太田述正コラム#6659(2013.12.27)
<映画評論41:永遠の0(その1)>(2014.4.13公開)
1 始めに
 私の映画鑑賞は、行き先はユナイテッド・シネマ豊洲、時期は年末、そして2本いっぺんに観る、と決まっている(?)ことから、鑑賞する封切り映画は、毎年、自ずから限定されてしまいます。
 今回、この映画館(シネコン)の予定表を23日にネットで調べた時、気が付いたのは米国映画の退潮と、相対的な日本映画の隆盛、就中、日本映画におけるアニメ、及び漫画/アニメの実写映画の多さでした。
 そして、少しでも私の気持ちをそそった映画の中から、二本を見る間の時間的ロスが少ないように選択すると、『永遠の0』と『キャプテン・フィリップス』の組み合わせしかなくなってしまい、食わず嫌いで、余り気が進まなかったのですが、25日に出かけることにしたのです。
 今回は、一本目と二本目の間が25分しかなかったこともあり、同じ階にあるフードコートで恒例のディナーをとるのは止め、前夜半額で買ってあったクリスマスセット(小粒のフライドチキンと衣を付けて揚げたポテト)、及び、近くに住む読者のHNさん差し入れのCuriosity Cola、
http://youpouch.com/2011/05/04/102356/
それにリンゴ1個とみかん1個を布製小クーラーボックス(但し、冷媒は入れなかった)に入れて持参しました。
 なお、地下鉄を3本乗り継ぎ、何度も階段を上り下りして現地に行ったため、帰りに、ほぼ治癒していたと思っていた右膝が再び痛み出してちょっと慌てました。
 閑話休題。
 『永遠の0』の原作本(タイトル同じ)は大変なベストセラーなんですね。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B8%E9%81%A0%E3%81%AE0
 それを知っていたら、行く前にもっと期待していたと思います。
 映画は、この原作本の粗筋をほぼ忠実になぞっていますが、恐らく、この映画も大当たりするに違いありません。
 だって、原作者の百田尚樹(注)本人が、「僕は、実写を5回観ているんですが、純粋に映画として楽しんで、一人の観客として魅了されました。普段は映画を観て泣くことはあまりないんですけど、『永遠の0』に関しては気がついたら泣いていたという感じです。いつのまにかポロポロ涙が流れている、しかも全編にわたって。そんな不思議な映画でした。」(同映画のパンフレット(A・44頁))と述懐しているくらいであり、私自身がまさにそうでしたからね。
 (注)1956年~。「放送作家・小説家。大阪市東淀川区出身。・・・同志社大法・・・中退・・・『永遠の0』<で>・・・吉川英治文学新人賞を受賞。2013年・・・『海賊とよばれた男』で本屋大賞を受賞。・・・「南京事件を否定している。また日本国憲法第9条第1項を否定し、「戦争になったら9条信者を最前線に送り“下がれ!こちらには9条があるんだぞ!”と叫ばせればいい。敵軍が撤退したら9条は本物」とツイートしている。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BE%E7%94%B0%E5%B0%9A%E6%A8%B9
2 永遠の0
 (1)この映画でうれしかった点
 この映画でうれしかったのは、テーマが日本人の人間主義であったことです。
 百田自身は、「実際に日本がどのように世界と戦ったのか。おじいちゃん、おばあちゃんたちは、どんな思いで生きていたのか。あるいは戦ってきたのか、『永遠の0』によってそういうものに関心を持ち、知りたいと思う若い世代が増えていることは嬉しいです。それから、自分が今生きていることの素晴らしさに気づいてもらいたいという思いもあります。自分の人生は自分一人だけのものではないんだ、と。誰のために生きているのか、何のために生きているか、これを改めて知ってもらいたい。」(A・45頁)と述懐しています。
 この百田の言を聞いても、いや原作を読んでさえも・・私は読んでいないので想像ですが・・『永遠の0』のテーマを、家族愛やせいぜい部下への愛、といった風に矮小化して受け止める人も後述するように少なくない中で、テーマを最も的確に理解している例外的な存在が、主人公宮部の妻松乃役の井上真央
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%95%E4%B8%8A%E7%9C%9F%E5%A4%AE
です。
 彼女のこの映画評、「宮部さんの人を想う強さは魅力でしたし、それが彼の男らしさや責任感につながっているのだと思います。自分のためではなく誰かのためだったからこそ、彼はこれほどまでにいろんな人に「臆病者」だと言われても、自分の信念を貫くことができたのではないでしょうか。それは簡単なことではないですし、人のため、誰かのため、という想いは何ものにも勝ると思います。その強さを持っている宮部さんは、人としてもカッコいいし素敵です。・・・
 <この映画は、>誰が観ても愛を感じることができる、生命力の溢れる作品になっていると思います。この作品は、戦争映画と言うだけではなくて、人間の深い部分も描いているのが素敵です。・・・
 後世に伝えるべき作品に携わることができて本当に幸せでした。」(A・10頁)は、お見事の一言です。
 ここで重要なことは、人間主義の体現者たる宮部は、原作者の百田の空想の世界にだけ存在している人物では決してないことです。
 百田の、「宮部にモデルはいませんが、小説の出版後に元搭乗員の方とお会いする機会があり、何人もの方から宮部のような人はたくさんいたと伺ったんです。そう聞いたときは驚きました。」(A・45頁)という告白がその証拠です。
 
(続く)