太田述正コラム#0209(2003.12.17)
<ニール・ファーガソン(その3)>

5 現代世界

 世界の現時点における最大の問題は、英帝国に叛旗を翻したという独立の経緯からしても帝国主義を毛嫌いするため、米国が覇権国であるにもかかわらず、自らが帝国であるという自覚を欠いていることだ(注4)。すなわち、帝国的な直接的支配ではなく、受動的な、経済的文化的浸透による間接的、非公式的支配、ないし制度やルールによる支配を好むことだ。このため、世界は必要以上に不安定化している(注5)。
この米国にショックを与え、積極的な世界「支配」に乗り出させたのが2001年の9.11同時多発テロだ。
(以上、特に断っていない限り、http://216.239.53.104/search?q=cache:bOtqcncqk4wJ:www.bbc.co.uk/bbcfour/talkshow/features/transcripts/empire.pdf+Niall+Ferguson&hl=ja&ie=UTF-8による。)

 (注4)世界の四分の三の国に750もの軍事基地を置いている国が帝国でないと言えようか。1898年にフィリピンを併合して以来、米国は帝国的なパワーとして行動してきた。(ガーディアン前掲)
 (注5)かつての英国にも、米国ほどではないが同じような傾向があった。確かに英国の植民地は米国の属領とは比べ物にならないほど広かった。しかし原住民の多数いた地域においては、その統治の実態は原住民有力者を通じた間接統治が大部分だった(フォーリンアフェアーズ前掲)。

 しかし、例えばイラクを本当に自由・民主的かつ資本主義的な社会にしたいのであれば、第二次大戦後ドイツと日本に対して行ったように、長期間にわたって占領して体制変革に取り組まなければいけないのだが、米国にそこまでの心構えができているとは思えない。
 いずれにせよ、戦略資源である石油を押さえるという観点から、イラクやサウディは、第二次世界大戦後の日本と西独のように、事実上米国の保護国となることだろう。
 一体米国に代わって世界に覇権をふるう者は出てくるのだろうか。
国連の総予算は、米国の連邦政府の1%程度に過ぎない。国連が世界を取り仕切るようにはなりそうもない。
EUもだめだろう。オーストリアや北欧でのかつての同様の試みがうまくいかなかったように、共通通貨制(ユーロ)一つとってもうまくいくわけがない。EUは余りにも経済的に雑多な国々によって構成されているからだ(ロバートフルフォード前掲)。
 中国はどうか。
独裁国中国が今後とも長期にわたって年5%以上の経済成長を続けるであろう可能性は低い。第一次世界大戦前の欧州で最も経済成長率の高かったのは独裁国ロシアだったが、経済成長が引き起こしたロシア内での階層分化が1917年のロシアの崩壊の主要な要因となったっことが思い起こされる。
だからといって、米国の覇権が見通しうる将来にかけて安泰かと言えば、それは疑問だ。
覇権を確立し、維持するためには、その国が世界の他の国々から信頼感を寄せられ、正統性を付与されるとともに、その国が志気(morale)を確立、維持することが最も重要だが、軍事力、経済力、人口、資源、情報、ガバナンス等物質的なものもやはり重要であるところ、軍事技術や情報はどんどん拡散しており、米国より経済成長率が高い国は多く、しかも米国はもはや資源大国とも言えないからだ。
(以上、特に断ってない限り、http://www-hoover.stanford.edu/publications/digest/032/ferguson.htmlによる。)
しかし、米国の覇権が続く限り、かつての英国に成り代わり、その英帝国時代の長所を真似し、短所を改めつつ、自由・民主主義を世界に普及するための軍事的介入を厭わない帝国として、米国に活躍して欲しいものだ(ガーディアン前掲)。

[参考:ファーガソンの主要著書]
Paper and Iron: Hamburg Business and German Politics in the Era of Inflation, 1897-1927(博士論文をベースにしたもの)
The World’s Banker: The History of the House of Rothschild(ロスチャイルド家を通してみた欧州金融史)
The Pity of War(英国の観点からの第一次大戦論)
The Cash Nexus: Money and Power in the Modern World 1700-2000(経済と歴史)
(編著)Virtual History: Alternatives and Counterfactuals (1997)
Empire: The Rise and Demise of the British World Order and the Lessons for Global Power (英帝国史)
Colossus: The Price of America’s Empire(米「帝国」論)
Twilight of the Crowns(サックス・コーブルグ(Saxe-Coburg)家を中心とするナポレオンから第一次世界大戦までの欧州王室史。欧州ガバナンス史と言ってもよい)

 (続く。次回は、このファーガソンの見解に対する私のコメントです。読者の皆さんのコメントもぜひお寄せください。)