太田述正コラム#0368(2004.6.2)
<民主主義の理論(その1)>

1 民主主義は機能するのか

 (1)始めに
 以前、アングロサクソンは民主主義嫌いだと申し上げたことがあります(コラム#91)。
 フロイド(Sigmund Freud。1856??1939年)は、英国の大ファンであり、ナチのオーストリア併合(1938年)直後に英国に亡命し、翌年ロンドンで亡くなります(http://www.freud.org.uk/chronology.htm。6月2日アクセス)が、彼は1921年に書いた”Group Psychology and the Analysis of the Ego’ で、群衆は個々の人間の心中にあるもの(リビドー、攻撃性等々)の集合体でもあり、個々の人間よりもはるかに非合理的に考え、行動すると指摘しました。これはまさにビクトリア時代の反民主主義的常識を精神分析「学」的に表現したものでした。
この民主主義嫌いのアングロサクソンも、いつの間にか民主主義を採用して現在に至っている(コラム#91)のですが、どうして民主主義が機能するかについて、まともな理論はこれまで登場していませんでした。
その理論がついに提示された、と話題になっているのが出版されたばかりのスロヴィエツキ(James Surowiecki。米国のビジネスコラムニスト)の「群衆の知恵」(’The Wisdom of Crowds: Why the Many Are Smarter Than the Few, and How Collective Wisdom Shapes Business, Economies, Societies, and Nations’)です。
(以下、特に断っていない限りhttp://www.csmonitor.com/2004/0525/p15s02-bogn.htmlhttp://www.nytimes.com/2004/05/22/books/review/0523books-mclemee.html?ex=1086321600&en=8313f3ad64d3587f&ei=5070http://www.randomhouse.ca/catalog/display.pperl?isbn=0-375-43362-7http://alina_stefanescu.typepad.com/totalitarianism_today/2004/05/james_surowieck.html(いずれも6月2日アクセス)による。)

 (2)スロヴィエツキ理論
スロヴィエツキは、次のような挿話を紹介します。
1906年の英国でのこと、ある科学者が家畜品評会を訪れます。
雄牛が観客の村人800人近くの前に引き出され、観客がその体重をあてさせられました。一人も正解はいませんでしたが、全員の予想の平均は1,198ポンドでした。一方正解は1,197ポンドだったのです。殆どどんぴしゃりだったと言っていいでしょう。
またスロヴィエツキは、グーグル(Google)の検索エンジンがどうして優れているのかを説明します。それは特定のキーワードに係る人々の選好(アクセス回数)を反映して、選好度合いの順序に検索結果を並べてくれるからです。
その上で彼は豊富な典拠を踏まえて、シロウトの群衆よりも少数の専門家の方が的確な判断を下す場合もないわけではないが、長期的に見れば、シロウトの群衆の方が少数の専門家よりも平均的により的確な判断を下す、と主張します。

ただし、そのためには(誤判断結果が互いに打ち消され合う程度に)群衆の数が多くなければならず、その上、以下の三つの条件が満たされる必要があるというのです。
その条件とは、
第一に、群衆一人一人が多様であること。(diverse)(コラム#357参照。)
第二に、群衆一人一人が他から影響されることなく独立して判断を下すこと。(independent)
第三に、群衆一人一人の判断結果がバラバラに集計されること。(decentralized)
です。
総じて言えば、群衆がバブルとかパニック状況下にないことが大前提であり、群衆の一人一人が情報ソースである豊富な人脈ないし資料を持っていれば言うことがない、ということです。
スロヴィエツキが、米国防省の国際情勢先物市場構想が頓挫したこと(コラム#137)を昨年7月に嘆いた(http://slate.msn.com/id/2086427/)のは、今にして思えば当然のことでした。

そしてスロヴィエツキは、社会は、その社会を構成する群衆一人一人による、その場その場の判断の総和の形で、認識(coginition)問題(冒頭に掲げた雄牛の体重等の問題)、調整(coordination)問題(衝突を避けながら歩道を行き交う等の問題)、協力(cooperation)問題(意外にも、群衆一人一人は、余りインチキ、嘘、ただ乗りの誘惑に乗ることなく、互いに真摯に協力し合うものだ)が日々解決されていくことで成り立っている、というのです。
スロヴィエツキの理論は、市場や民主主義がなぜ機能しうるかを解明しただけでなく、企業や官庁がもっぱら少数の専門家の判断に頼った運営を行っていることに対し、深刻な疑問を投げかけているのです。

(続く)

<高橋>
国際情勢先物市場、面白そうですね。
大学かシンクタンクで実験してほしいところです。
ただ、実際に金が動いて、「アテネ五輪テロ」「ムシャラフ暗殺」で儲けたとしたら、寝覚め悪いしやっぱ背徳的だな??とは思いますねぇ。
ブックメーカーや損害保険との隣接領域なので、後者の要素を強調すれば、まっとうなビジネスになるかも…