太田述正コラム#10506(2019.4.20)
<映画評論55:ダーク・ハーフ/三谷太一郎『日本の近代とは何であったか』を読む(その10)>(2019.7.9公開)

          –映画評論55:ダーク・ハーフ–

1 始めに

 ケーブルTVでの公開が二部編成だったとは到底思えないのですが、もう終わり近くと思しき箇所で、録画がおわっていて、表記を最後まで鑑賞することができませんでした。
 そもそも、どうして、この・・こんな?・・映画を録画したのか、思い出せないのですが・・。

2 『ダーク・ハーフ』

 オカルト物としては結構いい出来ではないでしょうか。
 「1991年に製作され、1993年に公開された。・・・1993年度ファンタフェスティバルの最優秀作品賞・脚本賞・主演男優賞を受賞作」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%80%E3%83%BC%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%83%8F%E3%83%BC%E3%83%95_(%E6%98%A0%E7%94%BB)
だけのことはあります。
 なお、この邦語ウィキペディアには書いてありませんが、英語ウィキペディアで結末を知ることができました。
https://en.wikipedia.org/wiki/The_Dark_Half_(film)
 この映画の物語の背景にあるキリスト教世界におけるサタン(悪魔)概念について、かなり前から取り上げたいと思っているのですが、いまだに果たせていません。
 もっとも、そんなことより、この映画の物語の原作者であるところの、今まで名前しか知らなかった、スティーヴン・キング(Stephen Edwin King。1947年~)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%B4%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%AD%E3%83%B3%E3%82%B0 ※
がどんな人物なのかを知ることができたのは大きな収穫でした。
 さしずめ、日本で言えば、書いてきたものからして、鈴木光司(1957年~)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%88%B4%E6%9C%A8%E5%85%89%E5%8F%B8
がちょっと似ていますね。
 映画の『シャイニング』も『ショーシャンクの空に』も原作がキングだと知り(※)、原作が彼の映画を、他にももっと鑑賞してみたい気持ちにさせられましたね。
——————————————————————————-

–三谷太一郎『日本の近代とは何であったか』を読む(その10)–

 欧米における最もすぐれた日本史家の一人であり、その先駆者的存在であったジョージ・サンソム<(注5)>という英国人歴史家がいます。

 (注5)George Bailey Sansom(1883~1965年)。the University of Giessen(仏)とthe University of Marburg(独)で学ぶ。
https://en.wikipedia.org/wiki/George_Bailey_Sansom
 なお、サンソムは通訳生
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%80%9A%E8%A8%B3%E7%94%9F
として英外務省に入省した旨邦語ウィキペディア
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%83%BB%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%82%BD%E3%83%A0
にはあるが、英語ウィキペディアは、単に、英外務省入省、とある。

 サンソムは、戦前の日本に外交官として30年以上の滞日経験をもつ有数の知日家でしたが、戦後の1950年12月に東京大学で行った「世界史における日本」と題する一連の連続講義の中で、ヨーロッパ(とくに英国)と日本とを比較し、1600年以降、主として両者の政治的発展に分岐を生じさせた要因が何であったかについて述べています。(『世界史における日本』大窪●<(原の下に心)>二訳、岩波新書、1951年、G.B. Samson, Japan in World History, edited with notes, by Cuji Miyashita, Kenkyuusha, Tokyo, 1965)。

⇒父の蔵書だった彼の本が、私は未読なのですが、探せば書架のどこかにあるはずなので、この際、読んでみるか、という気になりました。(太田)

 サンソムはそれを「自由主義的伝統」(liberal tradition)の有無、とくに議会の発達が作りだした「少数者の権利と意見を尊重する一定の伝統」ひいては「各個人が他の個人の意見や行動の自由をある程度尊重する」伝統の有無に帰着させました。・・・

⇒サンソムも、また、サンソムの言を鵜呑みにしている三谷も、死刑制度が残虐であると主張しているEU諸国が「敵」の殺害を任務とする軍隊を維持しているという、非論理性、偽善性、を想起させるところの、噴飯物の議論を展開しています。
 というのも、英国は、1600年以降も、一貫して、「<英国>が他の<欧州の国々>の意見や行動の自由を<全く>尊重する<ことなく>」欧州統一の試み等を軍事介入によって妨害し粉砕しつつ、「<英国>人が<インド亜大陸>人の意見や行動の自由を<全く>尊重する<ことなく>」植民地化する、という「伝統<を>有」してきた、のですからね。(太田)
 
(続く)