なる安全保障の糊代(margin)によって、米国の成功はつくられ、恒常的な外部からの脅威や危機からおおむね解放された形で自分達の連合(union)のために働く時間と空間を米国人達は許容された。
 他の諸国は、これほど幸運ではなかった。
 例えば、イスラエルが成文憲法を持っていないことを観察するのは魅惑的だ。
 その代わり、同国は、時と共に生成したところの、一連の「基本諸法」を持つ。
 どうしてか?
 イスラエル人達は、自分達の独立を保持するために闘争しながら、核心的諸論点について議論をすることが分裂をもたらしうる以上、そんなものに時間を費やし危険を冒すことはできなかったのだ。・・・
→ここでも、ミラーは、やはり成文憲法を持っていないところの、イギリスを完全に見落としまったが故の謬論を展開してしまっています。
 結果的に憲法を持つ国が圧倒的に多くなってしまっているけれど、米国において世界最初の(成文)憲法がつくられたことがそもそも異常だったのではないか、というような(私の)発想など、ここからは出てこようはずがありません。(太田)
 米国の政治制度が、奴隷制の問題を南北戦争なしには解決できなかったにもかかわらず、米国は、この戦争を通じて何とか統合された国家として生き残ることができた。
 米国の<地理的>位置(location)はこのことと大いに関係があるのだ。・・・
 米国人達は、理性的対話、議論、そして妥協が米国にとって良かったが故に、その他の世界もそれに倣うべきだと信じているように見える。
 米国沿岸のはるかかなたに米国人達がその影響を及ぼすようになると、このような修繕すればいい的心理・・・<ないし>プラグマティズム・・・が米国の外交に影響を与えるのは不可避だった。・・・
→このような意味でのプラグマティズムは、米国の専売特許でも何でもなく、イギリス社会由来のものであって、アングロサクソン文明の主要属性の一つです。(太田)
 米国人達の、物事は解決できるとの信念(belief in solutions)は可愛くもありうぶでもある(endearing and naive)。・・・
 米国の諸環境の贅沢さ・・とりわけ、その物理的安全と世界の民族的部族的争い事からの切り離し・・は、米国人達に自分達の未来についての楽観的見方を与えてきた。
 そして、これは、全球を股にかけて良いことをしようとする米外交政策の足かせとなってきた(has produced a strain)。・・・
→以前(コラム#6065で)、「当時、帆船で大西洋を渡るだけでも危険・・海賊、狭く不衛生で栄養バランスの悪い船内での感染、難破・・だった上、無事渡ったって、伝染病、インディアン、飢餓と戦って生き延びるのは容易なことじゃなかった。これをものともせずに渡っただけでも、連中、フツーじゃなかったんだわ。」と記したところですが、これは、彼らが、異常なほど、リスク選好度が高かったこと、換言すれば、楽観主義者だったこと、を意味しています。
 ミラーの結論は正しいけれど、理由付けは間違っています。(太田)
 米国のナショナリズムは、民族的にではなく、政治的に定義された。
 皮膚の色、信条、或いは宗教に関わらず、誰でも米国人になることができた。・・・
 ・・・余りにもしばしば、このことが、米国人をして、世界を、その本当の姿ではなく、自分達の枠組み(terms)で見ることに導いた。
→故郷を捨てた者、或いはそのような者の子孫なるが故に、故郷にとどまった人々の心情が分からない、という言い方を私はしてきたところですが、そのように考えるからこそ、米国人は「自分達の枠組み」で外国を見るというよりも、私は、端的に、米国人は外国が分からない、と喝破してきたわけです。(太田)
 米国の最近の外交政策の失敗談群(misadventures)を見てみよ。
 侵攻後のイラクが、スンニ派、シーア派、そしてクルド人が、どうにかこうにかして、未来を見つめて新しい国(nation)を作るだろうとの米国人達の誤った信条(belief)は、この傾向を反映したものだ。
 アラブの春についても同じ物語があてはまる。・・・
→ここは基本的に同意です。(太田)
 強力でかつ攻撃を受ける脅威から相対的に解放されているということは、米国人達がその他の世界が考えていることを余り顧慮する必要がないことを意味する。
→前段に関して同じであった大英帝国においては、英国人達はその他の世界が考えていることを十二分に顧慮したことを踏まえれば、ミラーの言っていることはナンセンスです。(太田)
 それまでの諸大国同様、米国はこの特権を十全に活用してきた。
 すなわち、米国は、人権のために戦う一方で、独裁者たちを支援してきたし、国連と国際法の支持を口にする一方で、米国の国益が求める場合はこの双方を蔑ろにしてきた。
 米国の、中東における最近のふるまいは事例研究<の対象>たりうる。
 米国は、エジプトで改革を奨励する一方で、バーレーンでの政治的騒擾についてはおおむね無視したし、エジプトで女性の権利を強調する一方で、サウディアラビアではそうしなかったし、リビアでは介入したけれどシリアではしていない。・・・
 彼らは、ある時期・・例えば、第一次世界大戦後・・にはほっておかれることを望む一方で、他の時期には・・2003年にイラクでそうしようとしたように・・地球を抜本的に変えようとする。
→前のブッシュ政権の時に、世界で反米的気運がとりわけ高まったのはそのためです。(太田)
 これは、彼らが<特定の外国にやって>来るのも去るのもお望みのままである、という事実に関係している。
→地球がますます狭くなっている今、そんなことでよいはずがありません。(太田)
 米国の<地理的>位置の贅沢という奴だ。
→繰り返しますが、そんなものはもともと存在しません!(太田)
 あたかも、米国の外交政策において、殆んど自由裁量<が許されるということで>あるかのようだ。」
→許されるワケがありません。
 米国が、大英帝国のような緩慢な没落を望むのであれば、少なくとも、もっと英国の忠告に耳を傾けなければなりませんし、日本が「独立」した暁には、とりわけ東アジアに関して、日本の忠告に耳を傾けなければならないでしょう。(太田)
3 終わりに
 ミラーほど、穴だらけの論理でもって論考を仕立て上げるユダヤ系の知識人には初めて遭遇したような気がします。