太田述正コラム#0216(2003.12.25)
<台湾海峡波高し?(その1)>

1始めに

私は、国際情勢分析については、結論に確信が得られるまで待ってから分析結果を公表することにしていおり、幸い、今までの分析はおおむね的中してきたのですが、今回は例外的に、結論をまだ出せていない問題を取り上げることにしました。
果たして台湾「独立」の動きをとらえて中共が武力を行使するかどうか、という問題です。

台湾の来年3月の総統選をにらみ、これまで中共寄りとみられていた野党の国民党や親民党の中から、与党の民進党が主張する「一辺一国」(=one country on each side of the Taiwan Strait=台湾と中共はそれぞれ一つの国)論に同調したり、台湾「独立」も「将来の選択肢の一つ」という発言が飛び出したり、「独立」派に同調するかのごとき動きが出ています。
すなわち、2002年8月に陳水扁総統が一辺一国論を打ち出したところ、中共は台湾「独立」を目指すものと反発し、国民党も猛反発したのですが、最近の演説で国民党の連戦主席は一転、「中華民国と中華人民共和国はともに独立主権国家であり、簡単にいえば一辺一国」と断言し、野党の選挙最高責任者である王金平(Wang Jin-pyng)立法院長(国会議長)は台湾「独立」を選択肢の一つだと発言したのです。
この背景には、台湾における台湾人意識の急速な高まりがあります(注1)。

(注1)1992年から毎年実施されている台湾政府の世論調査 (あなたは「台湾人なのか」「中国人なのか」「台湾人であり、中国人であるのか」の三つの選択肢から一つを選ぶ)で、「私は台湾人」と答えた人が初めて半数を超え、64%に達した。ちなみに、一回目の1992年にはそう答えた人は16%しかいなかった(メルマガ「台湾の声」2003.12.26:【講演録】台湾総統選のゆくえ(下))。

中共は、これまで独立志向の陳水扁総統らを名指しで批判する一方、統一派とされる野党の国民党、親民党批判を控えてきましたが、台湾全体が「独立」志向となった以上、中共としては中台統一を平和的に追求するすべを失ったことになります。
(以上、例えばhttp://www.tokyo-np.co.jp/00/kok/20031223/mng_____kok_____005.shtml(12月23日アクセス)参照。)

では、今までさんざん武力の行使をちらつかせて台湾「独立」派を牽制してきた中共はどうするつもりでなのでしょうか。
面白いことに、アジアタイムスに正反対の記事が18日(http://www.atimes.com/atimes/China/EL18Ad01.html。12月18日アクセス)と24日(http://www.atimes.com/atimes/China/EL24Ad01.html。12月24日)に出ました。
前者は、中共が武力を行使する準備をしているらしいという記事ですし、後者は中共は武力を行使することなど全く考えていないという記事です。

2 中共武力行使説

18日付の方の記事によれば、中共が武力を行使しそうだということを、中国南東沿海地域に進出している台湾企業は肌で感じているとのことです。
その根拠の第一は、従来の台湾海峡の危機の際には、中共政府が台湾政府を声高に脅迫しつつ(注2)も、地域の中国共産党筋からは「皆さんは心配することはありませんよ」という内々の話があったというのに、今回は逆に、中共政府は(人民解放軍関係者を除いて)抑制された批判を台湾政府に投げかけている(注3)というのに、地域の共産党筋からは強硬な声が聞こえてくることだそうです。 

(注2)1996年の台湾総統選挙での李登輝の当選を妨害するため、1995、96年には、脅迫だけにとどまらず、ミサイル発射訓練と称して実際にミサイルが台湾周辺の航路帯に向けて発射された。
(注3)1999年の台湾総統選挙で陳水扁が当選してからは、人民解放軍は現在に至るまで、台湾の対岸や周辺海域で、「通常の」演習の実施すら控えてきた。(典拠失念)

 根拠の第二は、現在の中共のインフレです。
 中共の11月の消費者物価指数は対前年比3.0%も上昇しましたが、これはこの6年間で最高の上昇率でした(http://www.livinginchina.com/review/archives/000543.html。12月18日アクセス)。広東のある台湾企業によれば、支那に進出して15年になるが、こんなに石油が不足したことはなかったし、食用油等の基礎食料品の値上がりもすさまじく、1996年の大洪水の時にもこんなことはなかったといいます。
そしてこれらの物価上昇は、人民解放軍が戦争準備の一環として石油や食料品を買い占めているからだ、というまことしやかな噂が流布しているのだそうです。

これで思い出すのは、先般ワシントンで行われたブッシュ米大統領と温家宝(Wen Jiabao)中共首相との会談の際のブッシュ発言を含む、このところの米国政府の台湾問題への対応です。
アフガニスタンやイラクに大兵力を展開し、他方で北朝鮮に備えなければならない米国として、台湾海峡においてまで緊張が高まることは避けたい、と考えることは当然です。しかも、中共には対テロ戦争で協力して欲しいし、北朝鮮問題でも中共には更に汗をかいて欲しいところです。
しかし、だからと言って、来年3月の総統選挙の際の中共の対台湾ミサイル配備非難の国民投票の実施等の台湾「独立」への動きには反対する、という明確な意思表示までしてhttp://www.washingtonpost.com/wp-dyn/articles/A46623-2003Dec8.html。12月9日アクセス)中共にゴマをする必要はなかったのではないか、といささか疑問に思っていたところ、仮に米国が、中共が密かに武力行使の準備をしているとの情報を得ていたとすれば、疑問は氷解します。台湾海峡で緊張が高まるだけならまだしも、武力紛争が起きることは、米国として何としてでも避けたいはずだからです。

中共の武力行使が行われる場合、それはいかなる形のものになるでしょうか。
台湾に侵攻して占領することは、米軍の介入が必至であることもあり、現状では中共には全く不可能です。他方、中共は台湾にミサイルを撃ち込むことはできますが、そんなことをすれば中共は世界の孤児になってしまうでしょう。
私は、金門・馬祖両島の侵攻・占領だと思います。
金門・馬祖両島は日本が領有したことがなく、支那の一部であり、金門は支那本土側のアモイから最短距離で4kmしか離れていません(http://kk.kyodo.co.jp/is/column/chinawatch/china-0102.html。12月24日アクセス)。
つまりこの両島は中共の制空権下にあり、米軍が介入することも困難であることから、中共が侵攻し、占領するのはそうむつかしくないでしょう。
ちなみに、2001年1月からは金門・馬祖両島と支那本土との間で、ヒト、モノ等の直接的交流が始まり、今では両島は事実上支那本土の経済圏の中に取り込まれています(http://www.roc-taiwan.or.jp/news/week/1985/106.html。12月24日アクセス)。
また、1958年の金門砲撃戦の時には、金門守備隊が降伏する気配を感じた中共側が、砲撃を一日おきにして降伏させないようにし、やがて砲撃もとりやめたという経緯があります。これは、金門、更に馬祖の両島を中共がとってしまうと、台湾が完全に支那本土と切り離されてしまい、台湾を「独立」に追いやりかねないことを恐れたためだとされています(http://www.wufi.org.tw/jpn/munakata17.htm。12月24日アクセス)。
しかし、台湾「独立」が避けられなくなったように見える現在、中共から見て、もはやこの両島を占領しないでおく必要はなくなったと言っていいでしょう。
後は米国に対し、「本土の一部である両島を侵攻するが、米軍が介入しなければ、両島以外には一切手を出さない」旨事前通知した上で、侵攻すればよい、ということになります。

(続く)

金門の非軍事化(http://www.taipeitimes.com/News/taiwan/archives/2004/02/01/2003097018。2月1日アクセス)

<読者>
はじめまして。

まず「支那」という差別語を使っているのは意図的でしょうか。きわめて不快に感じました。

>台湾に侵攻して占領することは、米軍の介入が必至であることもあり、現状では中共には全く不可能です。

とおっしゃっているのですが、本気でしょうか?
中国が台湾統一のために武力を発動しても、米軍が介入しないことは確実です。だって、超大国であり国連安保理常任理事国である中国と、何の大義名分もなく戦争できるわけがないじゃないですか。しかも、中国を打ち破ったとして、中国の政権が崩壊して不安定化することは、経済的にも政治的にも米国の国益に反します。
よって、米軍の介入はありえないと思われます。中国政府もそのことはわかっているから、いざというときは必ず武力行使に出ます。

>金門・馬祖両島の侵攻・占領

こんなことはありえない話です。金門・馬祖両島を占領したところで、台湾独立を促進するだけのことですから無意味です。また、もしも台湾独立が実現したとしたら(ありえない過程ですが)、台湾政府はみずから金門・馬祖両島を放棄するでしょう。したがって、「門・馬祖両島の侵攻・占領」などまったく考えられない話です。

<太田>
>まず「支那」という差別語を使っているのは意図的でしょうか。きわめて不快に感じました。

「差別語」としてではなく、必要に迫られて「意図的」に使っています。
私のホームページの掲示板の3頁の「「シナ」という呼称について – kawagoeh 03/11/04(Tue) 18:38No.280」以下をご覧ください。
読まれた上で、「支那」以外の代替案があったら、ご教示ください。
「中共」も、「意図的」に使っているのですが、こちらの方はよろしいのですか。

>台湾に侵攻して占領することは、米軍の介入が必至であることもあり、現状では中共には全く不可能です。
とおっしゃっているのですが、本気でしょうか?
中国が台湾統一のために武力を発動しても、米軍が介入しないことは確実です。だって、超大国であり国連安保理常任理事国である中国と、何の大義名分もなく戦争できるわけがないじゃないですか。

米軍が介入することは確実です。ブッシュ大統領は、大統領に就任した2001年の4月、台湾を防衛するためなら米国は何でもやる、と言明しています(http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/articles/A46623-2003Dec8.html。12月9日アクセ
ス)。

>金門・馬祖両島を占領したところで、台湾独立を促進するだけのことですから無意味です。・・「門・馬祖両島の侵攻・占領」などまったく考えられない話です。

ですから、台湾「独立」が避けられなくなったら、中共は両島に侵攻、占領する可能性があると指摘したのです。
面子を完全につぶされた中共にとって、最も無難なオプションだと思いませんか。

<読者>
>とは言え、「支那」という言葉に不快感を覚える人々が、なにゆえに不快なのかを論理的に説明できるのであれば、不便を耐え忍び、「支那」という言葉を捨て去り、例えば「チャイナ」という言葉で置き換えることはやぶさかではありません。

とっくに論理的に説明されているではないですか。
http://kyoto.cool.ne.jp/jiangbo/china/edu/edu004.htm
http://www.age.ne.jp/x/commerse/kawara/kawarabn/0003/0003z.html
防衛庁に勤めていたような人が、「支那」を差別語と知らないとは驚きです。
>「支那」以外の代替案があったら、ご教示ください。

簡単なことです。「中国」です。
「中国」を「中華人民共和国」の略称と誤解されているようですが、そうではありません。1912年に中華民国が成立した時から、Chinaは中国となったのです。

中国というのは

1)Chinaという意味
2)中華人民共和国の略称
3)中華民国の略称

の3つの意味があります。

中華民国成立以前について「中国」という言葉を使うのに違和感があると言われますが、「日本」という国名がなかった弥生時代などの歴史も「日本史」と呼ばれていますし、キエフ公国時代の歴史も「ロシア史」ですし、何も問題ありません。

> 「中共」も、「意図的」に使っているのですが、こちらの方はよろしいのですか。

「中共」は「中国共産党」の略称ですので別にかまいませんが、「中華人民共和国を承認しない」というニュアンスで使われる場合は問題があります。

> 米軍が介入することは確実です。ブッシュ大統領は、大統領に就任した2001年の4月、台湾を防衛するためなら米国は何でもやる、と言明しています (http://www.washingtonpost.com/wp– dyn/articles/A46623-2003Dec8.html。12月9日アクセ
>ス)。

そういっているからやるはずだ、というのでは分析とはいえません。
政治の世界ではブラフというものもあります。現実に考えて、米国が本当に武力介入できるわけがありません。

台湾が中国の領土であることは国際的に認められています(1945年に中国に復帰)から、他国の領土への侵略戦争となります。イラクならともかく、中国は国際法を無視して侵攻するには大きすぎる相手です。また中国を戦争で打ち破ったとしてもその結果は望ましいものではありません。

米国産業界は中国との関係をきわめて重視しており、中国の崩壊につながるような米中戦争には絶対反対するはずです。

ですから、米国の軍事介入はありえないはずです。

> ですから、台湾「独立」が避けられなくなったら、中共は両島に侵攻、占領する可能性があると指摘したのです。面子を完全につぶされた中共にとって、最も無難なオプションだと思いませんか。

金門・馬祖両島を取っても無意味です。むしろ台湾政府のほうが放棄して大陸に押し付けるでしょう。

大陸政府としては、金門・馬祖両島を残して台湾独立の阻害物としたほうが便利なはずです。(金門・馬祖両島が残っている限り、大陸の一部を占領していることになり、領土が台湾のみにならない)

<太田>
「支那」問題については、どうやら、私がお示しした掲示板を読んでいただいていないようですね。

>中国というのは
1)Chinaという意味
2)中華人民共和国の略称
3)中華民国の略称
の3つの意味があります。

だからこそ、「1)」だけを指したいときに、いかなる言葉を用いればよろしいのかをあなたに問うているのです。(「日本」の場合には、生じえない悩ましい問題です。)
 Chinaですか?それじゃ日本語ではありませんね。シナですか?それなら支那とどこが違うのですか?

>政治の世界ではブラフというものもあります。現実に考えて、米国が本当に武力介入できるわけがありません。
台湾が中国の領土であることは国際的に認められています(1945年に中国に復帰)から、他国の領土への侵略戦争となります。イラクならともかく、中国は国際法を無視して侵攻するには大きすぎる相手です。
また中国を戦争で打ち破ったとしてもその結果は望ましいものではありません。米国産業界は中国との関係をきわめて重視しており、中国の崩壊につながるような米中戦争には絶対反対するはずです。
ですから、米国の軍事介入はありえないはずです。

現在においては、中共の台湾侵攻を防ぐことは、米軍の力をもってすれば容易なことです。またその場合、台湾周辺の人民解放軍基地は空爆されるでしょうが、米軍が支那本土に着上陸侵攻する必要など全くありません。全く素養のない事柄については、軽々にご意見をお述べにならない方がいいですよ。

法律論を述べておられる箇所に関しても、いささか勉強が足らないようにお見受けします。くわしくはコラムに書くことにしましたので、そちらにゆずります。

そもそも、あなたは全くアングロサクソンが分かっておられませんね。
せっかくご縁ができたのですから、私のコラムのバックナンバーを熟読して、アングロサクソンの何たるかをご勉強されることをお勧めします。

<読者>
> だからこそ、「1)China」だけを指したいときに、いかなる言葉を用いればよろしいのかをあなたに問うているのです。(「日本」の場合には、生じえない悩ましい問題です。)
Chinaですか?それじゃ日本語ではありませんね。シナですか?それなら支那とどこが違うのですか?

もちろん「中国」ですよ。中国大陸、中国人、中国語、中国料理、東中国海、南中国海とすでに用いられているではないですか。
一つの言葉がいろいろな意味を持つのはやむをえないことです。文脈によって理解するしかありません。

> 現在においては、中共の台湾侵攻を防ぐことは、米軍の力をもってすれば容易なことです。またその場合、台湾周辺の人民解放軍基地は空爆されるでしょうが、米軍が支那本土に着上陸侵攻する必要など全くありません。全く素養のない事柄については、軽々にご意見をお述べにならない方がいいですよ。

誤読されているようですね。私は、「米軍が中国の台湾統一を防ぐ軍事力がない」と主張しているのではないのです。
軍事力はあるが、米軍が戦争して台湾を防衛しても、失うものが大きすぎるということです。
中国が米国に負けて台湾を失うということは、中国の現政権崩壊につながるでしょう。中国が分裂状態になるか、それとも極右的民族主義政権が誕生するか、ともかく好ましくない事態が予想されます。中国への巨額の投資を行っている米国産業界は絶対反対するでしょう。
また同時に、中国と米国はともに国連安保理常任理事国ですから、これが戦争するということは国連の終焉を意味します。国連をつぶして、もう一度国際秩序を再形成するというのは困難だしリスクが大きすぎるでしょう。
軍事的ではなく、政治的・経済的な理由で、米国は中国にたいして武力行使できないということです。

外務省出身の浅井基文さんの論考を読んでください。
http://www.ne.jp/asahi/nd4m-asi/jiwen/china/file60.htm
また、浅井教授が中国政府の見解を解説しています。
http://www.ne.jp/asahi/nd4m-asi/jiwen/china/file31.htm
1945年10月25日に、中国政府は正式に台湾を回復しましたが、それに対する抗議はありませんでした。

<太田>
>中国大陸、中国人、中国語、中国料理、東中国海、南中国海とすでに用いられている

「東中国海」や「南中国海」は初耳ですね。本当ですか?
とまれ、私も混乱する恐れがない時は「中国」という言葉を使っています。
「支那」を使うのは、China、中華人民共和国、中華民国(、及び)台湾)が三つ(四つ)とも登場する文脈においてです。
欧米の人が書くときは書き分けられるのに、あなたは、どうして我々日本人が書き分けられないことをもってよしとするのですか。
ひょっとすると、あなたも中共に対して戦後仕込の原罪意識をお持ちで、だから冷静かつ常識的な判断ができないのではありませんか

 とにかく、私と議論をする気なら、少しは勉強してからにしてください。
 一言だけ申し上げれば、アングロサクソン、就中米国は理念の共和国であり、ギリギリの場面では、「政治的・経済的」利害など超越して行動するのです。戦後日本人たるご自分のモノサシで他国の行動様式を安易に推し量ってはいけません。
 もう一点。米国は、他国ならいざ知らず、自国が台湾防衛にコミットすることを国際法違反だなどとは毛頭考えていません。(このことは、前回述べたようにコラムで書きます。しかしそもそも、国際法違反などという寝ぼけたことを誰が言っているのですか。浅井さんですか?だとしたら、あなたは戦後日本の外務官僚を買いかぶっておられます。)