太田述正コラム#6565(2013.11.10)
<映画評論40:インサイド・ジョブ(その5)>(2014.2.25公開)
5 映画公開による(?)改善点
 「<米国の>学術的な経済学者達の一つの指導的集団は、この専門職が2007~2008年の金融諸危機を予想することに失敗しただけでなく、実はこれら諸危機を創り出すことを助けたのかもしれないとの批判に応えて、利益相反諸ルールを採用した。・・・
 多くの経済学者達は、自分達の正式な学術的営み(work)以外の、諸企業、諸政府、その他の諸集団のコンサルタントを務めている。
 この専門職の内外の批評家達は、しばしば儲かって、時々開示されることのない、これらの諸関係が経済学者達の営みに影響を与え、まず、迫りくる諸危機の兆しを見逃させ、次いで、経済全体の犠牲の下で彼らの顧客達に奉仕する政治的諸処方箋を推奨させてきたかもしれない、と主張してきた。・・・
 米経済学会(American Economic Association)は、・・・<2012年初の>年次総会で、経済学者達は、学術諸雑誌に上梓される諸論文には資金的諸関係(financial ties)その他の潜在的利益相反を開示しなければならない、という新しい諸ルールを採択した。・・・
 <この新諸ルールの>擁護者達(backers)は、かかる諸開示は、経済学者達が諸開示の内容でもって、彼らが行う助言を評価するために、政策決定者達と公衆双方に対してより多くの情報を与えることで、この専門職に対する信頼を回復することに資すると主張している。・・・
 2013年に実施されることが予定されているこの政策の下で、学術諸雑誌に諸論文を提出する著者達は、その学術雑誌の編集者達に対して、その研究のための全ての資金源、及び、全ての顕著な「資金的、イデオロギー的、或いは政治的利害関係(stake)を有する諸集団や諸個人との資金的諸関係」を開示しなければならない。
 この政策は、「顕著な」とは、過去3年間にわたる、合計で少なくとも10,000ドルの、著者及び直近の家族の構成員達に対する資金的支援を指す、と定義している。
 諸学術雑誌、具体的には、その編集者達が、「関連する(relevant)潜在的利益相反」とみなしたものを公開するわけだ。
 タテマエ上は、この政策は、米経済学会によって発行されている7つの学術雑誌だけに適用されるが、他の諸学術出版物もそれに倣う可能性が高い。
 この政策は、同じ諸原則を、ジャーナリストとのインタビュー、政府における証言、その他の非学術的営みにも適用するよう呼びかけている。・・・
 ・・・非学術的営みにおける開示への呼びかけは、拘束性はないけれど、とりわけ重要だ・・・。」(C)
→この映画が、このような改革をもたらした決定的契機になった可能性が高いと思われるところ、映画、というかドキュメンタリーの持つ潜在的な力の大きさを痛感させられますね。
 ところで、日本ではこの米国での話、報道された記憶さえありませんが、思うに、日本では、経済学者・・より広くはエコノミスト・・、ひいては経済学なる「学問」など、大して信用されていない、という、日本が米国に比べて、この点でははるかにまともな国であることを示唆しているのではないでしょうか。
 政府の審議会で「活躍」している経済学者や、TVでまことしやかに語る特定企業系のシンクタンクのエコノミストといった利益相反の塊のような人々の言など、そもそも、一般国民は、眉唾で聞き流している、と思いませんか?(太田)
6 出演者・出演拒否者
 「恐らく驚くべきことではないが、多くの最も注目を引き付ける位置にある人物達(players)は、<この映画のための>インタビューを受けることを拒否した。
 サマーズ氏は、ニュース映像の中に登場するだけだし、財務長官としての彼の前任者達や後任者達・・ロバート・E・ルービン(Robert E. Rubin)<(注23)(コラム#173、2850)>もヘンリー・M・ポールソン・ジュニア(Henry M. Paulson Jr.)<(注24)(コラム#1735、1845、2822、2850、2854、2863、2869、2933、3160、5659)>もティモシー・F・ガイトナーも・・ファーガソン氏の諸質問に答えようとはしなかった。
 (注23)1938年~。ユダヤ系米国人(下掲の英語ウィキペディアには該当記述なし)。ハーヴァード大卒。ハーヴァード・ロースクールに入学するも3日だけ在籍、LSEで学んだ後、エール・ロースクール卒。
http://en.wikipedia.org/wiki/Robert_Rubin (()内を除く)
「<米>国の銀行家・財政家。ゴールドマン・サックス共同会長、国家経済会議(NEC)委員長、財務長官、シティグループの経営執行委員会会長を歴任した。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%93%E3%83%B3 (()内も)
 (注24)1946年~。ダートマス大卒、ハーヴァード・ビジネススクール卒。「<米>国の実業家。<米国防省を経て、>1999年から証券会社ゴールドマン・サックスの会長兼最高経営責任者(CEO)を務め、2006年から2009年までジョージ・ウォーカー・ブッシュ大統領の下で財務長官を務めていた。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%98%E3%83%B3%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%82%BD%E3%83%B3
 ゴールドマン・サックス(Goldman Sachs)<(注25)(コラム#2850、2854、2899、3955、5659、6409)>や他の諸大銀行の最高経営者達も一人として・・。・・・
 (注25)「<米国>の金融グループであり、世界最大級の投資銀行である。・・・ドイツ出身のユダヤ系のマーカス・ゴールドマンによって1869年に設立された。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B4%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%89%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%B5%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9
 インタビューされた人々の大部分は、少なくともこの映画の制作者の観点からは、友好的な証人達であって、過去20年間にわたって米国や他の先進資本主義諸国でビジネスが行われてきたやり方に対するこの監督の包括的批判の火に油を注いでいる。」(D)
⇒インタビューされた「善人」達の中に、セックススキャンダルで、ニューヨーク州知事を辞任したエリオット・スピッツァー(注26)(コラム#2424、4577、4771)と、IMF専務理事を辞任したストロス=カーン(注27)(コラム#4747、4749、4753、4755、4757、4793、4841、4843、4883)が含まれているのはご愛嬌です。
 (注26)Eliot Laurence Spitzer。1959年~。ユダヤ系米国人。プリンストン大卒。「ニューヨーク州司法長官として、アナリストの中立性についてメリルリンチを追及。また、AIGの不正会計を追及し、同社のCEOとして君臨したモーリス・グリーンバーグを辞任に追い込むなどした。・・・、第58代ニューヨーク州知事に就任。次代の民主党を担う人材と目されていた。2008年3月12日、ニューヨークの高級売春クラブを利用し、数万ドルを支払ったという疑惑を指摘されたことから、辞任を表明した。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%AA%E3%82%AA%E3%83%83%E3%83%88%E3%83%BB%E3%82%B9%E3%83%94%E3%83%83%E3%83%84%E3%82%A1%E3%83%BC
 (注27)Dominique Strauss-Kahn。1949年~。ユダヤ系フランス人。「経済学と政治学をパリ政治学院で、経営学をHEC経営大学院でそれぞれ学んだ。さらに公法で博士号・・・を・・・取得した。・・・フランスの経済学者、法律家、政治家。フランス社会党所属。しばしば頭文字をとって、DSKと呼ばれる。・・・1997年から1999年まで経済・財政・産業大臣・・・<また、>IMF専務理事を務めた(2007年11月1日~2011年5月18日)。・・・2011年5月14日に訪問先のニューヨーク市において性的暴行容疑で逮捕・訴追された。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%89%E3%83%9F%E3%83%8B%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%AD%E3%82%B9%EF%BC%9D%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%B3
 ストロス=カーンはフランス人ですが、どうも、金融界という投機の世界に関わりのある人々は、少なくとも欧米では、カネの亡者であることはもとより、女(とヤク?)に目がない人物が多いようです。
 私の目からは、ファーガソン的観点からの「悪人」も「善人」も、同じ穴の狢に見えるのですが・・。
 また、金融界の重鎮にユダヤ系が多いことにも改めて驚かされます。
 欧米諸国の反ユダヤ主義のおかげでキリスト教的には「賤業」たるに金融業等に特化せざるをえなかった期間が長かったという痛ましい歴史をいまだにユダヤ人が引きずっているという感があります。(太田)
7 終わりに
 以上、ブッシュ、オバマ両政権を、(茶会のような「極右」の攻撃に対してはもちろんですが、)この映画の制作者/監督であるファーガソンやナレーターのデイモンらのような「極左」の攻撃に対して擁護する、という立場で論じてきたわけですが、実は、この両政権、思われているほど政策が大きく違うわけではありません。
 「ブッシュのもともとの看板(mandate)は慈悲深い保守主義(compassionate conservatism)だった。
 クリントンが中道から<左に>ずれていた<民主党の>伝統から離れようとしたのと同様、ブッシュは<右にずれていた>共和党<の伝統から>離れようとしたのだ。・・・
 <換言すれば、>ブッシュは大きな政府<を支持する>保守主義だったのだ。・・・
 オバマは、ブッシュの第一期に反対して始まり、ブッシュの第二期を継承して終わりつつある。・・・
 <例えば、>ブッシュは、彼の第二期の大統領就任演説で、世界中の専制(tyranny)を終わらせようと呼びかけたが、それは民主党によってマネされたり採用されたりはしなかったが、そのことは、共和党にさえあてはまるのだ。」
http://www.washingtonpost.com/blogs/wonkblog/wp/2013/11/07/why-did-we-go-to-war-in-iraq-an-interview-with-peter-baker/?print=1
(11月9日アクセス)
 しかし、クリントン、ブッシュ、オバマと中道へと収斂してきた米行政府は、現在、「極右」と「極左」の攻撃に晒され、米議会が、共和党も民主党も、それぞれ「極右」、「極左」に拝跪するに至ったため、両党が何事によらず妥協ができず、機能停止状態に陥ってしまっており、行政府もそのあおりをくらい、米国政府の権威の失墜を招いています。
 私には、それには、オバマ自身の責任も大きいのではないか、という気がし始めています。
 「<初めて大統領選に出馬した時に>オバマが集めた6億ドルもの選挙資金の半分はゴールドマン・サックスやハリウッドの類からだが、残りの半分は初めて献金した、そのうちの多くは初めて投票する人々から<インターネットで>集めたもの」(コラム#2899)と、資金提供の筆頭にゴールドマン・サックスが来ていたことを思い出してください。
 オバマが経済政策、就中金融政策の主要担い手達をブッシュ政権から継承したということは、医療保険改革への布石というよりは、現在、米国行政府が、金融界に牛耳られていることの現われ以外の何物でもない、と見るべきであるのかもしれない、ということです。
 金融危機ですっかり米国民の信用を失った金融界が牛耳るオバマ政権に対する米国民の過半の違和感を、増幅させ、歪めた形で、「極右」と「極左」が代弁した結果が、現在の米国における政治の混迷であるとすれば、全球的覇権国たる米国の過早な失権をもたらしかねない事態を出来させたオバマに、彼が大統領候補者であった頃から、入れ込んできた私の不明を恥じなければなりますまい。
(完)